文献調査」カテゴリーアーカイブ

大和本草における柑橘類

 18世紀初頭に出版された医薬書『大和本草(1708)』での柑橘類は、(たちばな)(=みかん)、金橘(こうじ)(ゆず)(だいだい)佛手柑朱欒(ざんぼ)(=ざぼん)が記載されています。それぞれの品種についての項目もあるのですが、現在の分類系統とは必ずしも一致しておらず、例えば、現在では温州ミカンの交配親のひとつと考えられている九年母(くねんぼ)(shimizu et al.,2016)は柑の品種と考えられていたようです。現在ではミカン科サンショウ亜科に位置付けられている山椒は全く別のグループとして記載され、ミカン科(Rutaceae)の名称の元となったミカン科の模式種ヘンルーダに関すると思われる記述は『雑草』の項にあります。
ミカン科の系統概要
 維管束植物の分類【概要小葉植物と大葉シダ植物裸子植物被子植物(APG-IV体系)】【生物系統樹


柑橘類:大和本草巻之九

 ○果木 説文云在木曰果在草曰菽


(タチハナ、ミカン)
○タチハナト訓スミカンナリ其花ヲ花タチハナト古歌ニヨメリ南方温煖ノ地及海邊沙地宜シ故紀州駿州肥後八代皆名産也共ニ南土ナリ紀州ノ産最佳シ北土及山中寒冽ノ地ニ宜カラス故本邦ニテ北州無之朝鮮亦然リ本草ニ實ヲウヘタルハ氣味尤マサルト伝ヘリ諸木皆(ツキ)木ヨリ實ウヘノ木實ノ味ヨク材ニ用ニモヨシ中𬜻ヨリ來ル陳皮ハ大ニシテ性ヨシ年々多ク來レリ日本ノ陳皮ハ大ニ下サレリ可用今ノ世醫多クハ是ヲ不用ハ何ソヤ陳皮ヲ君藥1)ニ用ル方ニ和ノ陳皮ヲ用レハ效ナシト云入ニハ和中ヲ理胃藥則留ハ白ヲ入ニハ下氣消痰藥ニ則去白ヲ本草曰陳皮ノ性能ク補フ其功在諸藥之上凡靑皮陳皮枳ノ實枳殻ハ其採時ノ早晩ト實ノ老ナン嫩ヲ以分ツ嫩キハ性酷シクシテ下ヲ治ス老ハ性緩ニシテ治高キヲ去白ヲニハヌル湯ニ盬ヲ入陳皮ヲヒタシ洗ヒ筋トウラノ白膜ヲ刻用ユ是本草ノ説ナリ白膜ヲウスクコソケ去ヘシ
○橘ヲ十一月ヨリ雨ヲサケテカコニ入或ワラニアラク包テ日ニホスカヘニソヒテ掛レハ易腐リ春月ヨク干タル時器ニ納ヲキ咳痰久ク癒サルニ刻ミテ生薑ヲ加ヘ煎シ用𫞪驗アリ其氣味好シ痰除キ咳ヲ止メ肺ヲ潤シ開ク胸ヲ香氣アリ果トシ食ノモ味ヨシ能ホシタルハ久ニ堪ヘテ損セス老人虛冷ノ人ハ生果ヲ食セスノ是ヲ食フヘシ核トモニ用
○”丹渓2)潤下丸”、”囘春痰飮門滌散”、本草綱目”二賢散”此三方相似タリ皆陳皮ヲ用ユ可考
○本草時珍(李時珍)3)曰橘品十有四今按韓彦直(Han Yen-Chih)4)橘録ニ詳ナリ本邦ニモ數品アリ
白和(シラワ)カウシ遠州白和村ニアリ故名ツク其皮ウスク色黄ニシテ味ヨシ不酸カラミカンヨリ大也是眞橘ナルヘシ輿本草合ヘリ其味ミカンニ下サレリ又一種ヨク白輪カウシニ似タル橘アリ是亦ミカンヨリ大ニシテ味亦ヨシ中𬜻ノ橘ナリトテ西土ニアリ
○溫州柑其葉蜜橘ニ似テ薄小ナリ其實ノ肌蜜橘ニ皮ノ裏如柑蜜橘ヨリ薄シ皮ノ味ハミカンニヲトレリ其色ミカンヨリ赤シ二三月ニ至リテ味彌ヨシ土佐州ヨリ出ツコレヲ日本ニテ溫州柑ト稱ス本草ニ橘譜ヲ引テ柑橘溫州ノ者爲上ト事ヲイヘリ凡そ中𬜻ノ書ニ所記ノ品類ト本邦所在ト同キアリ不同アリ橘類ナト各有無異動アリ
包橘(カウジ)橘ヨリ小也皮ウスク(ナカゴ)ノヘタテ上ヨリ見ユ皮ニ光アリ熟シテ後色黄ニシテ味甘シ本草ニ見ヱタリ又大カウシト云物アリ古人柑ヲカウシト訓ス今包橘ヲカウシト稱スルハ誤ナリタチハナハ橘ノ本名ナルヲ他果ニ名付ルカ如シ
○タチハナト云物カウシニ似テ小也金橘ヨリ微大也是本草所謂油橘カ未詳皮薄ク味スシ上少クボメリ橘類最下品ナリタチハナハ橘ノ名ナルヲ此果ニ名付ルハアヤマリ也
○紅橘アリカラヨリ來リルミカンニ形似タリ其色ミカンヨリ紅ナリ本草朱橘ト伝ナルヘシ又緑橘アリ味甘シ
○サ子ナシミカン大サハ常ノミカンニ同シ味ヨシ山州長池又紀州ニモアリト云
○日本紀垂仁帝九十年命田通間守遣常世國令求非時香果(カウノミ)今謂橘ト是也今按ミカン此時初テ日本ニ來ル常世ノ國未詳何地
○中夏ノ書ニハ橘下ニ埋鼠則結實加倍ス本邦ニテハ猫ヲ埋ムカヨシト云
○橘類菉豆ノ中ニ收ヲケハ不損米穀ノ傍ニヲケハ早ク損ス


金橘
一、名盧橘5)‘司馬相如6)譜’曰盧橘夏熟ス
一、説枇杷ヲ盧橘ト云ハ誤ナリ此論諸書に多ク出タリ盧橘ヲ金橘トスル説ハ枇杷ノ下ニ詳ニス金橘小ナル時移セハ活ク三尺以上の大ナル木ヲウツセハ必枯ル彭淵材金橘帯酸ヲコトヲ恨ム歸田録ニ云此果藏于菉豆ノ中ニ經テ時ヲ不變


(カウジ、ク子ンホ)
○俗ニ九年母7)ト云義未詳木ハ蜜橘ヨリ長シヤスク早クミノル虚冷ノ人不可食性寒続日本紀九聖武帝神龜二年(725年)播磨ノ直 弟兄(アタエ ヲトエ)(モッテ)甘子ヲ從唐國來ル佐味 虫麻呂(サミノムシマロ)先殖其種結子トイヘリ柑橘モト異國ヨリ來ル
○夏蜜橘8)アリ小ニ蜜橘ヨリ大ナリ皮色靑シ夏ニ至テ熟ス實モ皮モ味モ柑ニ似タリ柑類ナリ蜜橘ヨリ皮厚ク味淡シ橘類ニ非ス廣州記曰羅浮山橘夏熟ス實大如柿コレ本邦ノ夏蜜柑歟
○リマン9)ト云物アリ柑ノ類ナリ味不好只切テ酒ノ肴トス大サハ柑ノ如シ味酸シ



○山中寒村ニモ宜シ橘柑ニ異レリ一種國俗ニ花柚10)ト云物アリ其實小ニシテ多クミノル花ヲ酒にウカヘ羮ニ加フ故名ツク味大柚ニヲトレトモ亦可賞ス海邊砂土最繁茂シヤスシ
○大福ト云物アリ柚ノ類ナリ皮アツシ蜜橘ヨリ大也皮ノ肌柚ヨリ細ニ味酸シ京都ノ邊鄙ニアリ味不美
○ユカウ11)ト云物アリ柚ニ似タリ


(ダイダイ)
○若水曰橙柚ノ別本草綱目ニシルセルヲ正トスヘシ他書ニ往々記シアヤマリテ橙ヲ柚トシ柚ヲ橙トス
○俗ニタイタイト云ハ其(ヘタ)ニ臺二アル故也ト云又一種カブス12)アリ蔕ニ臺ナシカフスハ柑子(カンス)(アヤマリ)稱スルナルヘシ或云乾タル皮ヲ用テ蚊ヲ薫フレハ蚊去ルカフストハ蚊フスヘノ意ナリト云前説近是一種色最紅ニシテ(ナカゴ)モ皮モツ子ノ橙ヨリ味頗ヨキアリ
○橙實ハ四五年モ不落𫞪大ニナル橙皮ホシテ蚊ヲフスフヘシ又疝氣ヲ治ス春ニ至リテ橙實ノカコヲ去皮ヲ用内ノ白膜ト筋ヲ去細ニ切豆油ニテ煮テツキクタキ砂糖ヲ加ヘ和シ甆器ニヲサメ口ヲ堅ク封シテヲタヘシ腹中ノ滞氣ヲメクラシ積聚ヲ消シ疝氣ヲ治ス本草ニモ橙膏ヲノセタリ凡橙柚ノ類皮ノ味不苦ハ柚類ナリ皮味苦惡キハ皆橙類ナリ


仏手柑
 枸櫞ト云如人指ナルヲ佛手柑ト云由郡志ニノセタリ昔本邦ニ無之近世來ル味ハ不堪爲果ト只蜜煎鼓淹(ミツツケ)トス香味ユシ其木寒ヲ畏ル南方煖地ニ宜シ故ニ北土ニハウエテモ不茂ヲ本草ニ置衣笥ノ中ニ則數日香不歇トイヘリ今試ニ然リ


朱欒(ザンボ)13)
 本草ニ朱欒ハ柚ノ釋名ニ載テ別ニ條不立橘譜曰朱欒顆圓實皮麤ク辨堅ク味酸惡不可食其大有尺三四寸圍ニ者摘テ之置几案問ニ久ケレハ則其臭如蘭今按是ザンボナリ本草時珍云柚大者謂之朱欒ト最大者謂之ヲ香欒ト朱欒ノ類近年本邦ニモ多シ柑橙ノ屬ナリ大ナルヲザンボト云葉ハ柑ニ似タリ實ハ橙ニ似テ其大サハ圍一尺五寸ニイタル皮黄ニ肉厚シテ香シ色黄白ナリ盬豉ニ藏ムヘシナカコハ酸クシテ不可食是本邦ニ所在ノ諸果ノ内最大ナリ長崎ニ多シ他州ニモアリサンボニ數種アリ一種上スコシ光るル味アシ上スコシキホキアリ味ヨシ一種肉赤シ食フヘシ一種橙子ユリ𫞪大ニシテ頚アリ色黄ニシテ味良シ實下リ垂ル事諸果ニ異リ一種クビアリテ橙子ノ大サナルアり味酸ク惡シ又一種頚ナク圓クシテ橙子ノ大サカルアリ肉アツクナカコ小ナリ可食又味酸クシテ不食モアリ猶形味大小異ナルアリ小ナルハ俗にジャガタラミカント云皆是朱欒ナリ葉ハ皆橙柑ニ似タリ枝ニ有刺或無刺其實世人乾作リ器ニ納ム茶香烟草


