月別アーカイブ: 2018年7月

追浜周辺の稲荷社など

 金沢に続いて、地元追浜でも稲荷社を廻ってみました。
【豊海稲荷】須賀市追浜東町3丁目41


【稲荷社】雷神社境内社(須賀市追浜本町1丁目9)


【立石稲荷大明神】須賀市追浜南町1丁目


【稲荷社】横須賀市浦郷町3丁目19


【稲荷社】八王子社境内社(横須賀市浦郷町1丁目90)


【稲荷社】船越神社境内社(横須賀市船越町1丁目11)


【白若稲荷大明神】横須賀市船越町3丁目22


【田浦稲荷】横須賀市田浦町5丁目


【御嶽稲荷神社】横須賀市田浦町3丁目92
 ミツバチの住処になっていました。


【御嶽神社】田浦神明社境内社(須賀市田浦町2丁目1)
 自称は御嶽神社ですが、狐が守っているので、稲荷神が関わっているかも知れません。
-> 記憶と違うので、過去の記録を探してみたところ、この赤い鳥居と狐象は昨年10月までなかったことが判明しました。どうやら、誰かの悪戯、あるいは最近合祀されたのかも知れません。


【稲荷社】
 個人宅の稲荷社の様です。


【白川稲荷跡地】横須賀市船越町6丁目30
 皆ヶ作隧道南側にあった白川稲荷の跡地です。東日本大震災の頃までは鎮座していたと思われます。


【(鉈切)神明社】横須賀市浦郷町4丁目8


【田浦観音堂】県横須賀市田浦町5丁目64
 大山田隧道の上に位置する観音堂です。


【その他本日撮影】


【参考】
 旧浦郷村周辺のお社、など (2017.9.9)
 シンテッポウユリ Lilium x formolongi
 ハス Nelumbo nucifera
 ケイワタバコ Conandron ramondioides var. pilosus
 ヤブミョウガ Pollia japonica
 ジュズダマ Coix lacryma-jobi
 サンセベリア Sansevieria trifasciata
 ギンバイカ Myrtus communis
 シマトネリコ Fraxinus griffithii
 貝山線鉄塔
 アカメガシワ Mallotus japonicus
 庚申塔(正禅寺)
 カノコユリ Lilium speciosum
 ダイコンドラ “シルバーフォール” Dichondra “Silver Fall”
 キクラゲ Auricularia auricula-judae
 ショウジョウソウ Euphorbia heterophylla
 トケイソウ Passiflora caerulea

金沢の稲荷社を巡る

 全国に三万社以上あるといわれる稲荷神社、この界隈にも沢山祀られているのですが、普段見落としがちの場所にも多数存在します。今日は近くの稲荷社を訪ねてみました。


【稲荷社】金沢区町屋町10-10
 町屋の裏路地の稲荷社、鰻料理で知られる隅田川の近くです。


【稲荷社】金沢区寺前1丁目10-26(金澤八幡神社境内社)
 八幡神社の境内社です。カヤの樹の木陰に鎮座しています。


【稲荷社】金沢区柴町52
梅の木に守られたお社です。


【稲荷社(二宇)】金沢区柴町(東山(ひがしやま))
 柴の東方にある東山にあるお社で二宇並んでいます。新編武蔵風土記稿によれば、江戸時代中期まではこのあたりに天王社があったようです。少し下に個人宅内の稲荷社もありました。


【稲荷社】金沢区柴町66
 八景島を臨むことが出来る眺めの良いお社です。


【赤井稲荷】金沢区釜利谷東3丁目4-1


 金澤七井のひとつ、赤井の近くにある稲荷社です。


【西森稲荷大明神】御伊勢山:金沢区六浦2丁目10
 御伊勢山の山頂近くにひっそりと佇むお社です。御伊勢山では、ツクツクボウシが鳴き出していました。


【笠森稲荷大明神】権現山:金沢区瀬戸14
 権現山の東側、金沢八景駅からすぐ近くの稲荷社です。


【豊崎稲荷大明神】金沢区六浦東1丁目33
 グーグルマップでは瀬ケ崎神社と記載されている稲荷社です。新版かなざわ歴史事典によれば、明治42年に瀬戸神社に合祀されたとありますが、影詣りは今でも続けられているようです。



