投稿者「ichihashi」のアーカイブ

A Happy New Year 2026

過去の年賀状ギャラリー】【生物の系統概要】 【ウマの系統

今年2026年は午年。馬に関して名付けられた生物などを、当ブログ内で探してみました。

ウマノアシガタ ウマゴヤシ ウマノスズクサ ウマノミツバ 馬鈴薯  河馬 海馬 駒鳥 鳥馬 ウマヅラハギ Horseshoe Crab 馬陸 カマドウマ アザミウマ 水馬 馬頭観音 木彫の馬 回転木馬 CAVALLO 平和の若い騎士 ノッコ 最後のユニコーン 夢馬の使命 黒いユニコーン 馬の首風雲録 ペガサスに乗る スレイプニル 大繪馬 小繪馬 うまよん おしんめ様三浦半島の馬頭観音】【ウマ属の系統概要



【参考】
 今更ですが、ウマオイ(通称スイッチョ)の写真が一枚もないことに気付きました。

キンポウゲ科 キンポウゲ亜科  
 ウマノアシガタ Ranunculus japonics

マメ科 ソラマメ亜科  
 ムラサキウマゴヤシ Medicago sativa
 コメツブウマゴヤシ Medicago lupulina  

ウマノスズクサ科  
 ウマノスズクサ Aristolochia debilis

セリ科 ウマノミツバ亜科  
 ウマノミツバ Sanicula chinensis

ナス科 ナス亜科 ナス連 ナス属  
 ジャガイモ(鈴薯) Solanum tuberosum

奇蹄目 ウマ形亜目 ウマ上科  
 ポニー(Horse Pony) Equus caballus
 グラントシマウマ Equus quagga boehmi  

鯨偶蹄目 鯨河馬形類 カバ科  
 小人河(コビトカバ) Choeropsis liberiensis

食肉目 イヌ型亜目 クマ下目 アザラシ上科  
 (あしか)(カリフォルニアアシカ Zalophus californianus)
 (かいば)(トド Eumetopias jubatus)  
 (かいば)(セイウチ Odobenus rosmarus)  

スズメ目 スズメ亜目 ヒタキ科  
 鳥(コマドリ) Luscinia akahige

スズメ目 スズメ亜目 ツグミ科  
 (ちょうま)(ツグミ) Turdus eunomus

真骨下綱 フグ目  
 ウマヅラハギ Thamnaconus modestus

節足動物門 鋏角亜門 剣尾綱  
 カブトガニ(Japanese Horseshoe Crab) Tachypleus tridentatus

節足動物門 多足亜門 倍脚綱  
 (山原吐逆陸(ヤンバルトサカヤスデ) Chamberlinius hualinensis

節足動物門 六脚亜門 昆虫綱 直翅目 キリギリス亜目  
 マダラカマドウマ Diestrammena japanica

節足動物門 六脚亜門 昆虫綱 総翅目  
 ハナアザミウマの一種 (Thripidae)

節足動物門 六脚亜門 昆虫綱 半翅目  
 水(アメンボ) Gerrtis (Aquarius) paludum

頭観音】     
 (横須賀市馬堀町)    (逗子市桜山)

  三浦半島の馬頭観音
 馬頭観音(Hayagrīva)は、近世以降六観音(あるいは七観音)の一つして信仰を集めていますが、他の観音化身とは異なり憤怒の相を示していることが多く、菩薩というより明王に近い性格を持っている様です。実際、馬頭観音はヒンズー教の主神であるビシュヌの化した明王であるとの考え方もあるそうです(竜祥干潟,1950)。
 馬頭観音分布図(主として横須賀・横浜)
 『馬頭観音塔の分布はうらが道などの古道と関係があるのではないか』との仮説に基づき、プロットしてみたのですが、(かねさわ道はともかく)うらが道との関係はあまりなさそうです。この作図により、逗子から葉山にかけて縦断する分布列、西海岸に少ないように見えることなど、気になることが見えてきました。
 三浦半島には『三十三観音』として知られる札所巡りがあるのですが、この33か所の御本尊に馬頭観音像は一体もなく、馬頭観音碑との関係も見出せませんでした。


【木彫の馬】  
 木彫の

 今から24年前(午年)の札幌大通公園で、作者のご老人からお譲りいただいた木彫の馬です。茶色いのはケヤキ、黄色いのはオンコ(イチイ)を使用していると伺いました。二体とも今でも我が家のトイレに鎮座しています。



CAVALLO】 街角のアート作品 クロチェッティ美術館  
 CAVALLO:ヴェナンツォ・クロチェッティ作(中区本町5丁目49)

Il Giovance Cavalière della Pace】 街角のアート作品  
 Il Giovance Cavalière della Pace(平和の若い騎士):ヴェナンツォ・クロチェッティ作(横浜美術館)

