イズハハコ Eschenbachia japonica Syn. Conyza japonica, Erigeron japonicus
イズハハコは、キク科サワギク連に属するあまり目立たない姿をした植物ですが、神奈川県では今世紀になってから確認例がなく、神奈川県植物誌調査会(2018)では絶滅種となっています。現在の学名は、Eschenbachia japonicaですが、これまでの経緯から少なくとも3つの学名が並立していますので、その経緯を調べて見ました。
【キク科の関連種】
和名 (Japanese Name) | 画像 (Image) | 学名 (Latin name) | 英語名 (English name) |
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サワギク連 Senecioneae イズハハコ属 Eschenbachia | |||
イズハハコ |
Link to Kew Royal Botanic Gardens |
Eschenbachia japonica | - |
シオン連 Astereae アズマギク属 Erigeron | |||
ハルジオン |
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Erigeron philadelphicus | Philadelphia fleabane |
ヒメジョオン |
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Erigeron annuus | Annual fleabane |
ペラペラヨメナ (源平小菊、メキシコ雛菊) |
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Erigeron karvinskianus | Mexican fleabane |
ヒメムカシヨモギ |
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Erigeron canadensis | Canadian horseweed |
オオアレチノギク |
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Erigeron sumatrensis | Sumatran fleabane |
アレチノギク |
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Erigeron bonariensis | Hairy fleabane |
【所属変更の経緯】
1.最初の命名(1874)
Thunberg(1874)が長崎商館勤務時代に採集した試料を基に、Conyza japonicaとして記載しました。当時、我が国で記載されたConyza属は本種だけでしたので、Conyza属は『イズハハコ属』となりました。
2.エングラー体系での位置づけ(1892)
現在でもわが国では最も普及したままとなっているアドルフ・エングラーによる植物分類体系である『エングラー体系』(1892)でのConyza属はErigeron属に統合されていました。これによれば、イズハハコはErigeron japonicusとなるのですが、Erigeron属は1000種を超える大所帯で、Erigeron属とConyza属は明確に整理されていなかったため、依然としてConyza japonicaも使い続けられていたようです。
3.外来種の侵入
19世紀末の開国後、Erigeron属、Conyza属の外来種が次々に侵入して定着(吉岡・日下部,2018など)していきます。現在でも定着している外来種としては下記のようなものがあります。
ヒメムカシヨモギ Erigeron (Conyza) canadensis
アレチノギク Erigeron (Conyza) bonariensis
オオアレチノギク Erigeron (Conyza) sumatrensis
ハルジオン Erigeron Philadelphicus
ヒメジョオン Erigeron annus
ペラペラヨメナ Erigeron karvinskianus
4.Conyza属の分離(1943)
エングラー体系の後継と目されていたクロンキスト体系で知られるCronquist(1943)は、Erigeron属からConyza属を(再)分離することを提案しました。
5.属の所属訂正(1952)
Kaster(1952)は、マレー半島でのキク科植物の調査に基づき、イズハハコをEschenbachia属に移しました。Eschenbachia属は、Taxon Pagesによれば、674種を含む属なのですが、我が国に自生する種は3種のみで、種名にはいずれも『イズハハコ』を含みますので、Eschenbachia属はイズハハコ属となりました。この変更により、属の上位分類である連(tribe)もシオン連(Astereae)からサワギク連(Senecioneae)へと変更になります。
6.ムカシヨモギ属からアズマギク属への名称変更
Erigeron属は、中国の蓬が我が国のヨモギ(Artemisia spp.)ではなかったことが判明したことに由来して『ムカシヨモギ』と名付けられたとされていますが、あまり相応しいとは思われなかったためか、最近ではアズマギク属と言われることが多いようです。吉岡・日下部(2018)によれば、改訂新版 日本の野生植物(平凡社)(1984-1989)で採用されて広まったようです。
7.ヒメムカシヨモギ、オオアレチノギク、アレチノギクの所属変更
吉岡・日下部(2018)によれば、APG(被子植物系統グループ)の分類体系ではAPG-III(2009)から、ヒメムカシヨモギ、オオアレチノギクは、Erigeron属となったそうです。また、DNA分析により種を識別する技術であるDNAバーコーティングにより、葉緑体のDNA配列を使ってヒメムカシヨモギ、オオアレチノギク、アレチノギクの3種を他のシオン連(Astareae)の種から識別することが可能(Wu et al.,2018)になっています。
8.現在の位置づけ(2000~)
Noyes(2000)は、遺伝子解析の結果からErgeron属を6つのグループに分ける事が出来ることを示しています。属の下位分類ですので、節(section)に相当すると思われるグループ分けで、Erigeron属内でのハルジオンとヒメジョオンとはそれほど近くないこと、旧ConyzaをErigeron属に統合したことは妥当であったことなどが見て取れます。