【参考】
 キョウチクトウ Nerium oleander var. indicum
 サルスベリ Lagerstroemia indica
 ムクゲ Hibiscus syriacus
 アブラゼミ Graptopsaltria nigrofuscata
 ハナツルクサ Aptenia cordifolia
 アスパラガス・スプレンゲリ Asparagus densiflorus cv. Sprengeri
 ノウゼンカズラ Campsis grandiflora
 庚申塔(柴町)
 ニイニイゼミ Platypleura kaempferi
 オニユリ Lilium lancifolium
 ヒマワリ Helianthus annuus
 ランタナ Lantana camara
 クサギ Clerodendrum trichotomum
 赤井戸
 ミンミンゼミ Hyalessa maculaticollis
 手小神社
 竹生嶋辨天社
 ショウリョウバッタ Acrida cinerea
 キバナコスモス Cosmos sulphureus
 カラスウリ Trichosanthes cucumeroides

【文献】
 金沢区生涯学習”わ”の会、新版かねざわの歴史事典INDEX金沢、142+33p、2012.
 新編武蔵風土記稿 横浜・川崎編、千秋社、1982.

町屋神社、琵琶島弁天社

【町屋神社】
 旧名は牛頭天王社で、洲崎神社境内の天王社が御旅所となっています。


    町屋神社由緒
御祭神 素戔嗚尊/須佐之男命(スサノオノミコト)
 当社は地元の言い伝えに寄れば、大阪城落城後、豊臣側の家臣が元和元年(一六一五年)この地に移り住み、牛頭天王(ゴズテンノウ)を祭ったのが起源とされています。
 牛頭天王は八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治して有名な素戔嗚尊の別名で、京都祇園の八坂神社がその本社です。
 自然界、人間界の罪やけがれや悪い病気を追い払って、人々の生活を守ってくれる神様です。
 文化六年(一八〇九年)四月、町屋と洲崎の両村が協議し、天王社を二社に分け祀ってきました。
 しかし、明治二年(一八〇九年)神仏分離令により、天王社を町屋神社に改称し、氏子区域を町屋地域に限定しました。
 社殿は、宝暦九年(一七五九年)改築されましたが、現在の社殿は関東大震災後に再建されました。
 七月の祭礼で御神殿が氏子町内を巡幸する天王祭は金沢地方ではこの町屋神社が最初と言われています。
 昔、御神輿の上に取り付けられた鳳凰は、今でも宝物として大切に保存されていますが古老によれば運慶の作と言い伝えられています。
祭日
 夏季例大祭      七月六日
 天王祭        七月中旬
 秋季例大祭(湯立神楽) 九月十三日
               町屋町内会
               町屋神社


【琵琶島神社】
 横濱金澤七福神の弁財天を祀ったお社です。境内には横浜市指定の名木古木のビャクシン(201727)があります。

  琵琶島神社
御祭神 市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)
由緒 源頼朝公の御台所北條政子が、深く信仰した近江国の竹生島弁財天を勧請し瀬戸神社々頭の海中に島を築いて祀ったと伝える。島の形が琵琶に似ていたので琵琶島弁財天と呼ばれた。室町時代には舟寄弁財天とも称し、又、御神体が立像であるところから、政子の出世に因んで江戸時代には立身弁財天の信仰を集めた。
例祭 五月十五日 神幸式
 瀬戸神社例大祭に引続き、本社の神輿が琵琶島に渡御し社前で神楽が奏される。