【ノッコ:ワンダースリー】 W3  
 ノッコ(C.V.小島康男):ワンダースリー(1965-1966年放映)

【最後のユニコーン(早川文庫FT11) – 1979】  
 The Last Unicorn(1982年公開) Cast:Mia Farrow、原作:Peter S. Beagle(1968年)

【夢の使命(早川文庫FT105、魔法の王国ザンス 6) – 1987   
 原作:Piers Anthony (1983) Night Mare (Xanth 6)

【黒いユニコーン (早川文庫FT133、ランドオーヴァー 2) – 1989  
 原作:Terry Brooks (1987) The Black Unicorn (The Magic Kingdom of Landover 2) Landover Series

の首風雲録(早川文庫SF52)】  
 馬の首風雲録(1972年):筒井康隆
 登場するのは、馬ではなく犬なのですが……。

【ペガサスに乗る(早川文庫SF1091)】  
 To Ride Pegasus(1978年):Anne McCaffrey

スレイプニル(Sleipnir)  

【文献】
Monikander A (2011) Sleipnir and his Siblings: Some Thoughts on Loki’s Monsterous Offspring, In Places in Between : The Archaeology of Social, Cultural and Geographical Borders and Borderlands, 120p, 58-66, URL: https://academic.oup.com/bioinformatics/article-abstract/24/13/1559/238964, Accessed: 2025-12-27.


 幻獣事典『六本足の羚羊』の項に記載がありました。
六本足の羚羊(れいよう)
 In 幻獣事典:柳瀬尚紀訳(1974)[Jorge Luis Borges (1969) Sleipnir, In El Libro de Los Seres Imaginarios]より
 陸を駆け、空を飛び、冥府へも降りていくオーディンの、葦毛のスレイプニルには八本の足があった(というか、邪魔になった)という。シベリア神話では最初の羚羊は六本足だったとしている。足が六本もあるので、捕らえるのは困難、もしくは不可能だった。神の狩人トゥンク=ポクは、とある聖木で特別なスケートをこしらえた。たえまなく軋む音を発するこの木片は、犬が吠えるので見つけたものだった。スケートも軋む音を出し、矢のような速さですべった。滑走を操る、というか制するために、別の魔法の木の木片で作った止め(ブロック)をスケートに打ち込む必要があった。天空くまなく、トゥンク=ポクは羚羊を追った。獣は疲れはて、地上に落ちた。トゥンク=ポクは最後部の二本の足を切断した。
「人間は」とトゥンク=ポクがいった。「日毎に小さく虚弱になる。彼らにどうして六本足の羚羊が狩れようか、わしですらやっとのことなのに。」
その日以来、羚羊は四つ足となつた。


  幻獣事典に記載のある『シベリア神話』が気に懸かり調べていたところ、野毛山の中央図書館で、下記の文献をみつけました。馬から、羚羊、ヘラジカを経て、マンシ族神話では熊になってしまいました。元文献のロシア語は全く読めないので、Copilotに要約を依頼しました。


【六本足のヘラジカ狩り】
斉藤公子 (2011) 六本足のヘラジカ狩り(大熊座の由来), In シベリア神話の旅, 310p, 三弥井書店, 東京.
 ある夫婦がいて、ふたりには小さな男の子がいた。その子は揺り籠に入っていた。あるとき、女房が水汲みに行って、メンクヴ1が六本足のヘラジカを追いかけているのを見た。家に帰ると、夫がこう尋ねた。
「なにか言いたいことがあるのか」
「なにもないわ。メンクヴが六本足のヘラジカを追いかけているのを見たの」
 モシ・フム2はこれを聞くと揺り籠から飛び出し、駆けだしていった。ヘラジカを追いかけたのだ。長いことだが、短いことだか、ヘラジカを追いかけて追いつくと、後ろ脚を二本切り落とした。前脚二本に真ん中の足二本が残った。モシ・フムが走った道は今も見える。天の川のことさ。ヘラジカも見える。大熊座だよ。ヘラジカが六本脚だった昔は、人間はヘラジカには追いつけなかった。(記録 一九二六年)
1 森に住む大男で、人を食う。
2 この場合はモシ一族の神話上の祖先。日常会話ではモシ一族の男。


出典 Мифы.предания, сказки хантов и манси. Наука. М., 1990 стр.297
(Myths, legends, and tales of the Khanty and Mansi. (1990). Moscow: Nauka. p297.)
URL: https://www.bestiary.us/books/skazki-i-mify-narodov-vostoka/%CC%E8%F4%FB,%20%EF%F0%E5%E4%E0%ED%E8%FF,%20%F1%EA%E0%E7%EA%E8%20%F5%E0%ED%F2%EE%E2%20%E8%20%EC%E0%ED%F1%E8%20(1990).pdf