山椒
 園史曰喜栽蔭處ニ宜壅河泥ヲ若糞ヲ澆ケハ則葉焦死年々根下土ヲ去テ河泥ヲ以カフレハ枯ス旱ニアヘハ枯ヤスシ山椒ニモ男女アリ男木ニハ實ノラス山椒ノ木處々刀ニテタテニワリテヨシ然ラサレハ木イタム桃樹ノ如シ陰地ニモヨシ𫞪歴地ヲイム山椒ト櫻ハ皮ヲ剝テモ不枯歟他木異常ノ山椒ハ丹波ニテビンセウト云ハリ多シ朝倉山椒14)ハ但馬ノ朝倉ノ里ヲ初トス其後丹波ニモ植フ香氣烈シ常ノ山椒ニ葉モカハリハリスクナシ又冬山椒15)アリ常ノサンセウヨリ葉大ニシテアツク冬葉アリ實ノ形状氣味ハ常ノ山椒ニ同シ本草諸書ニテ未見之本草序例云椒去實於鐺中ニ微熬令汗出則有勢力
○犬山椒16)アリ葉ハ山椒ニ似テ微大實ノ臭味不好不可食是本草所謂岸椒ナルヘシ一名野椒本草ニ不𫞪香葉大於蜀椒17)ト云ヘルニ能合ヘリ但子灰色不黑ト云ヘルニ異リ土地ニヨリ時ニヨリ品ニヨリテ然ルヤ山野ノ岸ニ多ク生ス岸椒野椒ト名ツケン事宜ナリ蔓椒ヲイヌサンセウトスルハ誤ナリ蔓椒ハ蔓生ス犬山椒ハ非蔓生凡犬ト名付シハ眞ニ以テ非眞ヲ云イヌタデイヌツゲナトノ如シ


雜艸:大和本草巻之七

ルウダ18)
 蠻語ナリ是南蠻ルウタト云其葉(アサ)及羅勒19)ニ似タリ左右に缼刻アリ蠻醫コノンテ用之腫物ニ葉ヲモミテヌルヘシヨク腫毒ヲ消ス又汗斑ニサクレハ験アリヘビ是ヲオソル故ヘビサシタル所ニ付レハヨシ凡諸毒虫ノサシタルニ付ヘン功能多シ園ニ栽ヘシ臭氣アリ葉零陵香ニ似タリトイヘルモ別ノ物也中蕐ヨリ來ル零陵香ハ別也秋ノ初花サキ秋ノ季ミノル春子ヲ下ク冬ハ枯ル又宿根ユリ生ス寛永ノ初此種南蠻ヨリ來ル中蕐ノ草ニ非ス今處々ニアリ俗ニ耆波(キバ)三禮艸ト云此草ヲ服スレハ山嵐ノ瘴氣ニ感セス時疫ハヤル時此艸ヲ門戸ニカクレハ其災ヲ免ル熱病時疫又勞療ノ病人ヲ介保スル人コレヲオビ又モミテ鼻孔ニヌレハ染ス山ニ入テ此草ヲ帯レハ毒蟲サゝスサシテモコレヲ(カワマ)ノ中ニ投スレハ虫生セスコレヲ食スレハ五辛の葷臭ヲ除ク痘瘡出シキリニ痒ク百方不效此草ヲブダウ酒ニテセンシ瘡頭ニヌル忽效アリ


ヘンルウタ18)
 近年紅夷ヨリ來ル是紅夷ルウタナリ紅夷人ハ是ヲ用テ食品ニ加ヘ其香氣ヲ助ケ多食ノ惡臭ヲ去コト日本人山椒ノ葉ヲ用ルカ如シ葉ハ細ニシテ莖ノ本木ノ如シ三四月ニ黄花ヲ開ク四出ニシテ一片ノ間各一蕋ヲ出ス花ノ心ニ實アリ岩梨ノ實ニ似タリ夏實ノル其年子ヲ下ケハ來年花サキ實ノル其莖葉根冬不枯此草常ノルウタノ性ニ相似テ性猶スクレタリツ子ノルウダヨリ惡臭𫞪シ故ニ草ハ別ニシテ不相似トモルウダト稱ス又鳥ノ病ヲ治ス


【注】
1) 君藥:漢方処方における『君臣佐使の理論』での最重要薬。臣薬の助けを得て、佐役により副作用を軽減し、使薬により服用しやすくすることで、効能を発揮する主要薬成分。
2) 丹渓:中国、金・元時代の四大医家の一人、字は彦修
3) 本草時珍:李時珍(1518年-1593年)『本草綱目』の著者
4) 韓彦直:『橘录(1178)』の著者
5) 盧橘(ろきつ):キンカン (Citrus japonica)、ただし夏に熟するとあるので、ナツミカンのことかも知れない。
6) 司馬相如:前漢の頃の文章家、字は長卿。B.C.179年-117年
7) 九年母(くねんぼ) (Citrus reticulata ‘Kunenbo’)
8) 夏蜜橘:現在のナツミカン(Citrus natsudaidai)とは恐らく別種。
9) リマン:Lemonが語源と思われるが、檸檬(レモン) (Citrus limon)との関係は不明
10) 花柚(はなゆ) (Citrus hanayu)
11) 柚香(ゆこう) (Citrus yuko)
12) カブス:香母酢(かぼす) (Citrus sphaerocarpa)との関係は定かでない。
13) 朱欒(ざぼん) (Citrus maxima)
14) 朝倉山椒 (Zanthoxylum piperitum f. inerme )
15) 冬山椒 (Zanthoxylum armatum var. subtrifoliatum)
16) 犬山椒(岸椒) (Zanthoxylum schinifolium)
17) 蜀椒(しょくしょう):漢方では中国産の花椒類(赤山椒、藤椒など)の成熟した果皮を乾燥した生薬。種を特定できるものではないと思われる。
18) ルウダ、ヘンルウタ:ヘンルーダ Ruta sp.。『常ノルウタ』はRuta graveolensか。
19) 羅勒:メボウキ = バジル Ocimum basilicum



【文献】
貝原篤信 (1708) 大和本草巻之九, Accessed: 2024-11-24.
貞松光男 (1996) 佐賀果試研報, 13, 5-7, キズ(Citrus kizu hort. ex Y.Yanaka)の発生年代に手掛かりを与える古記録について, URL: https://www.pref.saga.lg.jp/kiji00323169/3_23169_1_houkoku1996_1.pdf, Accessed: 2024-11-24.
柴田勝, 樋口尚樹, 元水在斗, 岡﨑芳夫, 西岡真理, 五島淑子 (2022) CAPSマーカーを用いた山口県の幻のミカン クネンボ(九年母)の探索, 山口学研究, 2, 1-9, URL: https://petit.lib.yamaguchi-u.ac.jp/29398/files/166955, Accessed: 2024-11-24.
樋爪彩子 (2021) 花椒について-山椒との比較の視点から-, 日本調理科学会誌, 54(1), 70-72, DOI: 10.11402/cookeryscience.54.70, Accessed: 2024-11-24.
Shimizu T, Kitajima A, Nonaka K, Yoshioka T, Ohta S, Goto S, Toyoda A, Fujiyama A, Mochizuki T, Nagasaki H, Kaminuma E, Nakamura Y (2016) Hybrid Origins of Citrus Varieties Inferred from DNA Marker Analysis of Nuclear and Organelle Genomes, PLOS ONE, DOI: 10.1371/journal.pone.0166969, Accessed: 2024-11-25.

ナス属(Solanum)の系統概要

 ナス属(Solanum)はナス科(Solanaceae)全種の半数以上に相当する1250~1700種を擁する巨大な属で(Weese and Bohs,2007;Gagnon et al,2021)は、これまで得られた遺伝情報を包括的に整理することにより、棘のない系統(クレードⅠ:約350種)、棘のある系統(クレードⅡ:約900種)、祖先種に当たる系統(Thelopodium:3種)を識別できることなどを報告しています。そのうちトマト(Solanum lycopersicum)やジャガイモ(Solanum tuberosum)が属するクレードⅠでは単系と見做せる下位クレードも確認されていますが、ナス(Solanum melongena)を含むクレードⅡに属する旧来の節レベルでは入れ子が多く確認されて、単系とは言い難いようです。このためクレードⅡは今後とも再編が進むと思われる側系統群です。
 ナス属を含むナス科の植物には、広く糖アルカロイド(Glycoalkaloid)が分布しており、ジャガイモの場合ではα-チャコニンとα-ソラニンがその主体であることが知られています(新藤ら,2004; 秋山・水谷,2022など)。ソラニン類が原因物資と考えられるジャガイモ食中毒が屡々報告されていますが、これは表皮が緑色化した地下茎の喫食によるもので(岩崎,1984)、ソラニン類は210℃10分以上のような通常の調理では考えられない条件でないと分解しないことが報告(高木ら,1990)されていますので、緑色になったジャガイモは食材として利用しないよう注意が必要です。
 alpha-Solanine
 ナス科の写真整理 トウガラシ属(Capsicum)の系統および機能成分
 維管束植物の分類【概要小葉植物と大葉シダ植物裸子植物被子植物(APG-IV体系)】【生物系統樹


【ナス属(Solanum)の系統概要】Gagnon et al.(2021)

┌外群:Jaltomata bicolor
┤┌Thelopodium clade
││└Solanum dimorphandrum
││┌クレードⅠ(棘のない系統:約350種)
└┤││┌Regmandra clade
 ││││└S. paposanum
 ││└┼VANAns clade
 └┤ ││┌Solanum laciniatum
  │ │└┼Solanum trisectum
  │ │ └Solanum valdiviense
  │ └┬DulMo clade
  │  │└┬テリミノイヌホウズキ Solanum americanum 
  │  │ └イヌホウズキ Solanum nigrum 
  │  └Potato clade
  │   └┬Basarthrum
  │    ││┌Solanum muricatum
  │    │└┼Solanum caripense
  │    │ └Solanum coshoae
  │    └┬Tomato clade
  │     │└┬Solanum chilense
  │     │ └┬トマト Solanum lycopersicum 
  │     │  └ Solanum cheesmaniae
  │     └Petota clade
  │      └┬Solanum etuberosum
  │       └┬ジャガイモ Solanum tuberosum 
  │        └Solanum chacoense
  └クレードⅡ(棘のある系統:約900種)
   └レプトステモナム亜科(Leptostemonum)
    └┬カナリアナス Slanum mammosum 
     └┬ワルナスビ Solanum carolinense 
      └ナス Solanum melongena  

【ナス属(Solanum) Morelloid clade周辺の系統概要】Särkinen et al.(2015)

┌クレードⅠ
││ ┌Morelloid
││ ││   ┌Black nigtshade clade
││ ││   ││┌イヌホウズキ Solanum nigrum 
┤│ ││   │└┤┌テリミノイヌホウズキ Solanum americanum 
││┌┤│   │ └┴┬オオイヌホウズキ Solanum nigrescens 
│└┤││   │   └アメリカイヌホウズキ Solanum ptychanthum 
│ │││  ┌┴Episrcophyllum clade
│ │││ ┌┴Radicans clade
│ ││└┬Cahmaesarachidium clade
│ ││ └DULCAMAROID
│ ││  └ルリイロツルナス Solanum seaforthianum 
│ ││  ┌ARCHAESOLANUM
│ ││ ┌┴NORMANIA
│ │└┬┴AFRICAN NON-SPINY
│ │ └solanum valdiviense
│ │┌POTATO
│ └┤└ジャガイモ Solanum Tuberosum 
│  └Regmandra
└クレードⅡ
 │      ┌Leptostemonum
 │     ┌┤└ナス Solanum melongena 
 │    ┌┤└Wendlandii
 │    ││ └ソラナム・ウェンドランディー Solanum wendlandii 
 │   ┌┤└┬GEMITANA
 │  ┌┤│ └Solanum reductum
 │ ┌┤│└BREVANTHERUM
 │┌┤│└NEMORENSE
 └┤│└CYPHOMANDRA
  │└ALLOPHYLLUM
  └┬MAPORIENSE
   └Solanum anomalostremon