柏槙(びゃくしん) 参道両側の枯れ木は柏槙の名木で、延宝年間の高潮に冠水して立ち枯れたまゝ腐食せず、三百年前の古趣を今に遺している。


  福石
源頼朝公、当社参拜の折、この石に服を掛け、海水で禊祓したので服石とも呼ぶ。古來この石の前で物を拾ふ時は福を授かる故に福石と稱す。
 昭和五十四年五月
 瀬戸神社御鎮座八百年記念健之

良心寺のヤマユリ、など

 久遠山大悲院良心寺は、浄土宗鎮西派知恩院の末寺で14世紀末頃の創建と伝えられていますので追浜地区では最も古い寺院の一つです。この寺の境内には、恐らく自生と思われるヤマユリがあったのを思い出して、朝のうちに訪ねてみました。


【横須賀市指定史跡】
  朝倉能登守室墓
      所在地 横須賀市追浜南町一丁目二七番地
      指定面積 十三・二m2
      指定年月日 昭和四十五年(一九七〇年)五月十一日
 この墓の形態は宝筺印塔といい、総高は二メートルを超えます。基礎正面に「当時建立大旦主大慈院殿法誉良心大姉朝倉能登守奥 天正十一年未六月十一日」の銘がみられます。ただし、建立年代は宝筺印塔の形式から江戸時代初期と考えられます。
 朝倉氏(朝倉能登守影澄入道犬也)は戦国小田原北条氏の家臣で、鎌倉の玉縄城十八人衆に属し、浦郷村追浜を初め、伊豆や上総に所領をもつ武将でした。天正十八年(一五九〇年)豊臣秀吉の小田原城攻めの時には、箱根の山中城を守りました。
 この能登守が夫人の菩提を弔うため、開基となり夫人の法号を寺号として良心寺を建立したと伝えられています。
 平成二十年(二〇〇八年)三月十五日
                      横須賀市教育委員会


 ひと月ぶりに訪ねた大宮では、母が歩行器を利用して歩くことができるまでに回復していました。帰りには横浜で「FUTURE PUB’LIC ヨコハマニシグチ」を通り過ぎましたが、水生生物の展示をしているようでしたので、改めて訪ねる予定です。


【参考】
 久遠山大悲院良心寺
 ヤマユリ Lilium auratum
 朝倉能登守室墓
 木像(良心寺)
 良心寺方面(ベランダより)
 良心寺(ベランダより)
 京急1000系車輛
 ソラナム・ラントネッティ Solanum rantonnetii
 ヘクソカズラ Paederia scandens
 ヘメロカリス Hemerocallis sp.
 ユウゲショウ Oenothera rosea
 セイヨウヒルガオ Convolvulus arvensis
 大宮駅コンコース
 モツゴ Pseudorasbora parva
 バラタナゴ Rhodeus ocellatus

小坪で社を散策 part2

 先週廻った社の内、祭神が不明だった一の宮神社の由緒を調べに、朝から逗子市立図書館へ。この神社は浅草から勧請されたことが判明しました。家に戻って新編相模国風土記稿の該当部分を参照すると、原文通りの引用となっていました。現在で言えば三社祭りで知られる浅草神社縁のお社ということになります。ただし、なぜ祭神が大国主命なのかは依然として不明です。
–> 浅草神社の主祭神の1柱が一之宮大権現(土師真中地)ですが、東照大権現と大国主命も合祀されているとのことです。明治時代の神仏分離以前の浅草神社は浅草寺と一体化していたことが知られています。このため、今では浅草名所七福神の大黒天像は浅草寺に祀られているそうです。どうして、何時の頃、大国主命が合祀されたのかは依然として不明です。(2018/7/14追記)


     一の宮権現社
 風土記にみると江戸浅草寺一之権現社を勧請す。川の南側にあり境内は石柱を以て囲み石の鳥居の奥石造の本殿ありしも地震にて破壊し、仮本殿を建つ。祭神大国主命。【小坪周辺史跡探勝会(その2)】