【Copilotによる出典の要約】
『大熊座の由来』に関する内容(要約和訳)
 この文献では、ハンティ族・マンシ族の神話や伝承の中で「大熊座(Ursa Major)」の起源について語られています。主な筋は以下の通りです:
 登場人物:大熊座は、かつて地上にいた「熊」あるいは「狩人」に由来するとされる。
 物語の展開:熊(または狩人)が人間社会に深く関わり、時に人間を助け、時に脅かす存在として描かれる。 ある事件をきっかけに、熊(または狩人)は天に昇り、星座として夜空に定着する。
 象徴性:大熊座は「守護者」「導き手」として解釈され、季節の移り変わりや狩猟の時期を知らせる役割を持つ。 星座の形は熊の姿に見立てられ、部族の生活や儀礼に結びつけられている。
 ハンティ族・マンシ族の伝承には、「六本足を持つ巨大なヘラジカ」 が登場します。この動物は普通のヘラジカよりもはるかに大きく、六本の足を持つことで非常に速く走ることができるとされます。伝承によれば、この六本足の獣は天界と地上を行き来する存在であり、星座や季節の移り変わりと結びつけられることがある。


 21世紀初頭には、同名でタブ型のフリー・ブラウザ『Sleipnir』がありました。


【白馬】 三浦半島周辺の白山社  
 神:六浦白山神社扁額『大絵馬』

白山社(はくさんしゃ)
 三分村高谷(たかや)の鎮守。高谷は六浦の諏訪の橋から浦郷(現追浜)へ通ずる古道の浦賀道の途中にある。現六浦東二丁目。文化9年(1812)に社殿を再建したと伝えられる。祭神は菊理比売命(くくりひめのみこと)。明治42年(1909)瀬戸神社に合祀された。社殿と鳥居は今も残る。【新版かねざわの歴史事典(2012)より】
 加賀の白山比咩(しらやまひめ)神社を総本山とする白山神社は、全国に2700社以上ある(白井・土岐,1979)とされていて、主祭神は菊理比売命(白山比咩大神)です。


【小繪馬】雷神社   吹雪型駆逐艦(III型=暁型) (いかずち)(いなずま)姉妹
 (艦隊これくしょん関係の)小繪
 (境内社浜空神社関係の)小繪   雷神社の境内社

【うまよん】   短編アニメ『うまよん』(ウマ娘プリティーダービー・スピンオフ作品)

【文献】
今泉吉典監修 (1984) 奇蹄目+管歯目+ハイラックス目+海牛目、世界の動物分類と飼育4, 145p, 東京動物園協会, 東京.
竜祥干潟 (1950) 馬頭観音考, 哲學年報. 10, 1-13, DOI: 10.15017/2328848, Accessed: 2025-11-16.
ハヤカワ文庫FT一覧, 幻想図書館、URL: https://ftbook-museum.s-cielo.com/books/h_ft_list00.html, Accessed: 2025-11-22.
ハヤカワ文庫SF総覧, URL: http://kicchan.s19.xrea.com/img/hayakawasf6.html, Accessed: 2025-11-22.
吉野裕子 (1975) 続伊勢神宮考, 民俗学研究, 40(1), 1-15, DOI: 10.14890/minkennewseries.40.1_1, Accessed: 2025-11-23.
井本英一 (2006) 馬の話, 大阪外語大学論集, 33, 147-178, URL: https://hdl.handle.net/11094/79984, Accessed: 2025-11-22.
金沢区生涯学習”わ”の会 (2012)新版かねざわの歴史事典INDEX金沢、142+33p.
加藤百一 (1985) 白山比咩神社, 酒神と神社(18), 醸造, 80(7), 462-466, DOI: 10.6013/jbrewsocjapan1915.80.462, Accessed: 2025-11-23.
白井永二・土岐昌訓 (1979) 白山神社、In 神社事典、272-274、東京堂出版、東京.
山中 笑 (1915) 繪馬と土馬の關係、人類學雑誌、30(2)、35-40、DOI: 10.1537/ase1911.30.35, Accessed: 2025-11-24.
今井信治 (2009) アニメ「聖地巡礼」実践者の行動に見る伝統的巡礼と観光活動の架橋可能性 : 埼玉県鷲宮神社奉納絵馬分析を中心に, 観光学高等研究センター叢書, 1, 87-111, URL: http://hdl.handle.net/2115/38115, Accessed: 2025-11-24.
末国正雄・高野庄平 (1969) 駆逐艦、水雷艇, In 海軍軍船備<1>-昭和十六年十一月まで-, 戦史叢書31、p206-215, 防衛庁防衛研修所戦史室, URL: https://www.nids.mod.go.jp/military_history_search/SoshoView?kanno=031, Accessed: 2025-11-26.
ホルヘ・ルイス・ボルヘス (1974) 柳瀬尚紀訳, 幻獣事典(原題:El Libro da los Seres Imaginarios, 1967), 225+vi, 晶文社, 東京.
斉藤公子 (2011) 六本足のヘラジカ狩り(大熊座の由来), In シベリア神話の旅, 310p, 三弥井書店, 東京.
Monikander A (2011) Sleipnir and his Siblings: Some Thoughts on Loki’s Monsterous Offspring, In Places in Between : The Archaeology of Social, Cultural and Geographical Borders and Borderlands, 120p, 58-66, URL: https://academic.oup.com/bioinformatics/article-abstract/24/13/1559/238964, Accessed: 2025-12-27.