Group IV
ハルジオン Erigeron Philadelphicus
Group V
アレチノギク Erigeron (Conyza) bonariensis
Group VI
ヒメジョオン Erigeron annus
ペラペラヨメナ(源平小菊、メキシコ雛菊) Erigeron karvinskianus
ヒメムカシヨモギ Erigeron (Conyza) canadensis
(Conyza基準種) Erigeron (Conyza) chilensis
Nesom(2020a,2020bは)、遺伝子解析の終わっているConyzaの5種は全てErigeron属内に識別されるとしており、Conyzaの基準種であるConyza chilensisもアレチノギクと同じグループとなることを示しています。今のところ遺伝子解析の終わっていない(旧)Conyza属も残されている様ですが、やがて旧Conyza属の種は全てErigeron属に移され、属名としてのConyzaは消滅していくと考えられます。
【まとめ】
分子生物学的手法を重視するAPG-III(2009)での成果を取り入れて記載されている邑田・米倉(2012)では、イズハハコ、ヒメムカシヨモギ、アレチノギク、オオアレチノギクの属名は、Conyzaのままになっています。しかしながら、シオン連、サワギク連に残されている整理すべき事項は、さらに整理され、一般向けの出版も進むと思われます。
ただし、ヒメムカシヨモギErigeron canadensis、アレチノギク Erigeron bonariensis、オオアレチノギク Erigeron sumatrensisを、イズハハコ属(現:Eschenbachia属)とすることは明らかな間違いとなるので注意が必要です。
Conyza属は、舌状花の発達が悪い、または舌状花を欠く、Erigeronとみなす事が出来たのですが、ハルジオン(Erigeron philadelphicus)では舌状花の発達が悪い個体を時折みかけますので、Conyza属の統合は形態的にも支持できると言えます。分子生物学の黎明期よりさらに100年以上前にConyzaはErigeronに含まれるべきであると看破したエングラー一派の見識には今更のように驚かされます。
【文献】
Thunberg(1784)日本植物誌(Flora Japonica), Gallica (Bibliothèque nationale de France), URL: https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k107847m, accessed: 2023-06-03.
Cronquist A (1943) The Separation of Erigeron from Conyza, Bull Torrey Bot Club, 1943, 70(6), 629-632, URL: https://www.jstor.org/stable/2481719, Accessed: 2023-06-03.
Kaster J Th (1952) Note on Malay Compositae III, Biodiversity, Evolution and Biogeography of Plants, 7, 288-291, https://repository.naturalis.nl/pub/525112, Accesed: 2023-06-03.
Noyes RD (2000) Biogeographical and evolutionary insights on Erigeron and allies (Asteraceae) from ITS sequence data, Plant Syst Evol, 220, 93-114, URL: https://link.springer.com/article/10.1007/BF00985373, Accessed: 2023-06-03.
邑田 仁・米倉 浩司(2012)日本維管束植物目録,北隆館,東京.
神奈川県植物誌調査会(2018)神奈川県植物誌2018(下)、1562.
吉岡俊人・日下部智香(2018)ヒメムカシヨモギとオオアレチノギク -放浪種としての生存戦略-, 草と緑, 10, 44-53, DOI: 10.24463/iuws.10.0_44, Accessed: 2023-06-03.
Wang A, Wu H, Zhu X and Lin J (2018) Species Identification of Conyza bonariensis Assisted by Chloroplast Genome Sequencing, Sec Evol & Popul Gen, 9, DOI: 10.3389/fgene.2018.00374, Accessed: 2023-06-04.
Zhang Z, Jiang X, Chen Y, Zhu P, Li L, Zeng Y & Tang T (2019) Characterization of the complete chloroplast genome sequence of Conyza canadensis and its phylogenetic implications, Mitogenome Announcement, 2028-2030, DOI: 10.1080/23802359.2019.1617060, Accessed: 2023-06-04.
Nesom GL(2020a) Revised Subtribal Classication of Asterae (asteraceae), Phytoneuron, 2020-53: 1-39, URL: https://www.phytoneuron.net/2020Phytoneuron/53PhytoN-AstereaeSubtribes.pdf, Accessed: 2023-06-03.
Nesom GL(2020b) Taxonomic decisions at generic rank in tribe Astereae (Asteraceae) for the Global Compositae Database. Phytoneuron 2020-24: 1–6, URL: https://www.phytoneuron.net/2020Phytoneuron/24PhytoN-GCDcommentary.pdf, Accesed: 2023-06-04.