【文献】
Gagnon E, Hilgenhof R, Orejuela A, , McDonnell A, Sablok G, Aubriot X, Giacomin L, Gouvêa Y, Bragionis T, Stehmann JR, Bohs L, Dodsworth S, Martine C, Poczai P, Knapp S, Tiina Särkinen T (2021) Phylogenomic discordance suggests polytomies along the backbone of the large genus Solanum, Am J Bot, 109:580–601, DOI: 10.1002/ajb2.1827, Accessed: 2023-10-21.
Särkinen T, Barboza GE and Knapp S (2015) True Black nightshades: Phylogeny and delimitation of the Morelloid clade of Solanum, Taxon, 64(5), 945-958, DOI: 10.12705/645.5, Accessed: 2024-10-24.
Weese TL and Bohs L (2007) A Three-Gene Phylogeny of the Genus Solanum (Solanaceae) System Bot, 32(2), 445-463, URL: https://www.jstor.org/stable/25064255, Accessed: 2023-09-26.
Knapp S (2013) A revision of the Dulcamaroid Clade of Solanum L.(Solanaceae), PhytoKeys, 22, 1–432, DOI: 10.3897/phytokeys.22.4041, Accessed: 2023-10-22.
新藤哲也, 牛山博文, 観公子, 安田和男 and 斉藤和夫 (2004) ジャガイモ中のα-ソラニン, α-チャコニンの含有量および貯蔵中の掲示変化,食衛誌, 45(5), 277-282, DOI: 10.3358/shokueishi.45.277, Accessed: 2024-10-27.
岩崎久夫 (1984) バレイショによるソラニン中毒, 食衛誌, 25(5), 466-468, DOI: 10.3358/shokueishi.25.466, Accessed: 2024-10-27.
高木加代子, 豊田正武, 藤山由起 and 斎藤行生 (1990) ジャガイモ中のα-チャコニン及びα-ソラニンの加熱調理による影響, 食衛誌, 31(1), 67-73, DOI: 10.3358/shokueishi.31.67, Accessed: 2024-10-27.
秋山遼太・水谷正治 (2022) ジャガイモの毒ソラニン生合成の鍵となる酵素の発見, 化学と生物, 60(3), 107-109, URL: https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu/60/3/60_600303/_pdf, Accessed: 2024-10-27.
The Angiosperm Phylogeny Group and others (2016) An update of the Angiosperm Phylogeny Group classification for the orders and families of flowering plants: APG IV, Botanical Journal of the Linnean Society, 181(1), 1–20, DOI: 10.1111/boj.12385, Accessed: 2023-07-11.

アブラナ属(Brassica)の系統概要

 アブラナ科(Brassicaceae)は2亜科58連約4000種から構成される有用種を多く含むグループです。葉緑体の遺伝子配列を利用した分子時計解析によれば、アブラナ科の分化は始新世後期(Late Eocene)から漸新世後期(Late Oligocene)にかけての温暖期から寒冷期に移行した時代に進んだと推定されていて、中でも比較的最近登場したと考えられているアブラナ連の分化は、その後の中新世(Miocene)以降だったと考えられています(Hendriks et al.,2023)。
 科内には自家不和合性を示す種が多いため、種間、属間の雑種ができやすいので、多数の自然交配種、また栽培品種が存在し、それらの原種はアブラナ(Brassica rapa)、クロガラシ(B. nigra)、ヤセイカンラン(B. oleracea)の3種が主体であると考えられています(Karam et al.,2014)。黄色い花のアブラナ科の植物を総称して、油菜(アブラナ)と呼ぶことが多いことを初めとして、地域や研究グルーブによっても名称に統一を欠いています。一方では、植物として初めて核ゲノムの全ゲノム解析に供されたモデル種シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)を含む科であったこともあり、遺伝子解析が進められている(Karam et al.,2014; Bird et al.,2017など)のですが、形態による分類との一致が見られないことも多いため、アブラナ(Brassica rapa)のうち特にカブ、アブラナの類を遺伝子配列に基づいて区別することは、あまり意味がないのかも知れません。アブラナ属の栽培では、意図せぬ交雑により遺伝資源が失われないように注意して隔離栽培することが重要とされています(本田,2015)。
 アブラナ目(Brassicales)に特徴的な成分としてはカラシ油配糖体(Glucosinolate)が知られており(Agerbirk et al.,2022)、アブラナ科植物の辛味の主体は、植物体が損傷した際に、これまで120種以上が報告されてるカラシ油配糖体が加水分解されることにより生ずるイソチオシアネートでることが分かっています(宮澤ら,2016)。
 
 アブラナ科の写真整理
 維管束植物の分類【概要小葉植物と大葉シダ植物裸子植物被子植物(APG-IV体系)】【生物系統樹


【アブラナ連(Brasiceae)周辺の系統概要】Hendriks et al.(2023)

┌アブラナ亜科(Brassicoideae)
││   ┌アブラナ上連(Brassicodae)
││   │└┬ケルネ連(Kernereae)
││   │ └┬コチレアリ連(Cochlearieae)
││   │  └┬コルテオカルペ連(Coluteocarpeae)
││   │   └┬カレピン連(Calepineae)
││   │    └┬ユートレメ連(Eutremeae)
││   │     └┬グンバイナズナ連(Thlaspideae)
┤│   │      └┬シュレンキーラ連(Schrenkielleae)
││   │       │ ┌フォーレア連(Fourraeeae)
││   │       │┌┤┌イサチ連(Isatideae)
││   │       └┤└┴┬キバナハタザオ連(Sisymbrieae)
││   │        │  └ゼリポジ連(Thelypodieae)
││   │        └アブラナ連(Brasiceae)
││  ┌┴ヤマハタザオ上連(Arabodae)
││ ┌┴─ヘリオフィラ上連(Heliophilodae)
││┌┴──ハナダイコン上連(Hesperodae)
│└┴───ナズナ上連(Camelinodae)
│     └シロイヌナズナ属 Arabidopsis 
└タイリンミヤコナズナ亜科(Aethionemoideae)

アブラナ連(Brasiceae)の系統概要】Hendriks et al.(2023)

            ┌Otocarpus virgatus
          ┌┬┴Ceratocnemum rapistroides
         ┌┤└ミヤガラシ Rapistrum rugosum
        ┌┤└Raffenaldia primuloises
        │└┬Sinapidendron furtscens
       ┌┤ └Guiraoa ervensis
       ││ ┌┬Rhamphospermum arvense
       ││┌┤└Hirschfeldis incana
       │└┤└┬ルッコラ Eruca vesicaria 
       │ │ └ダイコン Raphanus sativus 
      ┌┤ └Zahora ait-atta
      ││    ┌Hemicrambe fruticilosa
      ││  ┌┬┴Erucastrum gallicum
      ││ ┌┤└Morisia montanthos
      ││┌┤└Quidproquo confusum
      │└┤└┬Brassica villosa
      │ │ └ヤセイカンラン Brassica oleracea 
     ┌┤ └Enarthrocarpus arcustus
    ┌┤│┌┬シロガラシ Sinapis alba
    ││└┤└Kremerlella cordylocarpus
    ││ └Coincya monensis
    │└┬Crambe maritima
    │ └┬Moricandla arvensis
   ┌┤  └Diplitaxis harra
   ││  ┌┬Cakile maritima
   ││ ┌┤└Didesmus aegyptlus
   ││┌┤└Erucaria hispanica
  ┌┤└┤└┬Crambella teretifolla
  ││ │ └Eremophyton chevallieri
  ││ └Ammosperma cinerea
  ││  ┌┬Guenthera souliei
 ┌┤│ ┌┤└Psychine stylosa
 │││┌┤└Nasturtiopsis coronopifolia
 ││└┤└Savignya parviflora
 ││ └┬Henophyton deerti
 ││  └Pseuderucaris clavata
┌┤│  ┌┬Physorhynchus brahuicus
│││ ┌┤└Fortunia garcinii
│││┌┤└Douepea tortuosa
││└┤└┬Zilla spinosa
┤│ │ └Foleyola billotii
││ └┬Quezelliantha tibestrica
││  └Schouwia purpurea
││ ┌┬Vella castrilensis
││┌┤└Vella pseudocytisus
│└┤└Carrichtera annua
│ └Horwoodia dicksoniae
└┬Sinalliaria limprichtiana
 └Orychophragmum violaceus

アブラナ連(Brasiceae)の系統概要】Arias and Pires(2012)

   ┌ヤセイカンラン系(Oleracea)
  ┌┤│ ┌フラシカ・エロンガータ Brassica elongata
  │││┌┴┬ブニシカ・グラビナエ Brassica gravinae
  ││││ └┬ブラシカ・デrスノッティ Brassica desnottesii
  ││└┤  └アルペンキャベジ Brassica repanda
  ││ │ ┌モリカンディ・フェチダ Moricandi foetida
  ││ │┌┴パープルミストレス Moricandia arvensis
  ││ └┤ ┌ディプロタキス・ハラ Diplotaxis harra
  ││  │┌┴┬ルッコラ Eruca vesicaria subsp. sativa
  ││  ││ └アルグラ Eruca pinnatifida
  ││  └┤  ┌┬ホワイトロケット Diplotaxis erucoides
  ││   │ ┌┤└ドッグマスタード Erucastrum gallicum
  ││   │ │└【Core Oleracea】
  ││   │ │  │ ┌┬ブラシカ・ルペストリス Brassica rupestris
  ││   │ │  │┌┤└ブラシカ・マクロカルパ Brassica macrocarpa
  ││   │ │  ││└ブラシカ・ウィロサ Brassica villosa
  ││   │ │  └┤┌セイヨウアブラナ Brassica napus
  ││   │┌┤   ││┌ワイルド・ウィード Carrichtera annu
  ││   │││   │├┼カラシナ Brassica juncea 
  ││   │││   ││├チンゲンサイ Brassica rapa subsp. chinensis
  ││   └┤│   └┤└カブ Brassica rapa
  ││    ││    │┌ブラシカ・クレティカ Brassica cretica
  ││    ││    │├メキャベツ B. oleracea var. gemmifera
  ││    ││    │├コールラビ B. oleracea var. gongylodes
  ││    ││    │├カイラン B. oleracea var. alboglabra
  ││    ││    │├ヤセイカンラン Brassica oleracea
  ││    ││    │├┬ケール B. oleracea var. viridis
  ││    ││    └┤└┬カリフラワー B. oleracea var. botrytis 
  ││    ││     │ └ブロッコリー B. oleracea var. italica> 
  ││    ││     ├ブラシカ・インカナ Brassica incana
  ││    ││     └ブラシカ・モンタナ Brassica montana
  ││    ││┌エナルトカルブス・リラトス Enarthorcarpus lyratus
  ││    │├┴┬モリシア・モナトス Morisa monanthos
  ││    ││ └セイヨウノダイコン Raphanus raphanistrum 
  ││    │└┬エルカストルム・ナスツルチイフォリウム Erucastrum nasturtiifolium
  ││    │ └ブラシカ・バレリエリ Brasica barrelieri
  ││    └ブラシカ・デフレクサ Brasica deflexa
 ┌┤└サビーニャ系(Savignya)
 ││  └サビーニャ・パルビフローラ Savignya parviflora
┌┤│┌クロガラシ系(Nigra)
││└┤└クロガラシ Brassica nigra
┤│ │┌カキレ系(Cakile)
││ └┤└カキレ・マリティマ Cakile maritima
││  └クランベ系(Crambe)
││   └シーケール Crambe maritima
│└ヘノフィトン系(Henophyton)
│ └ヘノフィトン・ジガレナム Henophyton zygarrhenum
│┌ベラ系(Vella)
└┤└ベラ・スピノサ Vella spinosa
 └ジラ系(Zilla)
  └ジラ・マクロプテラ Zilla macroptera