田浦、浦賀、馬堀、坂本の馬頭観音

 午の歳に因んで、これまで撮影した馬頭観音の写真を整理していて、三浦半島域にも結構多数の馬頭観音碑のあることに気付きました。文字塔が庚申塔群に紛れて整理されていることの多い馬頭観音碑ですが、座像、立像も少なからずありますし、全国的にみれば造塔密度の高い地域であるのかも知れません。
 今日は、記憶の中で馬頭観音が多数集められている4か所を見てきました。
馬頭観音マップ】(三浦半島近辺)



田浦馬頭観音堂:田浦町3丁目95
 馬頭観音が6基集められていて、そのうち4基が文字塔で、残りの2基が坐像です。正面左の座像は三面八臂、右は一面二臂でいずれも馬口印と思われる印を結んでいます。三浦古尋録田浦町誌に記載がないので、昭和以降の時代に集められたものと思われます。

 なお、田浦町5丁目64にも田浦観音堂があります。以前は馬頭観音像が祀られていたとの記録があるのですが、再建後は聖観音像に変っています。



馬頭観音:浦賀3丁目20
 県道208号線沿いに7基が集められて、全て文字塔です。造立年は明治、大正、昭和となっていますので、最近まで信仰を集めていたことがわかります。



馬頭観音:浦賀1丁目11-6
 3基あって、左が三面六臂の座像、中央は摩滅が著しいのですが、こちらも恐らく同じ三面六臂の座像です。右は文字塔で『南無阿弥陀佛』と書かれていて、その下には『馬牛』の文字も有りますので、観音菩薩の化仏が阿弥陀如来とされていることからも、これも馬頭観音ではないかと思われます。



浄林寺馬頭観音堂:馬堀町4丁目14
 馬頭観音碑は全部で13基、うち2基が菩薩像です。中央の像は三面六臂の立像、一番右は三面六臂の座像です。これら周辺から集められた思われる塔碑の他に、観音堂内には三面二臂の立像があるのですが、こちらは昭和以降の再建時に作られたものと思われます。
 『馬堀』の名称の由来も含めて、三浦古尋録にも記載があり、江戸後期には馬頭観音堂のあったことが確認できます。ただし、注意深く読むと馬頭観音の信仰自体の導入時期については記載がありません。『馬堀の地名があるので馬頭観音信仰が広まった』のか、『馬頭観音信仰の浸透した地域なので馬堀』の伝説が作られたのか、については憶測の域を出ないと思われます。名馬『イケヅキ』についても、頼朝が飼育していた名馬と名前が同じであることまでは確かですが、『馬堀のイケヅキ』が頼朝と関係があったかについては、源平盛衰記、東鑑などの幕府側の史料(内海,1969; 菅野,2021)からは読み取れないようです。


馬頭観音:坂本1丁目1-4 (2017-10-28)

石碑が20基以上集められていて、うち少なくとも2基が座像です。(左1基は如意輪観音かも知れません)


 創設者 横須賀運送組合 昭和五年九月十七日


 この坂は、とても急な坂でしたので、上り下りの馬力(荷馬車)が大変難儀をしました。ここでたおれた馬の霊を慰めるため、有志の手で馬頭観音が建てられ区した。
     横須賀市中央地域文化振興懇談会
        平成二年三月


【まとめ】
 馬頭観音像は、憤怒の形相を顕にすることが多く、他の観音化身(聖、十一面、千手、如意輪、不空検索、准胝)とは異なり、菩薩というより明王に近い性格を持っているとされています。観音信仰自体は、初期大乗仏教の頃、即ち紀元一世紀頃には成立していた(三友,2007)と考えられていますが、馬頭観音については、それよりかなり下った七世紀までに成立したとされ(干潟, 1950)、その後まもなく八世紀には我が国にも伝来していた(田中・星山,1986)ことが分かっています。造塔の最盛期は江戸時代だったようですが、昭和になってからの造立も確認できますので、最近(あるいは現在)まで信仰されていたと言えます。
 我が国に於ける観音菩薩石塔に関する包括的な論文は見当たらないのですが、少なくとも三浦半島域では、他の観音化身に比べて馬頭観音碑が圧倒的に多く見られます。地蔵菩薩と同様に路傍の石碑、特に文字塔が多いのですが、地蔵菩薩では一般的な立像は稀で、姿を刻した像では三面六臂の座像が多いようです。なお、千葉県(旧上総国)では多く確認されている『馬乗り型』(上村,2018)は、これまでのところ全く見かけていません。
 これまで撮影した馬頭観音碑の位置をプロットしてみると、三浦半島の西海岸では少ないように見えるのですが、馬頭観音碑の調査をしていたわけではいため、網羅的でなかったからかも知れず、特徴と言えるかどうかは不明です。仮説としては、西海岸が当時の文化交流の主要路であった浦賀道から逸れていたためかも知れません。