     一ノ宮権現社
 江戸浅草寺一之権現社を勧請す【新編相模国風土記稿】


     一之權現
 中田の東なる(あかざ)堂と同地に()一之権現と云小社あり此社()土師の祖先を祀れる由此地續き()姥の池あり或人云土師(まつち)の埋葬地()専堂坊屋敷なり檜前(ひのくま)兄弟()従者ゆゑ寺へ葬()たるの今聖天横町の遍照院()濱成成の墓とて存在せり土師()觀音()深き由緒あるを以て其霊を()中田の地()鎮祭して一之權現と稱したりしの其後主従三人の霊を觀音本堂の東傍()鎮め祭りて三社權現と稱したり此一之權現()維新の際三社の末社()移して一之神社と稱せるなり。【隅田川叢誌.続編:漢字表記に違いがあるようですが、原文のまま転載しました】

【文献】
 (ささら) 長一郎(1966)小坪周辺史跡探勝会(その2)、p10-11.【逗子市立図書館蔵】
 蘆田(あしだ)伊人(これと)編集(1985)村里部三浦郡巻之二衣笠庄、新編相模国風土記稿第五巻、雄山閣、p215.
 八掛弓雄(編集)(1910)隅田川叢誌.続編【国立国会図書館デジタルコレクション】
 浅草花川戸一丁目町会、江戸から続く花川戸の史跡、http://www.at-ml.jp/10065193/ (参照 2018-07-14)


 図書館を出て、先週廻れなかった小坪の社を訪ねた後は、鎌倉-朝比奈切通し経由で帰途につきました。

【神明宮】逗子市小坪5丁目7-29(西町)
 旧伊勢町の天照大神社に対して、こちらは旧西町の天照大神を祀るお社です。こちらも眺めの良い高台です。稲荷社の他にも境内社が多数あり、この地区ではお馴染みの双体道祖神もありました。


【白髭社】逗子市小坪5丁目13


 和賀江島がすぐ目の前の海岸に面したお社です。背景はリビエラ逗子マリーナです。


【住吉神社(住吉城址)】小坪5丁目12-9
 こちらも海側の眺めの良いお社で江の島がよく見えます。社殿に向かって右には深さが10m以上はありそうな洞窟がありました。このあたりは、三浦一族の居城だった住吉城のあった場所とのことです。


  住吉城址
 戦国時代の初め、三浦道寸と弟の道香兄弟の奮戦もむなしく戦いに敗れ。道寸は三浦の新井城へ逃れ。道香は逗子の延命寺境内で家来たちと自害したと伝えられています。
 住吉城は山城ですが近世の城のように天守閣もありませんし石垣もありません。自然の地形をうまく利用して攻め寄せる敵を防いだものと思われます。【拝殿前の説明書きより】


【秋葉山大権現社】鎌倉市材木座6丁目18
 鎌倉第一中学校を過ぎて石段を上ると石仏群が迎えてくれました。すぐ海側の光明寺の管理となっており、現在でも光明寺の行事として秋葉三尺坊大権現例大祭が5月に開催されるそうです。


【繁昌稲荷大明神】鎌倉市材木座6丁目17(光明寺境内社)
 繁昌稲荷は、浄土宗大本山天照寺蓮華院光明寺の境内社です。光明寺境内にはさらにもうひとつ神社がありますが、由緒は不明です。


【稲荷社】鎌倉市材木座6丁目1
 タブノキとサンショウに守られた小さなお社をみつけました。


【五所神社】鎌倉市材木座2丁目9-1
 当社では神職の方からいろいろとお話を伺うことが出来ました。
隠れキリシタンに由来する石仏、摩利支天像、御岳信仰に関わる石碑などが多数あり、特に倶利伽羅不動板碑は現存4基の中でも保存状態が良いことで知られているそうです。大切な文化財を守って戴いていることに感謝です。