アブラナ(Brassica rapa)内部の系統概要】Karam et al.(2014)

    ┌チンゲンサイ B. rapa subsp. chinensis
   ┌┴白菜 B. rapa subsp. pekinensis 
  ┌┴アジア系カブ B. rapa subsp. rapa
 ┌┤┌夏西洋カブ B. rapa subsp. oleifera f. annua
 │└┴┬フリアリエッリ B. rapa subsp. sylvestris
┌┤  └冬西洋カブ B. rapa subsp. oleifera f. biennis
│└┬アブラナ B. rapa subsp. oleifera
┤ └イエローマスタード B. rapa subsp. trilocularis
└┬ブラウンマスタード B. rapa subsp. dochotoma
 └ブロッコレット B. rapa subsp. oleifera f. ruvo

アブラナ(Brassica rapa)内部の系統概要】Bird et al.(2017)

 ┌チンゲンサイ B. rapa subsp. chinensis
┌┴白菜 B. rapa subsp. pekinensis 
┤ ┌アジア系カブ B. rapa subsp. rapa
└─┼イエローマスタード B. rapa subsp. trilocularis &
  │ ブラウンマスタード B. rapa subsp. dochotoma
  └西洋カブ(ルタバガ) B. rapa subsp. rapa

【文献】
Hendriks HP, Kiefer C, Al-Shehbaz IA, Bailey CD, Huysduynen AHv, Nikolov LA, Nauheimer L, Zuntini AR, German DA, Franzke A, Koch MA, Lysak MA, Toro-Núñez Ó, Özüdoğru B, Invernón VR, Walden N, Maurin O, Hay NM, Shushkov P, Mandáková T, Schranz ME, Thulin M, Windham MD, Resštnik I, Španiel S, Ly E, Pires JC, Harkess A, Neuffer B, Vogt R,Braäuchler C, Rainer H, Janssens SB, Schmull M, Forrest A, Guggisberg A, Zmarzty S, Lepschi BJ, Scarlett N, Stauffer FW, Schönberger I, Heenan P, Baker WJ, Forest F, Mummenhoff K and Lens F (2023) Global Brassicaceae phylogeny, based on filtering of 1,000-gene dataset, Current Biol, 33, 4052–4068, DOI: 10.1016/j.cub.2023.08.026, Accessed: 2024-10-20.
Arias T and Pires JC (2012) A fully resolved chloroplast phylogeny of the brassica crops and wild relatives (Brassicaceae: Brassiceae): Novel clades and potential taxonomic implications, TAXON, 61(5), 980–988, DOI: 10.1002/tax.615005, Accessed: 2024-10-20.
Karam MA, Morsi YS, Sammour RH and Ali RM (2014) Assessment of genetic relationships within Brassica rapa subspecies based on polymorphism, Int J Curr microbiol APP Sce, 3(3) 1-10, URL: https://www.ijcmas.com/vol-3-3/Mohamed%20A.%20Karam,%20et%20al.pdf, Accessed: 2024-10-20.
Bird KA, An H, Gazave E, Gore MA, Pires JC, Robertson LD and Labate JA (2017) Population Structure and Phylogenetic Relationships in a Diverse Panel of Brassica rapa L., Front Plant Sci, 8, 321, DOI: 10.3389/fpls.2017.00321, Accessed: 2024-10-09.
本田裕 (2015) 岩手県における Brassica 属野菜の探索・収集, 植探報, 31, 73-81, URL: https://repository.naro.go.jp/record/4854/files/AREIPGR31_p73-81.pdf, Accessed: 2024-10-20.
Agerbirk N, Hansen CC, Kiefer C, Hauser TP, Ørgaard M, Lange CBA, Cipollini D, Marcus A. Koch MA (2021) Comparison of glucosinolate diversity in the crucifer tribe Cardamineae and the remaining order Brassicales highlights repetitive evolutionary loss and gain of biosynthetic steps, Phytochemistry, 185, 112668, DOI: 10.1016/j.phytochem.2021.112668, Accessed: 2024-10-27.
宮澤紀子, 阿部雅子, 木村典代, 松岡寛樹, 田中進, 森光康次郎, 中村宜督, 綾部園子, 小澤好夫 (2016) アブラナ科野菜漬物(カブ,ハクサイ)のイソチオシアネート生成に関する塩化ナトリウム(NaCl)およびアスコルビン酸の影響, 日本調理科学会誌, 49(2),138-146, DOI: 10.11402/cookeryscience.49.138, Accessed: 2024-10-27.
The Angiosperm Phylogeny Group and others (2016) An update of the Angiosperm Phylogeny Group classification for the orders and families of flowering plants: APG IV, Botanical Journal of the Linnean Society, 181(1), 1–20, DOI: 10.1111/boj.12385, Accessed: 2023-07-11.

ネギ属(Allium)の系統概要

 ネギ属(Allium)は約750種が記載されている大きな属で、自生種は北半球に分布します。この属の分化は古第三紀の終わり頃から新第三紀で、第四紀が始まるまでには、3つの主要な系統(Evolutional line)が出揃っていたと推定されています(Yang et al.,2023)。ネギ属は、かつてはユリ科(Liliaceae)、現在ではヒガンバナ科(Amaryllidaceae)に属していて(APG-IV,2016)、種数が多いだけでなく様々な品種群が存在することもあり、従来の属内系統にはいろいと問題があったのですが、遺伝子解析の結果から15程度の亜属に整理されていくと思われます(Friesen et al.,2006; Yang et al..2023)。
 ネギ属は、発癌抑制、免疫賦活、血栓溶解を初めとして様々な生理活性を有するシステインスルホキシド誘導体(cysteine sulphoxides)を含有する種が多いこと(細野・関,2022)が古くから知られており、縄文時代には利用が始まっていたと考えられる(工藤,2015)ことが報告されています。
 我国での食用とされる自生種には、ノビル(A. sativum)とギョウジャニンニク(A. victorialis subsp. platyphyllum)があり、近年では作物としての栽培も試みられている様です(萱島ら,2022;柘植ら,2020)。
 ユリ科とヒガンバナ科
 維管束植物の分類【概要小葉植物と大葉シダ植物裸子植物被子植物(APG-IV体系)】【生物系統樹


ネギ属(Allium)内の系統概要】Friesen et al.(2006); Yang et al.(2023)など

  ┌Evolutionally Line 3
  ││    ┌タマネギ亜属 Subgenera Cepa
  ││    ││ ┌Section Cepa タイプ種:タマネギ A. cepa 
  ││    ││ │└(ネギ A. fistulosum) 
  ││    ││ │ └(ワケギ A. fistulosum var. caespitosum)
  ││    ││┌┴Section Schoenoprasum タイプ種:チャイブ A. schoenoprasum 
  ││    │││ └(アサツキ A. schoenoprasum var. foliosum)
  ││    │└┼Section Sacculiferum タイプ種:A. sacculiferum
  ││    │ │└(ラッキョウ A. chinense)
  ││    │ ├Section Annuloprason タイプ種:A. fedschenkoanum
  ││    │ └Section Condensatum タイプ種:A. condensatum
  ││   ┌┼Subgenera Reticulatobulbosa
  ││  ┌┤└Subgenera Polyprason
  ││ ┌┤└ハナネギ亜属 Subgenera Allium
  ││ ││ │    ┌Section Crystallina タイプ種:A. crystallinum
  ││┌┤│ │   ┌┴Section Costulatae タイプ種:A. filidens
  │││││ │  ┌┴Section Brevidentia タイプ種:A. brevidens
  │││││ │ ┌┴Section Allium タイプ種:ニンニク A.sativum 
  │└┤││ │ │ └(リーキ A. porrum)
  │ │││ │┌┴┬Section Avulsea タイプ種:A. rubellum
  │ │││ ││ └Section Minuta タイプ種:A. minutum
  │ │││ └┤  ┌Section Brevispatha タイプ種:A. parciflorum
 ┌┤ │││  │┌┬┴Section Kopetdagia タイプ種:A. kopedeganse
 ││ │││  └┤└Section Codonoprasum タイプ種:セイヨウノビル A. oleraceum
 ││ │││   └┬?A. haneltii
 ││ │││    └Section Caerulea タイプ種:ブルーグローブ・オニオン A. caeruleum
 ││ ││└Subgenera Rhizirideum
 ││ │└Subgenera Cyathophora
 ││ └Subgenera Butomissa
 ││  └(ニラ A. tuberosum)
 │└Evolutionally Line 2
 │ │  ┌Subgenera Melanocrommyum
 │ │  │└┬(アリウム・クリストフィー A. christophii) 
 │ │  │ └(オオハナビニラ A. schubertii) A. victorialis subsp. platyphyllum) 
 │ │ ┌┴┬Subgenera Porphyroprason
 │ │┌┤ └Subgenera VvedensKya
 │ │││  └(ハナネギ A. giganteum) A. schubertii) A. victorialissubsp. platyphyllum) 
┌┤ └┤└Subgenera Anguinum
││  │ └(ギョウジャニンニク A. victorialis subsp. platyphyllum) 
││  └ステゴビル亜属 Subgenera Caloscordum
││   └(ステゴビル Allium inutile)
│└Evolutionally Line 1
│ │ ┌Subgenera Amerallium
│ │ │└(アリウム・トリケトラム A. triquetrum) 
┤ │┌┴Subgenera Microscordum
│ └┴Subgenera Nectaroscordrum

│┌┬ツルバギア属 Tulbaghia 
└┤└ハナニラ属 Ipheion    ├外群
 └ハタケニラ属 Nothoscordum 

【タマネギ亜属 Subgenus cepa タマネギ節 Section cepaの系統概要】Yusupov et al.(2021)

┌タマネギ亜属(Subgenus Cepa) タマネギ節(Section Cepa)
││  ┌タマネギ(A. cepa) 
││ ┌┴スノードロップ・オニオン(A. galanthum)
││┌┴┬ネギ(A. fistulosum) 
│└┤ └千住葱(A. altaicum)
┤ │ ┌エシャロット(A. oschaninii)
│ │┌┴(A. praemixtum)
│ └┴─プスケム・オニオン(A. pskemense)

└ハナネギ亜属(Subgenus Allium) ハナネギ節(Section Allium)
 └───ニンニク(A. sativum) 

ノビル(A. macrostemon)周辺の系統関係】Xie et al.(2019)
 これまで、系統位置が不明とされてきたノビル(A. macrostemon)の全ゲノム解析結果が2019年に公表され、タマネギ節の姉妹群としての新称ノビル節(Section Macrostemon)が提案されています。