 下記に現地の案内板を転記します。


馬頭観音堂
 平安末期、上総国(千葉)の暴れ馬が村民に追われ浦賀水道を泳ぎ渡り、小原台に着いたという伝承があります。のどが渇いた荒馬は蹄で地を掘ると清水が湧き出し、のどを潤すと駿馬に変わりました。そこを「蹄の井」と呼び、「馬堀」の地名の由来となりました。
 馬は美女鹿毛かげと呼ばれ、衣笠城主。三浦義澄から源頼朝に献上され生唼いけづきと名付けられたといいます。
 後に宇治川の合戦で、佐々木高綱は生唼を拝領し梶原景季の麿墨するすみと先陣争いをしたといわれます。
 堂には馬の蹄鉄や手綱が奉納され、競馬の騎手が必勝祈願に訪れています。
 浄林寺の本堂には馬頭観音が祀られています。
     大津行政センター市民協働事業・横須賀Cアカデミー


馬頭観世音菩薩縁起
 当山一帯の地は古来より観世音菩薩のご出現になられる霊地であると言い伝えられて参りました。
 その昔房州嶺岡に「今の千葉県江見町のあたり」に凶暴な馬が現れ住みつき村人はこの馬を「荒潮」と名付け恐れて近寄りませんでした。しかしこの馬がしだいに畑の作物を荒らすので村人が追い払うことを決めました。馬は村人から逃げ海中に飛び込み当時の相模の国、小原台の地にたどり着きました。絵馬は疲れ渇きを癒すために傍らの岩を足で掘った処、清水が湧きだしその水で渇きをいやし見事に駿馬に生まれ変わりました。この噂を聞いた当時の領主三浦荒次郎義澄はこの馬を捕獲し時の将軍源頼朝公に献上したところ大変お慶びになられ、「池月」と命名されました。寿永二年、宇治川の合戦に際し頼朝公はこり池月を佐々木四郎高綱に与えられ「平家物語」に語られるように梶原景季の相場「麿墨」と先陣の争いとなりこの世に名声を残すことになりました。当初の馬堀という地名はこれにより起こり、馬の掘った井戸は霊水が今も尚尽きることがありません。
   浄林寺第卅七世祥誉泰隆代
 平成十四年四月吉日  横須賀市馬堀町 浄林寺
浄林寺(浄土宗)
 創建は永正二年(一五〇五)で本尊の阿弥陀三尊は江戸期の承応三年(一六五四)の柵です。
 三浦地蔵尊第三番、三浦薬師第五番札所で地蔵尊は十二年毎の卯年にご開帳され、薬師は三三年毎で次の開帳は二〇五〇年の予定です。
 三浦観音第二十番札所でもあり、馬頭観世音菩薩が本堂に祀られ、坂上の馬頭観音堂には、「馬堀」の地名の由来となる名馬生唼いけづきの像や「ひづめの井」があります。
 境内には三浦半島では珍しいムクロジの名木があります。ムクロジはサポニンを含んでいるのでインドでは石鹸を意味し日本では種は羽根つきの玉に、果実は石鹸の代用として使われてきました。
     大津行政センター市民協働事業・大津探検くらぶ