  五所神社(乱橋材木座の鎮守)
祭神 天照大御神 素戔嗚尊 大山祇命 建御名方命 崇徳院命
 明治二十二年(一八八八)乱橋村と材木座村が合併して西鎌倉村大字乱橋材木座となった後明治四一年(一九〇八)七月に、もとの乱橋村の鎮守、三島神社(現在の地)の地に材木座の鎮守、諏訪神社(現材木座五-十三-八 上ノ山方)乱橋村能蔵持部落の八雲神社(現材木座四-四-二六 公会堂内)、金毘羅宮(材木座四-七-二 武内宅裏山「普賢象山」中腹)、材木座村仲島部落の見目明神(材木座六-七-三五)の四柱を合併して五所神社と解明したものである。
 もとの御所はいずれも勧請年月未詳このうち月目明神は補陀洛寺文書に見目天王文と二貫三百文の地を北条氏康が同時に寄進しているから古くから同寺の鎮守であったと思われる。
 「新編鎌倉誌」には、見目明神をよんだ宝満宮菩薩像があったとみえ「風土記稿」には牛頭天王、見目明神社合併とある。
 三島神社は、乱橋村持「風土記稿」で八雲社を相殿とし、この相殿天王みこし棟札によれば、寛永十九年(一六四二)修造以後、延宝九年(一六八一)元禄十一年(一六九八)元文二年(一七三七)宝暦十三年(一七六三)に修理を加え、万延元年(一八六〇)に再建している。
 諏訪社は補陀洛寺であった「風土記稿」明治八年(一八七五)公達に基づいて皇国地誌調査さんによると次の通り記載されている。
三島社
 式外村社々地東西四間南北六間三尺面積二六坪の東方にアリ大山祇命ヲマツル。
 勧請年歴詳ナラス 例祭 四月 十一月ノ酉ノ日ヲ用ウ
見目社
 同社東西九間南北八間四尺八寸面積七九坪村ノ東西間ニアリ祭神及ビ創建勧請年歴詳ナラス
 例祭 二月二七日 六月七日両回トス
諏訪社
 同社東西八間一尺二寸南北一間六寸面積九坪村ノ南方ニアリ祭神建御名方命勧請年歴詳ナラス
 例祭 六月七日 七月二七日ノ二回トス
金比羅社
 同社東西十間南北七間面積七十坪村の辰ノ方ニアリ祭神金山彦命勧請年歴詳ナラス
 例祭 十月十日

 現在の社殿は昭和六年(一九三一)七月に新築されたものである。
 もとの本殿は明治十六年(一八八三)七月諏訪神社の本殿を合併後、移建したものであったが大正十二年(一九二三)九月一日震災のとき山崩れのため社殿埋没全壊した。
 お神輿三基 一号 諏訪神社 二号 三号 見目神社の持ち物であった。
 祭礼、潮祭り 一月十一日 材木座海岸にて 鎌倉神楽奉送
 春季大祭(祈年祭) 四月十五日 境内 鎌倉神楽奉送
 例大祭 六月第二日曜日 境内 町内お神輿渡御 前日 宵宮祭
 三ツ目神楽 例大祭三日目(火曜日)
 秋季大祭(新嘗祭) 十一月二十四日 境内


  摩利支天像
 摩利支天は陽炎(かげろう)を神格化した神で、目に見えなくても常に身近にいて、月日に先立って進み、進路の障害や厄を覗き、ご利益を施してくれる。剣・弓・金剛杵(こんごうしょ)・軍扇・矛を持ち。猪に乗っている。
 護身、勝利、開運などをつかさどる武神とされる一方、五穀の結実を豊かにする農業の神ともされる。
 この像は三面六臂の丸彫りで、大きいのが珍しいとされる。
大正二年(一九一三)奉納
                   五所神社


  お春像
 「天和四」と彫られていることから、一六八四年の一月から二月(徳川幕府五代将軍綱吉の初期の時代)に作られた石像と思われるが、彼女が誰で、誰が何のために作り、誰のものであったのか、その由来はわからない。
 両手を後ろ手にきつく縛られ、髪の毛は下されて後ろに引かれ、顔をあげさせられている。正座して、単衣の着物は細い帯で左前に着せられている。ということは処刑前の死装束。
 「お春像」は隠れキリシタン殉教の姿と伝えられる。
                   五所神社