     ┌Subgenus Cepa Section Cepa
     ││ ┌千住葱(A. altaicum)
    ┌┤└┬┴ネギ(A. fistulosum) 
    ││ └─タマネギ(A. cepa) 
    │└Subgenus Allium Section Macrostemon
   ┌┤ └ノビル(A. macrostemon) 
  ┌┤└─Subgenus Polyprason Section Oreiprason
  ││  └──(A. obliquum)
 ┌┤└──Subgenus Allium Section Allium
 ││   └──ニンニク(A. sativum) 
 │└───Subgenus Anguinum
┌┤    └┬─(A. victorialis)
││     └─(A. prattii)
│└────Subgenus Amerallium
│     └┬Section Arctoprasum
┤      │└(A. ursinum)
│      └Section Briseis
│       └(A. Paradoxum

└┬オニユリ(Lilium lancifolium) 
 └┬ノヒメユリ(Lilium callosum)  ├外群
  └コウライユリ(Lilium anabile)  ┘

【文献】
Friesen N, Fritsch RM and Blattner FR (2006) Phylogeny and New Intrageneric Classification of Allium (Alliaceae) Based on Nuclear Ribosomal DNA ITS Sequences, Aliso(J System Florist Bot), 22(1), 372-395, DOI: 10.5642/aliso.20062201.31, Accessed: 2024-10-09.
Yang JY, Kim S-H, Gil H-Y, Choi H-J and Kim S-C (2023) New insights into the phylogenetic relationships among wild onions (Allium, Amaryllidaceae), with special emphasis on the subgenera Anguinum and Rhizirideum, as revealed by plastomes, Front Plant Sci, 14, 1124277, DOI: 10.3389/fpls.2023.1124277, Accessed: 2024-10-12.
Xie F-M, Jiang Q-P, Yu Y , Zhou S-D and He X-J (2019) Mitochondrial DNA pary B, 4(1), 1938–1939, DOI: >a href=”https://doi.org/10.1080/23802359.2019.1616626″>, Accessed: 2024-10-12.
Yusupov Z, Deng T, Volis S, Khassanov F, Makhmudjanov D, Tojibaev K and Hang Sun H (2021) Plant Divers, 43, 102-110, DOI: 10.1016/j.pld.2020.07.008, Accessed: 2024-10-09.
細野崇・関泰一郎 (2022) スルフィド類の多彩な生理機能とその分子メカニズム, 科学と生物, 60(7), 317-318, DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.60.317, Accessed: 2024-10-15.
工藤雄一郎 (2015) 王子山遺跡の炭化植物遺体と南九州の縄文時代草創期土器群の年代, 国立歴史民俗博物館研究報告, (196), 5-22, URL: https://core.ac.uk/download/pdf/294898145.pdf, Accessed: 2024-10-19.
萱島知子, 福田伸二, 大島一里 (2022) 山野草ノビル(Allium macrostemon Bunge)の嗜好特性とDPPHラジカル消去活性, 日本家政学会誌, 73(1), 31-38, DOI: https://doi.org/10.11428/jhej.73.31, Accessed: 2024-10-15.
柘植一希, 柳澤一馬, 元木 悟 (2020) ギョウジャニンニクの形態形質と系統間差異, 園学研, 19(4), 407-415, DOI: 10.2503/hrj.19.407, Accessed: 2024-10-19.

トウガラシ属(Capsicum)の系統および機能成分

 ナス科(Solanaceae)トウガラシ属(Capsicum)は約35種で構成され、中南米が起源地と考えられています(García et al,.2016)。トウガラシ、シシトウ、ピーマン、パプリカは、全てトウガラシ(Capsicum annuum)の品種で、辛み成分の主体であるカプサイシン類の含有量は品種により大きな差のあることが知られています。
 Shiragaki et al.(2020)による解析によれば、属内には5つクレードが認められますが、従来の種とは必ずも一致しておらず、具体的には、シマトウガラシ(高麗胡椒(コーレーグース))、タバスコ、ハバネロなどの実が比較的小さく辛味の強い品種は、明確に識別出来ないようですので、これらは再編されることが予測されます。
 ナス属(Solanumの系統概要
 維管束植物の分類【概要小葉植物と大葉シダ植物裸子植物被子植物(APG-IV体系)】【生物系統樹


トウガラシ属(Capsicum)の系統推定】Shiragaki et al.(2020)

     ┌トウガラシ・クレード C. annuum Clade
     ││       ┌───C. annuum ‘獅子唐'(シシトウ)
     ││      ┌┴───C. annuum ‘紫(大和)’
     ││     ┌┴────C. annuum ‘昌介’
     ││    ┌┴─────C. annuum ‘鷹の爪’
    ┌┤│   ┌┴──────C. annuum ‘日光’
    │││  ┌┴───────C. annuum ‘在来’
    │││ ┌┴────────C. annuum ‘八房’
    │││┌┤┌────────C. annuum ‘三重みどり'(ピーマン)
    ││└┤└┴┬───────C. annuum ‘伏見甘長’
    ││ │  └───────C. annuum ‘札幌大長南蛮’
    ││ └──────────C. annuum ‘明石’
    │└キネンセ/キダチトウカラシ・クレード C. chinense and C. frutescens clade
    │ │  ┌────────C. frutescens ‘タバスコ’_2
    │ │ ┌┴────────C. frutescens ‘ラット・チリ’_3
    │ │┌┴─────────C. eximium ‘PL 645681’_3
    │ └┤ ┌────────C. frutescens ‘グリーン・タバスコ’_1
   ┌┤  │┌┴────────C. frutescens ‘ラット・チリ’_1
   ││  ││   ┌─────C. eximium ‘PL 645681’_1
   ││  └┤  ┌┴─────C. frutescens ‘ラット・チリ’_2
  ┌┤│   │ ┌┴──────C. frutescens ‘タバスコ’_2
  │││   │┌┤┌──────C. eximium ‘PL 645681’_2
  │││   └┤└┴──────C. frutescens ‘タバスコ’_3
 ┌┤││    │┌───────C. frutescens ‘グリーン・タバスコ’_3
 ││││    └┤ ┌─────C. Chinense ‘ハバネロ’_1       ┐
 ││││     │┌┴─────C. Chinense ‘Pl 159236’_1       │
┌┤│││     └┤┌─────C. Chinense ‘Pl 441609’_2       │
│││││      └┤ ┌───C. frutescens ‘グリーン・タバスコ’_2 │
│││││       │┌┴───C. Chinense ‘ハバネロ’_2       ├キネンセ・クレード
│││││       └┤┌───C. Chinense ‘スカーレット・ランテム’_1│ C. chinense
┤││││        └┤ ┌─C. Chinense ‘スカーレット・ランテム’_3│
│││││         │┌┴─C. Chinense ‘Pl 159236’_3       │
│││││         └┤┌─C. Chinense ‘Pl 441609’_1       │
│││││          └┤┌C. Chinense ‘スカーレット・ランテム’_2│
│││││           └┴C. Chinense ‘Pl 159236’_2       ┘
││││└バッカツム・クレード C. baccatum Clade
││││ └────────────アヒ・アマリージョ C. baccatum
│││└プベッセンス・クレード C. pubescens
│││ └─────────────ロコト C. pubescens
││└───────────────ウルピカ C. eximium
│└────────────────カプシクム・リシアンソイデス C. lycianthoides
└イヌホオズキ Solanum nigrum (ナス属)

【トウガラシ属周辺の系統関係】Olmstead et al.(2008)

 ┌ナス科
 ││  ┌ナス亜科(Solanoideae)
 ││  ││   ┌─ナス連(Solaneae)
 ││  ││  ┌┤┌トウガラシ連(Capsiceae)
 ││  ││  ││││  ┌Capsicum minutiflorum
 ││  ││  ││││ ┌┼Capsicum chinense
 ││  ││  ││││┌┤├Capsicum pubescens
 ││  ││  │││└┤│└Capsicum baccatum
 ││  ││  │││ │└Capsicum rhomboideum
 ││  ││  │││ └メジロホオズキ属Lycianthes spp.
 ││  ││  │└┴ホオズキ連(Physaleae)
 ││  ││ ┌┤  │ ┌ホオズキ亜連(Physalinae)
 ││  ││ ││  └┬┴イオクロマ亜連(Iochrominae)
 ││  ││┌┤│   └─アシュワガンダ亜連(Withaninae)
 ││  │└┤│└──チョウセンアサガオ連(Datureae)
 ││  │ │└───ファヌリヨア連(Juanulloeae)
 ││  │ └┬───ヒヨス連(Hyoscyameae)
 ││  │  └───クコ連(Lycieae)
 ││ ┌┴タバコ亜科(Nicotianoideae)
 ││┌┤ └┬────アンソトローシュ連(Anthocercideae)
 ││││  └────────タバコ属(Nicotiana)
 │││├───────シュヴェンキア連(Schwenckieae)
 │└┤├───────ペチュニア連(Petunieae)
 │ │└┬──────ベンサミエラ連(Benthamielleae)
 │ │ └┬─────サルピグロシス連(Salpiglossideae) ┐
┌┤ │  └┬────ブロワリア連(Browallieae)     ├ヤコウカ亜科
┤│ │   └────ヤコウカ連(Cestreae)       ┘(Cestroideae)
││ └──ゲッツェア亜科(Goetzeoideae)
│└ヒルガオ科(Convolvulaceae)
└─モンティニア科(Montiniaceae)

【カプサイシン類(Capsinoids)】
 ナス科の中でもトウガラシ属だけの特徴の一つとして、種子が付いている胎座(Placenta)で辛み成分カプサイシン類(Capsinoids)を生産することがありますが、ピーマンやパプリカではカプサイシン類を生産する遺伝子発現が抑止されているため、辛みはありません。一方、シシトウでは通常は辛くない品種でも栽培条件によっては辛くなることが知られていましたが、最近ではピーマンとの品種交配により全く辛くならないシシトウ品種も作出されているそうです(田中ら,2022)。
 カプサイシン類は、カプサイシンとジヒドロカプサイシンが辛さの9割以上を占めるとされており、その濃度測定は、20世紀初頭に考案された希釈官能検査であるスコヴィル法(Scoville,1912)が採用されてきましたが、現在ではHPLC法, LC/MS/MS法等の機器分析による個別測定が可能となっています(ジーエルサイエンス,1998-2024)。現在でのスコヴィル値は参考程度ですが、AOAC(1995)のHPLCを用いた公定法では、主要なカプサイシン類3物質、カプサイシン、ジヒドロカプサイシン、ノルジヒドロカブサイシンの合量(μg/g)を15倍した値が、スコヴィル値に相当するとしています。また、日本味覚協会(2021)は3g/kg以下のカプサイシン濃度範囲で『スコヴィル値=17.375xカプサイシン濃度(mg/kg)+1180.9』という換算式を示しています。この式の意味するところは、計算式算出に用いたデータセットの辛さ成分のうち、平均すると約1000スコヴィル値分がカプサイシン以外のカプサイシン類に起因する辛さだったいうことになります。
 トウガラシ属の果実では、辛みはないのに発汗・発熱などの生理作用を有するカプシエイト類(Capsiates)と総称されるカプサイシン類似物質群が発見されています(矢澤ら,1989)。カプサイシン類のペプチド結合(-C-NH-C-)部分が、エーテル結合(-C-O-C-)に置き換わったものがカプシエイト類なので、分子内に窒素のあるカプサイシン類はアルカロイドですが、カプシエイト類はアルカロイドではないことになります。カプシエイト類は、トウガラシ(C. annuum)より南米で栽培されるアヒ(C. baccatum)で多く含まれる品種が見つかっているようです(田中,2014)。