 以下は、関連文献からの引用です。19世紀初頭に成立した『三浦古尋録』が元になっている様ですが、その元文献等は不明です。


三浦古尋録(文化九1812年)】

○馬堀浄林寺鎌倉光明寺末寺
靑楼ヨシハラ八代目遊君ケイセイ高尾此馬ノ出生ト云
○馬堀蹄ノ跡トテ坂中ニ有是ハ元暦ノ頃上総ノ国ニ出生シケル荒馬海上ヲヲヨキ渡リテ此坂上小原台ニ籠リ居ケル然ルニ里民美シキ馬ナリトテ美女鹿毛トナヅク此馬小原台ノマグサヲ喰ヒ坂ノ中程ニ俊足ヲ以テ岸ヲ穿ツ故ニ此処ヲ馬堀ト呼ヨシ申ス時ニ此馬ノ事三浦家ヨリ右大将頼朝公ヱ言上アリ鎌倉殿御悅不斜カカル名馬ノ出ル事誠ニ武運ノ吉端ナリ急キ其馬乗スエ参ルベキトテ荏柄エカラノ平太胤長命ヲ請テ此処ヱ攀躋ヨチノボリ荒ニ荒タル美女鹿毛ヲ何モ苦モナク乗居険阻ナル山坂ヲ速ニ乗下シ浜ヨリ海上ヱ乗入猿島カケテ游ガセ程ナク金沢六浦ノ津ヱ乗上リ既ニ鎌倉ニ至リ右大将ノ御前ヱ牽居ヒキスユケル然所為御美褒数々玉ハリ頼朝公ノ仰ニ夫荒馬ハスヘテ生ルヲ食ウト聞及ブ今ユリシテ雌馬ヲ生唼イケツキト名ツクベシト仰アル其後木曽義仲追討ノ院宣アリケル処宇治川ノ先陣ノ事梶原源太景佐々木高綱ニ命ゼラル然ルニ景季御前エ出テ申ケルハ今度宇治川ノ先陣御高命ニ預リ身ニ取且ハ家ノ面目是ニスキスアリカタキ仕合奉存夫ニツキ一ツノ御願有先達テ三浦大津ノ郷ヨリ胤長カ乗居参リシ生唼イケツキノ荒馬拝領仕度ヨシ言上有右大将ノ仰ニイヤ生唼ノ事ハ我乗馬セウム致スヘキモ難計其方ニハ磨墨スルスミノ名馬ヲツカワスヘシ是ハ駿州足高山ノ麓ヨリヲイタチ生唼ニモ仲々ヲトラス名馬ナリ是ニ乗テ先陣セヨト仰ヲ蒙リレル尚又引続佐々木ノ四郎高綱御前ヱ出テ申上ケルハ今度先陣ノ御高命ニ預リ有難コレニスギス夫ニツキ奉願ハ何トソ磨墨ノ名馬拝領領仕度ト言上ス右大将ノ仰ニイヤ其磨墨ハ早景季ニ遣シタレハ我乗馬ニヘキト思フ生唼ヲ其方ニ遣スベシト仰アル四郎高綱飛立斗勇ミ悦ビイマダ御前モサカラヌ問ニ早梶原源太景季其日ノ出立ニハ木蘭地ノ直垂ヒタタレニ黒皮威ノ鎧三枚甲ノヲ〆テ滋藤シケトウノ弓廿四差タル小中黒ノ矢ヲ負ヒ練リツバノ太刀ヲ佩テ輪々ト垂出ス同ク後ヨリ佐々木ノ四郎高綱カチン直垂ニ小桜ヲ黄ニ反シタル鎧ニ鍬形打タル兜ヲヲ〆テ笛藤ノ弓廿四差タル石打ノ征矢頭高ニ負ヒイカ物作リノ太刀ヲ帯ヒ生唼ノ名馬ニ誇リ音ニ聞ヱル大川ヲ乗渡リ後代ニ名を残スモ一番乗ノ高名佐々木四郎高綱トハ此名馬ノ徳カトヤ今其生唼ノ俊足ヲ以テ穿チタル岩穴ヲ馬ノ水トテ信用シ郡中ヲヒ近国迄モ基名聞ヱ男女病散ノ願ヲカケルトナリ実ニ験アルヲ以テ其例ニ一堂ヲ立馬頭観音ヲ安置ス。

注:元暦は1年で改元されたので、『元暦ノ頃』は元暦元1184年頃。
注:高尾は、遊郭吉原の遊女『高尾太夫』で、8代、9代の詳細は伝わっていないが、時代的には18世紀中葉のことと推測される。

新編相模国風土記稿(天保121841年)】

○浄林寺 七重山寶壽院と號す、浄土宗鎌倉光明寺末 三尊彌陀を本尊とす、開山は廓譽と云ふ 寂年を失ふ、觀音堂近き頃回禄に罹りたれば本尊十一面觀音は假に庫裏に置けり、