重要美術品 弘長二年銘
  不動種字板碑
 この板碑は弘長二年(一二六二)の銘がある貴重なもので、このように完全に保存されたものは極めて稀である。昭和十六年(一九四一)国の重要美術品に指定されている。
 昔は感應寺「修験眞言宗、京都三宝院末」(材木座公会堂のある附近一帯)の境内に建っていたが、同寺が廢寺となったため五所神社創建の際ここに移されたのである。
 石質は黒色粘板岩、不動明王の利剣にからまった倶梨伽羅明王の龍になぞらえた不動明王の種子「カン」の梵字を蓮華座の上に大きく刻んだみごとなもので、上部には天蓋が彫られてある。銘文はいまはその半分が台座の中に埋もれているが、その全文は次のとおりである。
  一見卒都婆永離三悪道
  何况造立者必生安楽国
  弘長二年十一月廿日
  右志者為□□□□□
  父母二親往生□□□□
      管理者 五所神社


【音松稲荷神社】鎌倉市材木座3丁目14-34


  稲荷大神
生物は太陽の力と自分の生命力との合作で出来上る。この事実を知った人間は古代から『イナンナ・イナニナル・イナリ・イネナリ』と云う言葉で天の神を拝んだ。
日本は約2200年前からイナリを拝み一二六二年前京都伏見三峯山のイナリを共栄和合の心で尊崇し今日に至る。他に類を見ない最古の庶民の神てせ伏見イナリが本宮となっている。
 一九七四・二・二十二
      伏見稲荷大社講務本庁
      神奈川県扱所識


【大江稲荷神社】鎌倉市十二所114


【十二所神社】鎌倉市十二所285


【(朝比奈)熊野神社】金沢区朝比奈町578


その他、植物など


【主な経路】
新逗子駅-亀岡八幡宮-逗子市立図書館-(山の根)熊野神社-一の宮神社-神明宮-小坪飯島公園-白髭社-六角の井-住吉神社(住吉城址)-秋葉山大権現社-(不明の社)-繁昌稲荷大明神(光明寺)-稲荷社-材木座たぶのき公園-五所神社-音松稲荷-鎌倉中央食品市場-雪ノ下カトリック教会-鶴岡八幡宮-鎌倉泉水教会-光触寺-大江稲荷-十二所神社-大刀洗-熊野神社-鼻欠地蔵-六浦大道公園-(自宅)

【参考】
 キョウチクトウ Nerium oleander var. indicum
 ハツユキソウ Euphorbia marginata
 サツマノミダマシ Neoscona scylloides
 カラクサナズナ Lepidium didymum
 六角の井(材木座6丁目23-9)
 ノアサガオ Ipomoea indica
 サフランモドキ Zephyranthes carinata の実
 ベニバナボロギク Crassocephalum crepidioides
 カンナ Canna spp.
 タブノキ Machilus thunbergii
 サンショウ Zanthoxylum piperitum
 材木座たぶのき公園
 ロシアヒマワリ Helianthus annuus
 オニユリ Lilium lancifolium
 アオノリュウゼツラン Agave americana
 オモダカ Sagittaria trifolia (雄花)
 ムラサキバレンギク Echinacea purpurea
 コイ Cyprinus carpio
 ヒメヤブラン Liriope minor
 マンリョウ Ardisia crenata
 ムクゲ Hibiscus syriacus
 カサブランカ Lilium ‘Casa Blanca’
 アカザ Chenopodium album var. centrorubrum
 ノウゼンカズラ Campsis grandiflora(光蝕寺)
 ヤブミョウガ Pollia japonica
 タマアジサイ Hydrangea involucrata
 ヤブカンゾウ Hemerocallis fulva var. kwanso
 ツルタケ Amanita vaginata
 カヤ Torreya nucifera (朝夷切通入口)
 レティシアの月
 七夕飾り(追浜駅前)