 辛くないのに生理作用のあるトウガラシ品種は、これまでのところ食用としてはあまり普及していないようですが、機能性食品としては利用されています。


【文献】
Shiragaki K, Yokoi S and Tezuka T (2020) Phylogenetic Analysis and Molecular Diversity of Capsicum Based on rDNA-ITS Region, Horticulturae,6, 87, DOI: 10.3390/horticulturae6040087, Accessed: 2024-09-25.
García CC, Barfuss MHJ, Sehr RM, Barboza GE, Samuel R, Moscone EA and Ehrendorfer F (2016) Phylogenetic relationships, diversification and expansion of chili peppers (Capsicum, Solanaceae), Annal Bot, 118(1), 35–51, DOI: 10.1093/aob/mcw079, Accessed: 2024-10-02.
農林水産省 (2024) カプサイシンに関する詳細情報、URL: https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/capsaicin/syousai/, Accessed: 2024-10-04.
田中寿弥、南山泰宏、小谷泰之、髙垣昌史、片山泰弘 and 林 恭弘 (2022) 辛味果実の発生しないシシトウ新品種‘ししわかまる’の育成、園学研(Hort Res Jap)、21(1)、123–128、DOI: 10.2503/hrj.21.123, Accessed: 2024-10-05.
ジーエルサイエンス (1998-2024) HPLCとLC/MS/MSによるカプサイシンの分析, URL: https://www.gls.co.jp/viewfile/?p=LT197, Accessed: 2024-10-05.
AOAC (1995) AOAC Official Method 995.03 Capsaicinoids in Capsicums and Their Extractives Liquid Chromatographic Method First Action 1995, URL: https://techcrim.ru/wp-content/uploads/2011/11/AOAC_Official_Method_995.pdf, Accessed: 2024-10-06.
日本味覚協会 (2021) 辛さの指標(単位)とは?~スコヴィル値とカプサイシン濃度の関係~, URL: https://mikakukyokai.net/2021/11/04/gekikara-anzen/, Accessed: 2024-10-05.
前田智, 米田祥二, 細川宗孝, 林孝洋, 渡辺達夫 and 矢澤進 (2006) トウガラシ ‘CH-19甘’ (Capsicum annum L.)の果実発育中の新規物質カプシノイド含量の変化と胎座組織の形態変化ならびに果実の彫像条件とカプシノイド含量, 京大農場報告, 15, 5-10, URL: https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010724262.pdf, Accessed: 2024-10-05.
矢澤進, 末留昇, 岡本佳奈 and 並木隆和 (1989) ‘CH-19甘’を片親としたトウガラシ(Capsicum annuum L.)の雑種におけるカプサイシノイドならびにカプサイシノイド様物質の含量, 園学雑, 58(3), 601-607, DOI: 10.2503/jjshs.58.601, Accessed: 2024-10-05.
田中義行 (2014) トウガラシにおける新規カプサイシン類似物質・カプシコニノイドの含量, 岡山大学農学部学術報告, 103, 37-43, URL: https://ousar.lib.okayama-u.ac.jp/files/public/5/52127/20160528115331516420/srfa_103_037_043.pdf, Accessed: 2024-10-05.
味の素, 辛くないトウガラシの成分「カプシエイト」, URL: https://www.ahs.ajinomoto.com/products/food/pdf/cap.pdf, Accessed: 2024-10-05.
Olmstead RG, Bohs L, Migid HA, Santiago-Valentin E, Garcia VF and Collier SM (2008) A molecular phylogeny of the Solanaceae, Taxon, 57(4), 1159–1181, DOI: https://doi.org/10.1002/tax.574010, Accessed: 2024-10-05.
Scoville WL (1912) Note on Capsicums, J Am Pharm Assoc, 1, 453-454, DOI: 10.1002/JPS.3080010520, Accessed: 2024-10-08.

シバナ科の系統概要

 シバナ科(Juncaginaceae)は、APG-IV(2016)で1属からなるマウンディア科が分離新設された結果、現在では3属25-35種で構成される耐塩性を備えた種を含む湿地植物です(Mering and Kadereit,2015))。和名『シバナ』がユーラシア大陸に自生する他種のいずれに相当するのかは未解決の様で(原,1960)、少なくとも神奈川県では既に全滅しており(神奈川県植物誌,2018)、日本全体でも準絶滅危惧(Near Threatened)となっています。
 下記のシバナの写真は、横浜市こども植物園の「横浜の植物・植物標本展」で撮影したもので、70年ほど前に九十九里浜で採集された標本です。ここでは欧州産の(Triglochin maritimum)と同一種となっていました。

 維管束植物の分類【概要小葉植物と大葉シダ植物裸子植物被子植物(APG-IV体系)】【生物系統樹


【オモダカ目(Alismatales)の系統関係】Chen et al.(2022)
カワツルモ科(Ruppiaceae)は試料が供試されなかったため記載がありません。

  ┌オモダカ科(Alismataceae)
 ┌┤┌トチカガミ科(Hydrocharitaceae)
 │└┴ハナイ科(Butomaceae)
┌┤    ┌┬ヒルムシロ科(Potamogetonaceae)
││   ┌┤└アマモ科(Zostraceae)
┤│  ┌┤└┬ベニアマモ科(Cymodoceaceae)
││ ┌┤│ └ポシドニア科(Posidoniaceae)
││┌┤│└マウンディア科(Maundiaceae)
│└┤│└シバナ科(Juncaginaceae)
│ │└ホロムイソウ科(Scheuchzeriaceae)
│ └レースソウ科(Aponogetonacaeae)
└┬サトイモ科(Araceae)
 └チシマゼキショウ科(Tofieldiacaeae)

【オモダカ目(Alismatales) シバナ科(Juncaginaceae)】

和名 (Japanese Name) 画像 (Image) 学名 (Latin name) 英語名 (English name)
シバナ属 Triglochin
シバナ属の一種 シバナ属の一種
Triglochin sp. Arrowgrass

解説文転記
No.2 シバナ [環境省:純絶滅危惧種(NT), 神奈川県:絶滅]」
 シバナはかつて横浜西区の干潟、平沼付近での貴重な採集記録が残されている。現在は県内では絶滅したと考えられている単子葉植物。
 シバナとは「塩場菜」の意味で、潮が採れるような塩性の湿地に生えている。当時の横浜にはまだそうした自然の情景が残っていたのであろう。国内での自生も、特に関東以西では自生地が限られる貴重な植物である。かつてはホムロイソウ科に含まれていたが、花の構造が著しく異なることからシバナ科となった。半月型の切面となる多肉質の葉は、塩性地で体に水分を長く保持することに役立っている。
 シバナの学名は、戦前に中国北部の植物を研究したことで知られる植物学者の北川政夫に献名されています。命名者は北欧の系統分類学者Soris Löve。
【植物研究雑誌・1巻6号 p.154-155 段枝片葉(其三)しばな横濱ニ盡ク 参照】
【植物研究雑誌・35巻6号 190-192 シバナについて 原寛 参照】


横浜市bこども植物園標本 No.YCB605202
和名 シバナ
学名 Triglonchin maritmum L.
採集地 千葉県驚
採集者 久内清孝
採集年月日 1953年08月17日
久内標本コレクション 12-191
           2050-00100


(驚)という地名は長生村と白子町とにある.どちらか不明
YLB605202
Triglochin matitimum Lin
Nom Jap Shibana
in oppido Odoroki, Kazusa
17 Aug 1953


【文献】
Mering Sv and Kadereit JW (2015) Systematics, phylogeny and biogeography of Juncaginaceae, Mol Phylog Evol, 83, 200-212, DOI: 10.1016/j.ympev.2014.10.014, Accessed: 2024-09-28.
Mering Sv and Kadereit JW (2010) Phylogeny, Systematics, and Recircumscription of Juncaginaceae – A Cosmopolitan Wetland Family, In Seberg, Peterson, Barfod and Davis Edts, Diversity, Phylogeny, and Evolution in the Monochtyledons, URL: https://juncaginaceae.myspecies.info/sites/juncaginaceae.myspecies.info/files/von%20Mering%20%26%20Kadereit_2010_phylogeny_Juncaginaceae.pdf, Accessed: 2024-09-28.
原寛 (1960) シバナについて、植物研究雑誌, 35(6) 30-32, DOI: 10.51033/jjapbot.35_6_4529, Accessed: 2024-09-28.
Chen L-Y, Lu B, Morales-Briones DF, Moody ML, Liu F, Hu G-W, Huang C-H, Chen J-M and Wang Q-F (2022) Phylogenomic Analyses of Alismatales Shed Light into Adaptations to Aquatic Environments, Mol Biol Evol, 39(5):msac079, DOI: 10.1093/molbev/msac079, Accessed: 2023-08-10.
The Angiosperm Phylogeny Group and others (2016) An update of the Angiosperm Phylogeny Group classification for the orders and families of flowering plants: APG IV, Botanical Journal of the Linnean Society, 181(1), 1–20, DOI: 10.1111/boj.12385, Accessed: 2023-07-11.


神奈川県植物誌調査会(2018)神奈川県植物誌2018(上)、p249.
A035 シバナ科 JUNCAGINACEAE (勝山輝男)
 多年草,稀に1年草,葉は根生し線形,花序は穂状で,花には苞葉がない.花被は3枚が輪生し,雄しべは3個ずつ2輪につき,心皮は3または6.全体の姿がホロムイソウに似るので、ホロムイソウ科(Scheuchzeriaceae)に含めていたが,花の構造が著しく異なるので,現在は別科とされる。世界に4属25種あり,日本には1属のみがある。
†1.シバナ属 Triglochin L.
 世界に12種あり,日本にはシバナとホソバシバナ T. palustris L. の2種がある。
†(1)シバナ Triglochin asiatica (King) A. & D. Löve; T. maritimum auct. non L.
 河口や内湾などの塩湿地に生える。北海道,本州,四国,九州;北半球の温帯に広く分布する。県内ではかつて横浜の平沼が干潟だったころの標本が残されているが,1915年(大正4年)に埋め立てにより絶滅した(牧野1917).『箱根目58』に芦ノ湖とあるがこの標本は確認していない.『神RDB06』では絶滅と判定された.北海道や東北地方を除いて産地,個体数ともに少なく,『国RDB15』では絶滅危惧Ⅱ類にされた.
標本:横浜市平沼 1920.8.10 K.Hisauchi TI; 同 採集年月日不明 松野重太郎 ACM-PL030019, 030020; 武蔵横浜 1912.8.20 久内清孝TI; 武蔵横浜平沼 1913.9.21 牧野富太郎 MAK226663; 武蔵平沼 1888.8.26 牧野富太郎 MAK194633; 武蔵金川付近 1893.10 牧野富太郎 MAK194634; 武蔵神奈川浦島山 1904 牧野富太郎 MAK194632.