注:回禄は中国の火の神。転じて火災。

古老が語るふるさとの歴史 南部編(1982)】
馬堀の由来と名馬「生唼」
 今から八百年ほど前の元暦年間の事。ある日の夜、上総の国(現在の千葉県)から一頭の荒馬が、東京湾を泳いで、小原台に住みつきました。
 この馬は、鹿毛かげ(茶色)でとたも美しい姿をしていたので、いつしか里の人達は「美女鹿毛」と呼ぶようになりました。
 ところが、小原台は小高い丘なので食べ物には不自由しませんでしたが、水がありません。美女鹿毛は毎日毎日、水を求めてさまよいましたが見つからず、とうとう疲れて渇きで倒れてしまいました。
 やがて夢の中で観音様のお告げを聞き、目を覚ました美女鹿毛は、お告げに従って山裾を蹄で掘りました。すると不思議にも、そこからきれいな清水がこんこんと湧きだしたのです。美女鹿毛は、この水を飲んで元気になりました。
 このことから里の人は、馬が蹄で掘ったということで「蹄の井戸」と呼ぶようになり、自分たちの里を「馬堀の里」というようになりました。
 蹄の井戸の水を飲んだ美女鹿毛は、もとの荒々しさはすっかりなくなり、性質の良い、おとなしい馬になりました。里の人達はこの馬を生け捕り、領主の三浦義澄に献上しました。義澄は一目見るなり今までにない名馬と驚き、「荒潮」と名付けて大事にしました。
 後になって、義澄は荒潮を源頼朝に献上しました、頼朝もこの馬を見るなり大そう気に入り「生唼」と名付け秘蔵したといいます。
 宇治川の合戦で先人の名乗りを上げた佐々木四郎高綱は、戦いにおもむく時、頼朝に懇願して生唼をもらい、この馬に乗ったおかげで誉を得ることができたのだといわれています。


横須賀こども風土記(1988)】
馬堀の浄林寺あたり
 浄林寺 馬堀小学校の正門のわき、防衛大学校への登り坂の左手にあります。浄土宗の寺で、山号を七重山しちじゅうさん、院号を宝珠院といいます。永正二年(一五〇五)、然蓮社廓誉智的大和尚ねんれんじゃかくよちてきだいおしょうの開山といわれ、阿弥陀三尊がまつられといます。過去二回の火災にあいました。
 三浦札所第二十九番に数えられています。境内の入口左手には、身の丈一メートル二〇センチの地蔵様が祀られており、近くにあるある馬頭観音とのかかわりから、馬齢や蹄鉄(馬のひづめの底につける鉄具で、ひつめの磨滅や損傷、あるいは滑走を防ぐためにつかわれる)などが奉納されています。奉納されたものの年号をみると昭和二年と記されたものもあり、まだそのことろは、馬がかなりたくさん三浦半島にいたことがわかります。また、三浦薬師の第五番に数えられています。

 蹄の井と馬頭観音 文化九年に刊行された「三浦古尋録」という書物によれば、相州の大津村(現在の馬堀小学校前の防衛大学校入口で。浄林寺山門のすぐ上)に「馬堀まぼり蹄跡」というのがしるされています。それは元暦げんりゃく(一一八四)の昔のことです。上総の国(現在の千葉県)に生まれた一頭の荒馬が海上を泳ぎ渡ってきて、小原台という現在は防衛大学校のある台地に住むようになりました。村の人々は、その馬が大変に美しいので、「美女鹿毛かげ」となづけていました。ある日、この馬がのどの渇きをおぼえて水をもとめましたが、どこにも水がありません。とうとう馬は台地をかけおりて、土手を一蹴りすると、そこから清水がこんこんと湧きだしました。そして、湧きだした清水は、どんなに旱天といえども涸れることがなかったので、長いあいだ村の人達はこの水を「馬の水」とよんでいましたが、馬が蹄で、観音様のおつげによって掘りあてた泉だということがいわれるようになり、その由緒にちなんで「蹄の井」とよぶようになり、やがて自分達の里を「馬堀の里」とよぶようになったといわれます。この地を馬堀とよぶのは、このためだといわれています。
 ところで、水を掘りあてた「美女鹿毛」は、この水を飲むなり、もとの荒々しさはすっかのなくなり、性質のよい、おとなしい馬になったので、その後、領主の三浦市を通して鎌倉の源頼朝に献上されたいわれています。そして、源頼朝は、この献上された馬に生唼いきつきの名をあたえたといわれております。
 のちの時代になって、「蹄の井」の水は百日咳にきくといわれ、近くの人ばかりでなく、諸国まで知れわたり、実に霊験あらたかであることから、堂を建て、馬頭観音を安置するようになったといわれています。現在の〱は昭和三四年に落慶したものが昭和六〇年五月に火災にあい、後に建てられたものです。


注:生唼(=池月)は、東鑑にも記載のある名馬なので、実在していたことは間違いないようですが、磨墨と同様に奥州馬とされています(菅野,2021)。また、生唼の産地を名乗る地域は全国に多数ある(安田,1959)ことからも、馬堀の生唼が源頼朝が所有してた生唼と同一であるとは言い難いと思われます。一例として、頼朝旗上げの折、旧武蔵国千束八幡神社に出現したのが池月との伝承があります。