小坪で社を散策 part1

 逗子八景の小坪歸帆で知られる小坪地区には沢山の神社があります。明治時代末期の合祀令の際に境外末社という形で合祀したためではないかと思われますが、どの社も社域は狭いながらよく整備されていて、祭神が予測できる名前が残されています。近隣の久木神社、披露山神社などと比較検討すると興味深いと思われます。

【主な経路】
(自宅)-浜見台-鷹取山-神武寺薬師堂-逗子中学校-沼間神明社-(山の根)熊野神社-久木神社-新宿稲荷神社-披露山公園展望台-披露山神社-諏訪神社-天照大神社-八幡宮-稲荷大明神-諏訪社(元宮)-第六天社-小坂天王社-一の宮神社-子之神社-地蔵堂-須賀神社-披露山公園入口-小坪入口-新逗子市駅-(京急線利用)-六浦駅-ヨークマート-(自宅)

【諏訪神社】逗子市小坪4丁目19(南町)
 境内に稲荷社、この辺りでは珍しい双体道祖神がありました。


【天照大神社】逗子市小坪4丁目20-1(伊勢町)


小坪地区の総鎮守、眺めの良いお社です。石段の下には庚申塔があります。


【八幡宮】逗子市小坪4丁目9(伊勢町)


 境内社に稲荷社があります。ここでも双体道祖神が祀られています。


【稲荷大明神】逗子市小坪4丁目14-26(南町)


 子産石と思われる丸い石が奉納されており、お社には新鮮なアブラゲが供えられていました。


【諏訪神社(元宮)】逗子市小坪4丁目26(南町)
 現在は4丁目19に遷座した諏訪神社の元宮です。相模国では珍しく、ここでも道祖神が祀られていました。


【第六天社】逗子市小坪4丁目25(南町)
 霊園脇の石段を上り詰めると神世七代の六番目の二柱を祀ったと言われる第六天社がありました。


【小坂天王社】逗子市小坪4丁目8-9(伊勢町)
 当社と祭神を同じくする須賀神社の関係は不明です。境内でヤブミョウガの開花が始まっていました。


【一の宮神社】逗子市小坪4丁目3-9(伊勢町)
 この地域では唯一社名から祭神の推定の出来ない神社です。狭いながら石塔や境内社も多数あります。


【子之神社】逗子市小坪5丁目6(中里町)
 辻のお社、子之神社にも双体道祖神がありました。


【地蔵堂】逗子市小坪6丁目6-10(中里町)


【須賀神社】逗子市小坪6丁目6-7(中里町)
 須賀神社は小坪4丁目に鎮座する天照大神社の末社とのことですが、地域のほぼ中央に位置して平地に位置する当地でお祭りを催しているようです。


須賀神社(天王社)
 小坪の総鎮守・天照大神社(てんしょうだいじんしゃ)の境外末社で、須佐之男命(牛頭天王)を祀る須賀神社の「天王祭」は、毎年七月十五日直前の日曜日の本祭りを中心に行われます。
 浜の旧四町内(南町、伊勢町、中里町、西町)が年番で式をとり、これに西谷谷戸と東谷谷戸が加わって運営されます。
 神輿をはじめ。子供たちがたたく太鼓の音高く、お囃子を奏する各町内の山車が繰り出され、天王唄と共に廻る、小坪全体の賑やかなお祭りです。
 また、三十三年に一度、須賀神社の男神(おがみ)を乗せた神輿が、葉山・一色の森山神社の女神を乗せた神輿の元に訪れて、二泊三日滞在し、共に一色町内を巡行するという。ロマンチックな神事が催されます。「三十三年大祭(おおまつり)」や「行合祭(ゆきあいまつり)」と言われ、前回は、平成八年(一九九六)に行われました。
          逗子市・自然の回廊プロジェクト