横浜の植物・植物標本展など

 今日は、横浜市こども植物園で開催中の「横浜の植物・植物標本展」を見てきました。貴重標本が撮影できたのを機に、神奈川では既に絶滅しているシバナ科のページを掲載することができました。

 維管束植物の分類【概要小葉植物と大葉シダ植物裸子植物被子植物(APG-IV体系)】【生物系統樹



【参考】○:本日、初撮影種、◎:標本での初撮影種
◎ハイコモチシダ Woodwardia unigemmata
シバナ属の一種 Triglochin sp.
◎ハマカキラン Epipactis papillosa var. sayekiana
 ヨコハマダケ Pleioblastus matsunoi Syn. Arundinaria matsunoi
◎ハコネナンブスズ Sasa shimidzuana subsp.
shimidzuana

◎ヤマキタダケ Sasaella yamakitensis
◎ハコネメダケ Sasaella sawadae
◎サンカクヅル Vitis flexuosa
◎ハコネグミ Elaeagnus matsunoana
◎アカバグミ Elaeagnus X maritima (ツルグミ X オオバグミ)
◎トウゴクミツバツツジ Rhododendron wadanum<
◎アシタカツツジ Rhododendron komiyamae
 オカイボタ(オオバイボタの変種) Ligustrum ovalifolium var. hisauchi
 サガミギク(シロヨメナの変種) Aster ageratoides var. harae


〇ミセバヤ Hylotelephium sieboldii
〇ナガバヤブソテツ Cyrtomium devexiscapulae
 ヒマラヤタマアジサイ Platycrater aspera Syn. Hydrangea villosa
 ヒガンバナ Lycoris radiata
 オオタチカラクサ Dichorisandra thyrsiflora
 ネペンシス ‘レグレヤナ’ Nepenthes X ‘Wrigleyana’
 アサザ Nymphoides peltata
 タヌキモ属の一種 Utricularia sp.
 シモバシラ Keiskea japonica
〇アキカラマツ Thalictrum minus var. hypoleucum
 ナンバンギセル Aeginetia indica
 ヌスビトハギ Desmodium podocarpum subsp. oxyphyllum
 マツカゼソウ Boenninghausenia albiflora var. japonica
 マツモ Ceratophyllum demersum
 キキョウ Platycodon grandiflorus
 カリガネソウ Tripora divaricata
 アブラゼミ Graptopsaltria nigrofuscata
 ヒメシャラ Stewartia monadelpha
 ガマズミ Viburnum dilatatum
 カワラケツメイ Chamaecrista nomame
 ゲンノショウコ Geranium thunbergii
〇タラノキ Aralia elata
 トウガラシ Capsicum annuum
〇ウコン(ターメリック) Curcuma longa
 ハナシュクシャ Hedychium coronarium
 エビスグサ Senna obtusifolia
 エゴマ Perilla frutescens var. frutescens
 シロザ Chenopodium album var. album
 ゲッケイジュ Laurus nobilis
〇アシタバ Angelica keiskei
 ヘチマ Luffa cylindrica
 センナリビョウタン Lagenaria siceraria var. microcarpa
 カラタチ Poncirus trifoliata
 フジバカマ Eupatorium japonicum
 ダイコンソウ Geum japonicum
タチテンモンドウ(立天門冬) Asparagus cochinchinensis var. pygmaeus
〇クワクサ Fatoua villosa
 マツバラン Psilotum nudum
 ホトトギス Tricyrtis hirta
 センニンソウ Clematis terniflora
 マユミ Euonymus hamiltonianus
 クスノキ Cinnamonum canphora 横浜市指定名木古木 No.59001,59002
 カワラタケ Trametes versicolor
 キツネノマゴ Justicia procumbens
 マメガキ Diospyros lotus
〇ツリフネソウ Impatiens textorii
〇アオドウガネ Anomala albopilosa
 ミツガシワ Menyanthes trifoliata
 ガマ Anomala albopilosa
 コヤブタバコ Carpesium cernuum
 ブラジルヤシ Butia capiatata
 アオノリュウゼツラン Agave americana
 カワニナ Semisulcospira libertina
 オオカナダモ Egeria densa
 ヤマハギ Lespedeza bicolor
 イチモンジセセリ Parnara guttata
 ストレリチア(極楽鳥花(ゴクラクチョウカ)) Strelitzia reginae
 ペペロミア・オブツシフォリア Peperomia obtusifolia
 ビカクシダ Platycerium bifurcatum
〇ワイルドオーツ Chasmanthium latifolium
 ペニセタム(ギンギツネ) Pennisetum villosum
 ワレモコウ Sanguisorba officinalis
〇ヤナギバシャリントウ ‘オータムファイアー’ Cotoneaster Salicifolius ‘Autumn Fire’
 トチノキ Aesculus turbinata
〇クズクビボソハムシ Lema diversipes
 アカメガシワ(雌花) Mallotus japonicus
 ラセイタソウ Boehmeria biloba
 クズ Pueraria lobata
 カラスウリ Trichosanthes cucumeroides
 ケヤキ Zelkova serrata (横浜市指定名木古木 No.48075)
 石塔群:金沢横丁
 いわな坂
 ダンドボロギク Erechtites hieracifolia
 北向地蔵尊
 エビヅル Vitis ficifolia
 サルスベリ Lagerstroemia indica
 エノキ Celtis sinensis (ゆずの木)
 ペンタス Pentas lanceolata
〇ヨモギクキマルズイフシ

ヒルムシロ科の写真整理

 ヒルムシロ科(Potamogetonaceae)は、約100種からなる水生植物のグループで(角野,1984; Lindqvist et al.,2006)、APGの分類体系ではオモダカ科の所属となっています(APG-IV,2016)。ヒルムシロは水田に普通な雑草でしたが、稲作の衰退とともに減少傾向にあると思われ、神奈川県植物誌(2018)によれば、三浦半島では三浦市でヒルムシロとエビモが記録されているだけです。

 維管束植物の分類【概要小葉植物と大葉シダ植物裸子植物被子植物(APG-IV体系)】【生物系統樹


【オモダカ目(Alismatales) ヒルムシロ科(Potamogetonaceae)】

和名 (Japanese Name) 画像 (Image) 学名 (Latin name) 英語名 (English name)
ヒルムシロ属 Potamogeton
ヒルムシロ ヒルムシロ
Potamogeton distictus Pondweed

【文献】
Lindqvist C, Laet Jd, Haynes RR, Aagesen L, Keener BR and Albert VA (2006) Molecular phylogenetics of an aquatic plant lineage, Potamogetonaceae, Cladistics, 22, 568–588, DOI: 10.1111/j.1096-0031.2006.00124.x, Accessed: 2024-09-22.
角野康郎 (2023) 日本の水草の分類−研究はどこまで進んだか、植物地理・分類研究, 71(2), 93-106, DOI: 10.18942/chiribunrui.0712-01, Accessed: 2024-09-21.
角野康郎 (1984) ヒルムシロ属同定の実際(1)浮葉をもと種類, 水草研究報, (15), 2-9, URL: https://mizukusakenjp.sakura.ne.jp/PDF/BWPSJ015_2.pdf, Accessed: 2024-09-21.
沖田朋久, 髙居千織, 豊田恵子 and 喜内博子 (2020) 川崎市内河川の親水施設調査結果(2019年度), 川崎市環境総合研究所年報, (8), 61-71, URL: https://www.city.kawasaki.jp/300/cmsfiles/contents/0000126/126578/nenpou8_4houbun9.pdf, Accessed: 2024-09-21.
神奈川県植物誌調査会(2018)神奈川県植物誌2018(上)、p253-259.
The Angiosperm Phylogeny Group and others (2016) An update of the Angiosperm Phylogeny Group classification for the orders and families of flowering plants: APG IV, Botanical Journal of the Linnean Society, 181(1), 1–20, DOI: 10.1111/boj.12385, Accessed: 2023-07-11.

ニヶ領用水を辿って

 漸く残暑が終りつつある今日は、多摩川から取水されているニヶ領用水に沿って下りながら散策してみました。

 維管束植物の分類【概要小葉植物と大葉シダ植物裸子植物被子植物(APG-IV体系)】【生物系統樹


【参考】○:本日、初撮影種
 ニヶ領上河原堰
○ヒルムシロ Potamogeton distictus
 オオニワホコリ Eragrostis pilosa
 チカラシバ Pennisetum alopecuroides
 アオサギ Ardea cinerea
○チュウダイサギ Egretta alba modesta
○コウガイセキショウモ Vallisneria X pseudorosulata
 ハグロトンボ Calopteryx atrata
 ヨシ Phragmites australis
○オオイヌタデ Persicaria lapathifolia
○シロフクロタケ Volvopluteus gloiocephalus Syn. Volvariella speciosa
 ウキクサ Spirodela polyrhiza
○オオカナダモ Egeria densa
 マメアサガオ Ipomoea lacunosa
 ミニヒマワリ Helianthus annuus cv.
 オオスカシバ Cephonodes hylas
 キバナコスモス Cosmos sulphureus
○コナギ Monochoria vaginalis var. vaginata
 ルコウソウ Ipomoea quamoclit
 マゴイ Cyprinus carpio
 イヌタデ Persicaria longiseta
 ジュズダマ Coix lacryma-jobi
 ツユクサ Commelina communis
 ヌルデハイボケフシ白膠木・葉・疣・毛五倍子
 メリケンガヤツリ Cyperus eragrostis
 ノダフジ Wisteria floribunda
 イチョウ Ginkgo biloba 川崎市まちの樹50選保存樹木No.3175(右),3176(左):永池山長念寺
 クスノキ Cinnamonum canphora 川崎市まちの樹50選:登戸稲荷社
 ケヤキ Zelkova serrata 川崎市まちの樹50選:登戸稲荷社
 ノダフジ Wisteria floribunda:丸山教本庁
 クスノキ 川崎市まちの樹50選::丸山教本庁
 光のしじま:作 井上 (ばく)
 浅間社(登戸富士塚):川崎市多摩区登戸2919
 庚申塔:浅間社(登戸富士塚)
 南武線
 石塔群(船島福地蔵):宿河原1丁目27
 フウセンカズラ Cardiospermum halicacabum
 地蔵尊:宿河原1丁目9
 船島稲荷社
 カワラバト Columba livia
 二ヶ領宿河原堰
○ウグイ Tribolodon hakonensis
○ゲンゴロウブナ Carassius cuvieri
○ナガブナ Carassius auratus Subsp. 1
○ニゴイ Hemibarbus barbus
 フヨウ Hibiscus mutabilis
 ワタ Gossypium hirsutum
 サツマイモ Ipomoea batatas
○ミツバハマゴウ Vitex trifolia
 ショウジョウソウ Euphorbia heterophylla
 ヒメノウゼンカズラ Tecomaria capensis
 ヒガンバナ Lycoris radiata


国登録記念物 ニヶ領用水(にかりょうようすい)
 登録年月日:令和2(2020)年3月10日
 登録面積:82,236.07㎥

 令和2(2020)年3月、ニヶ領用水は多摩川に水源を有する最古級の農業用水であることや、開削以降利用する村々が協力して維持管理を行ってきた歴史があることなどから、その価値が認められ、大部分が国登録記念物に登録されました。
二ヶ領用水の誕生
 古くから大雨が降るたびに洪水や氾濫を繰り返す多摩川は、川沿いであっても灌漑利用が困難でした。小泉次太夫は、多摩川流域の灌漑治水事業に取組む徳川家康の命により、慶長4(1599)年から用水の開削工事を開始し、江戸時代初期の慶長16(1611)年、ニヶ領用水が完成しました。この名称は、稲毛領・川崎領のふたつの領地にまたがって開削されたことの由来します。以降、ニヶ領用水は現在の多摩区から川崎区までの農地を潤してきました。
田中休愚(きゅうぐ)による大改修
 完成から約100年が経った江戸時代中期になると、二ヶ領用水は各所で老朽化が目立つようになりました。そこで、享保10(1725)年から、川除御普請(かわよけごふしん)御用の田中休愚により大規模な改修工事が行われ、用水を分配する「久地分量樋(くじぶんりょうひ)」や「上河原取入口圦樋(かみがわらとりいれぐちいりひ)」などが新たに設置されました。その結果、江戸時代中期から後期にかけて周辺の新田灌漑面積は60ヶ村、約2,000haまで広がりました。
近代化する用水施設
 明治時代後期には施設の老朽化に加え、相次ぐ災害により二ヶ領用水は大きな被害を受けました。そこで、昭和11(1936)年から、用水路工事をはじめとする改修工事が開始されました。昭和16(1941)年には、それまでの分量樋に代わり、当時としては最も理想的で正確な自動・定比の分水装置である円筒分水が建設されました。
農業用水・工業用水を経て現在へ
 昭和に入り市内の工業化が進むと、二ヶ領用水は日本初の公営工業用水として、川崎の工業を支える役割を果たすようになります。
 一方、昭和30年代半ばの急激な都市化により、多くの生活用水が流入し、水質の悪化が問題となりました。こうした状況から、周辺住民による二ヶ領用水再生に向けた市民運動が盛んになり、日常的な市民の努力や下水道の整備などによって、水質は改善していきました。
 こうして二ヶ領用水は、農業用水や工業用水しての役割を経て、川崎市の発展の礎を築いたシンボルとして現在でも親しまれています。
多摩区の用水利用
 多摩区には、多摩川から二ヶ領用水への取水口である上河原堰と宿河原堰があります。建造時から昭和の初めまでは蛇籠堰(じゃかごぜき)という竹籠と砕石で造る堰でしたが、用水の不足により維持修繕費が多額にのぼることなどから、昭和20(1945)年には上河原堰、昭和24(1949)年には宿河原堰がコンクリート堰堤へと改修されました。
   令和3(2021)年3月 川崎市教育委員会


ニヶ領宿河原堰(にかりょうせきがわらぜき)
ニヶ領宿河原堰のあゆみ
 二ヶ領用水開削に着手したのは、江戸時代以前の1597年のことで、徳川家康の農業生産を高めるために小泉次太夫に命じ、1611年に完成しました。
 この二ヶ領用水に多摩川の水を取り入れ易くするために、宿河原に堰が設けられましたが、当時は竹製の蛇籠で造られていました。
 1949年(昭和24年)5月、安定した取水量を確保するために、コンクリート製の堰に改築されました。この時に造られたのが旧・宿河原堰で、ほとんどが固定部(洪水時も堰の高さが変わらない)でした。
 1974年(昭和49年)9月、台風16号による出水により狛江市側の堤防が決壊し、民家19軒が流されるという大きな災害が発生しました。
 1994年(平成6年)から川崎市と建設省(当時)の共同により治水安全の向上と水辺環境等なも配慮した改築工事に着手し、1999年(平成11年)3月に現在の宿河原堰が完成しました。
洪水を安全に流す
 治水安全の向上を図るため、旧堰より堰の高さを2m切り下げ、洪水時の水位を大幅に下げること裸子ました。
水辺環境や景観への配慮
 一方、宿河原堰周辺は交通の利便性からも多くの人々の憩いの場となっているとともに、堰上流の湛水面は多様な生物の生息域となっていました。このため、切り下げた堰に2mのゲートを設け可動堰とすることにより、日常は旧堰と同じ湛水面を確保し、堰周辺の豊かな水辺環境の保全にも配慮しました。
 また、起伏式ゲートの採用や堰下流側の水の流れの工夫などにより、旧堰が創出していた景観や雰囲気にも配慮した構造としました。
◇「土木学会デザイン賞2010 優秀賞」を受賞◇
 新しい堰は、起伏式ゲートを採用することにより、視界を遮ることなく、上空への広がりを確保し、自然石や特殊型枠を使用し石張り風に仕上げることで人口構造物のイメージを軽減しました。これらを含めたさまざまな工夫が総合的に評価を得て、受賞しました。   国土交通省 関東地方整備局 京浜河川事務所 2012.3作成


船島稲荷社のゆかり
聖なる母多摩川の川辺に古くは中の島現在は船島と云うふるさとがある、此の地を開拓した我等の祖先は堤の近くに信仰の氏神として稲荷社を祀った治水興農の守護神として爾来幾百年しはしば暴風雨水害に見舞はれ度々境内を移したりした、昭和十二年境内には決壊し樹令数百年に及ぶ神木は流され社殿は水浸しとなるも常に霊験加護を信じ神徳に浴さんとする氏子の信仰心を結集し社を復興して今日に到ったのである、稲荷社の歴史を信仰をもちつゝ自然と共に生きてきた吾等の祖先の足跡とも考へられる「日の本は神の国なり神まつる昔のてぶり忘るゝなゆめ」とその歌にあるように今も参詣人がたえないのである教聖初代不動教会長関山盛衆師も有力な信者の一人である、先に氏子一同相計り本殿を近代風に改築し神徳を礼賛し今亦拾周年を迎へる当り玉垣をめぐらして神域を整え景仰の誠を捧げ遺風を顕彰しようとするものである茲に一文を草し以て崇敬の念を表する所以である。
   昭和五十四年十一月吉日
     船島稲荷社改築拾周年記念委員会
          委員長 田中交司 選併書

※:出展は明治天皇が詠んだ
「わが國は神のすゑなり神まつる 昔の手ぶり忘るなよゆめ」であったと思われる。太平洋戦争前までは教科書に載っていた歌のようなので、建碑当時の年配者にはよく知られていたと推測されます。

【文献】
藤井伸二, 勝山輝男, 狩山俊悟 and 牧 雅之 (2027) コウガイセキショウモの野生化個体群を神奈川県と岡山県に記録する, Bunrui, 17(1), 43-47, DOI: 10.18942/Bunrui.01701-05, Accessed: 2024-09-21.
糟谷大河, 丸山隆史, 池田裕, 布施公幹 and 保坂健太郎 (2018) 日本新産種 Volvopluteus earlei(ハラタケ目,ウラベニガサ科), 日菌報, 59, 47-52,DOI: 10.18962/jjom.jjom.H30-06, Accessed: 2024-09-22.
Rylková K, Kalous L, Bohlen J, Lamatsch DK, Petrtýl M (2013) Phylogeny and biogeographic history of the cyprinid fish genus Carassius (Teleostei: Cyprinidae) with focus on natural and anthropogenic arrivals in Europe, Aquaculture, 380-383, 13-20, DOI: 10.1016/j.aquaculture.2012.11.027, accessed: 2024-09-22.
信濃教育會編 (1939) 第二課 敬神崇祖、in 青年學校終身及公民教科書巻一-本科男子五年制用、p.8-14、PDF: , accessed: 2024-09-23.

トチカガミ科の写真整理

 トチカガミ科(Hydrocharitaceae)は、18属約120種からなる水生植物のグループで、ハナイ科が姉妹群と推定されていてオモダカ目の所属になっています(Chen et al.,2022; APG-IV,2016)。我国でのトチカガミ科の多くの種は絶滅が危惧されていて、クロモ(Hydrilla verticillata)もその例ですが、その原因は北米から帰化したオオカナダモ、コカナダモの分布拡大が影響したと考えられています(沖ら,1989)。

 維管束植物の分類【概要小葉植物と大葉シダ植物裸子植物被子植物(APG-IV体系)】【生物系統樹


【オモダカ目(Alismatales)の系統関係】Chen et al.(2022)
カワツルモ科(Ruppiaceae)は試料が供試されなかったため記載がありません。

  ┌オモダカ科(Alismataceae)
 ┌┤┌トチカガミ科(Hydrocharitaceae)
 │└┴ハナイ科(Butomaceae)
┌┤    ┌┬ヒルムシロ科(Potamogetonaceae)
││   ┌┤└アマモ科(Zostraceae)
┤│  ┌┤└┬ベニアマモ科(Cymodoceaceae)
││ ┌┤│ └ポシドニア科(Posidoniaceae)
││┌┤│└マウンディア科(Maundiaceae)
│└┤│└シバナ科(Juncaginaceae)
│ │└ホロムイソウ科(Scheuchzeriaceae)
│ └レースソウ科(Aponogetonacaeae)
└┬サトイモ科(Araceae)
 └チシマゼキショウ科(Tofieldiacaeae)

【トチカガミ科(Hydrocharitaceae)の系統関係】Chen et al.(2012)

  ┌クレードA(Clade A)
  ││ ┌┬ウミヒルモ属(Halophila)      ┐
  ││ │└┬ウミショウブ属(Enhalus)     ├海草
  ││┌┤ └リュウキュウスガモ属(Thalassia) ┘(Seagrasses)
 ┌┤│││ ┌クロモ属(Hydrilla)
 ││└┤│┌┤┌ネカマンドラ属(Nechamandra)
 ││ │└┤└┴セキショウモ属(Vallisneria)
┌┤│ │ └イバラモ属(Najas)
│││ └┬リムノビウム属(Limnobium)
│││  └トチカガミ属(Hydrocharis)
┤│└クレードB(Clade B)
││ │  ┌アパランテ属(Apalanthe)
││ │ ┌┴┬オオカナダモ属(Egeria)
││ │┌┤ └コカナダモ属((Elodea)
││ └┤└┬ミズオオバコ属(Ottelia)
││  │ └スブタ属(Blyxa)
││  └ラガロシフォン属(Lagarosiphon)
│└ストラティオテス属(Stratiotes)
└ハナイ科ハナイ属(Butomus)Out group

【オモダカ目(Alismatales) トチカガミ科(Hydrocharitaceae)】

和名 (Japanese Name) 画像 (Image) 学名 (Latin name) 英語名 (English name)
トチカガミ属 Hydrocharis
トチカガミ トチカガミ
Hydrocharis dubia Asian Frogbit
クロモ属 Hydrilla
クロモ クロモ
Hydrilla verticillata Esthwaite Waterweed
セキショウモ属 Vallisneria
コウガイセキショウモ コウガイセキショウモ
Vallisneria X pseudorosulata Tape Grass
オオカナダモ属 Egeria
オオカナダモ オオカナダモ
Egeria densa Large-flowered Waterweed

【文献】
Chen L-Y, Lu B, Morales-Briones DF, Moody ML, Liu F, Hu G-W, Huang C-H, Chen J-M and Wang Q-F (2022) Phylogenomic Analyses of Alismatales Shed Light into Adaptations to Aquatic Environments, Mol Biol Evol, 39(5):msac079, DOI: 10.1093/molbev/msac079, Accessed: 2023-09-15.
Chen L-Y, Chen J-M, Gituru RW and Wang Q-F (2012) Generic phylogeny, historical biogeography and character evolution of the cosmopolitan aquatic plant family Hydrocharitaceae, BMC Evol Biol, 12:30, DOI: 10.1186/1471-2148-12-30, Accessed: 2023-09-15.
沖陽子、今西競、中川恭二郎 (1989) 沈水雑草オオカナダモ,クロモ,コナダモの生育環境及び外部形態の変異性に関する研究、農學研究, 62(1), 31-48, URL: https://ousar.lib.okayama-u.ac.jp/files/public/5/51165/20160528105547132020/bbr_62_1_031_048.pdf, Accessed: 2023-09-15.
藤井伸二, 勝山輝男, 狩山俊悟 and 牧 雅之 (2027) コウガイセキショウモの野生化個体群を神奈川県と岡山県に記録する, Bunrui, 17(1), 43-47, DOI: 10.18942/Bunrui.01701-05, Accessed: 2024-09-21.
The Angiosperm Phylogeny Group and others (2016) An update of the Angiosperm Phylogeny Group classification for the orders and families of flowering plants: APG IV, Botanical Journal of the Linnean Society, 181(1), 1–20, DOI: 10.1111/boj.12385, Accessed: 2023-07-11.