小坪近隣の社
【(山の根)熊野神社】逗子市山の根2丁目4-1


久木(ひさぎ)神社】逗子市久木6丁目2-39
境内社に草分稲荷大明神、戸隠大明神などがみられます。


  久木神社由緒 御祭神 宇迦之御魂命
相模風土記稿に、「稲荷社妙光寺持」とあり久野谷村の総鎮守として享和二年(一八〇二年)ら再建されたと記録がある。また「柏原明神社は柏原村の鎮守なり古は子の神と号せしが元禄中(一九八八~一七〇三)今の神号に改む」とありともに古社であったが明治維新神仏分離令により妙光寺の管理を離れ明治六年(一八七三)稲荷社が鎮守として久木村総鎮守として「稲荷神社」と称し社殿が新築された。 大正十二年九月関東大震災により社殿倒壊したが大正十四年十月現社殿を新築した。 昭和十九年十一月神饌幣帛供進神社に昇格指定された。 昭和二十年終戦とともに神社制度の改正により国の管理を離れ昭和二十八年十月宗教法人となり昭和四十五年七月神社本庁および県知事の認証を得て社号を「久木神社」と改称した。


【新宿稲荷神社】逗子市新宿5丁目1
鳥居の脇には、庚申塔群がありました。境内には秋葉権現の石塔もあります。


  新宿稲荷神社縁起
鎮座地 逗子市新宿五丁目一九00番地
御祭神 宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ) 保食神(うけもちのみこと)
由緒沿革 当神社は約四百年余年昔徳川初期に鎮座されたと伝ふ。正一位新宿稲荷大明神と尊称され新宿の鎮守として産業振興・商売繁盛繁栄・安産育児の守護・庶民の財産生命生活安定の神と崇められている。御社は三間程の岩窟の中に奉安されていたが昭和三十二年(一九五七年)現在の社殿が建立された。殿内は岩窟の中に造られている。
  平成十七年八月吉日


【披露山神社】逗子市新4丁目9


   披露山神社略記
祭神 大山祇神
   稲荷大明神
由緒 当社はもと名主高橋家宅に祭祀されしを安政五年伏見稲荷大社より分霊を受け二神が合祀された。明治二十三年現在地南方上部斜面に遷され昭和十八年第二次世界大戦の折国防上の理由に依り再度遷座されるに至った。祭神は俱に人々の生活に深く関り安寧と繁栄を司る守護神である。
祭例日 一月十五日


その他、植物等
【大崎公園】
 逗子市では披露山公園がよく知られていますが、そのすぐ隣の大崎公園から展望もなかなかのものです。



【参考】
 アフリカハマユウ Crinum bulbispermum (Syn.Crinum latifolium)
 ヒカゲノイノコヅチ Achyranthes bidentata
 ニガイグチモドキ Tylopilus neofelleus
 ホルトノキ Elaeocarpus sylvestris(神武寺)
 マメヅタ Lemmaphyllum microphyllum
 ヒメイタビ Ficus thunbergii(幼葉)
 キハギ Lespedeza buergeri
 ウワバミソウ Elatostema umbellatum
 カイガラタケ Lenzites betulinus
 ウバユリ Cardiocrinum cordatum
 タマアジサイ Hydrangea involucrata
 セイヨウフウチョウソウ Tarenaya hassleriana
 ノウゼンカズラ Campsis grandiflora
 カラクサナズナ Lepidium didymum
 タブノキ Machilus thunbergii
 アフリカハマユウ Crinum bulbispermum (Syn.Crinum latifolium)
 タシロラン Epipogium roseum
 江の島
 アジサイ Hydrangea macrophylla
 エノキ Celtis sinensis
 グラジオラス Gladiorus ‘hybridus’
 地蔵尊(小坪4丁目12-20)
 ヤブミョウガ Pollia japonica
 石塔群(海潮山佛乗院阿弥陀)
 双体道祖神(海潮山佛乗院阿弥陀)
 石塔群(小坪6丁目)