横須賀雑考(1968)】
四 馬堀の里
 横須賀市馬堀中学裏に小原台や二葉方面に登って行くいく坂道がある。その登り道の途中左側に馬頭観音さんを祀った小さな御堂があり、その下に「蹄の井」と呼ばれる小さな泉がある。この和泉の水は百日咳によくきくというので近在近郷から「お水頂戴」とてビンょ持って汲みに行く。
 元暦年間のころ、上総の国の嶺岡近在に生まれた鹿毛の荒れ馬が、ある夜のことはるばる東京湾を泳ぎ渡って走水に着いた。そして小原台を目指してかけ登り森の繁みに姿を消して雑草や笹の葉などをたべて棲みついた。里人たちは時々この馬を見かけることがあり、口をそろえて美しい馬だとほめていた。いつとはなしにこの馬を「美女鹿毛」と呼ぶようになった。
 この美女鹿毛は森には食べ物があっても何しろ高い土地だけに飲み水に困ってこれを求めていた。毎日のように坂を下ったり上ったりうちらこちらと水を求めさまよっていた。そのうちにあまりの疲れと渇きのためとうとうさほどの荒馬もぐったりとなり、昏睡してしまった。
 やがてこの馬は観音さんの霊夢に感じて目が覚め元気を取りもどした。夢のお告げに従って蹄で傍の岩を掘れば何と不思議のことに掘ったところから清水がこんこんと湧き出てきた。喜び勇んでこの水を飲んで渇を癒すことがてきた。これ以来さしもの荒馬も性質がすっかり変っておとなしくなったということである。この蹄で掘ったというのが今に残る「蹄の井戸」で、地名の馬堀もこれから起こったものだという。(三浦古尋録)

五 名馬池月(あるいは生唼)
 自ら掘った蹄の井の清水を飲んでおとなしくなった美女鹿毛を、里人達はこれを生け捕って領主の三浦荒次郎義澄に献上した。喜んだ義澄はすぐさま矢部の館に届けさせて乗ってみた。ところが義澄は今までにない名馬だと驚いて、早速この馬にまたがって衣笠の館に父義明を訪ねてこの馬についてのいきさつを物語った。これを聞いた大介義明は「これこそ武運の吉兆」だと喜び義澄にその飼育を命じ、荒潮を泳ぎ切って来た馬とて、「荒潮」と名付けた。
 後年、義澄は源頼朝の命を受けて佐原十郎義連に云いつけ、この荒磯を走水の海に乗入れ六浦の津まで行きそこからさらに鎌倉に進んで頼朝に献上させた。頼朝もこの荒磯を愛して「生唼」と名づけて秘蔵していた。
 宇治川の合戦に先陣の名乗りをあげた佐々木高綱は、先に頼朝に懇望してこの生唼をもらいそのために名誉を得たのだということである。(三浦古尋録)

注:三浦古尋録を引用したとしているにも関わらず、地元の英雄三浦義明の名が加わっているなど、かなり尾鰭のついいることがわかります。

三浦三十三観音

 Copilotによる調査によれば、日本全国には30以上の三十三観音霊場が存在するようですが、三浦三十三観音もその一つで、鎌倉時代初期に設置されたと伝えられています。昭和の頃(真鍋,1978)とは札所が2ヶ所差し替えられていて、14番の仏崎山観音寺がヤマユリの寺として知られる飯盛山明王院妙音寺に、20番の東光山浄土寺が『生唼』伝説の七重山浄林寺に変更になったほか、番外として龍徳山光照寺が加わっています。現在、これらのうち馬頭観音を本尊とする霊場は一か所もないのですが、浄林寺本堂には三面八臂の馬頭観音像が祀られています。

【文献】
 干潟龍詳 (1950) 馬頭観音考, 哲學年報, 10, 1-13, 10.15017/2328848, Accessed: 2025-12-31.
 田中義恭・星山晋也 (1986) 馬頭観音 (In 目で見る仏像「観音菩薩」目で見る仏像シリーズ3), 77-83, 東京美術, 東京.
 三友健容 (2007) 観音菩薩と普門品, 法華文化研究, 33, 125-136, URL: http://hdl.handle.net/11266/00008654, Accessed: 2025-12-31.
 加藤山寿(1967)校訂三浦古尋録、菊池武, 小林弘明, 高橋恭一 校訂、横須賀市図書館、横須賀、p34-36.
 横須賀市市長室広報課(1982) 馬堀の由来と名馬「生唼」 in 古老が語るふるさとの歴史 南部編、p209-210、横須賀市市長室広報課、横須賀.
 辻井善弥(1988)横須賀こども風土記中巻, 横須賀市民文化財団、横須賀、p22-24.
 蘆田伊人(1685)巻之百十五 三浦郡巻之八 衣笠庄、In 蘆田伊人編、大日本地誌大系㉓新編相模国風土記稿第五冊、p316.
 安田初雄 (1959) 中世以前の東北の牧馬, 人文地理, 11(5), 389-402,479, DOI: 10.4200/jjhg1948.11.389, Accessed: 2025-12-31.
 上村繁樹 (2018) 工学演習を通した木更津市の石造仏の分布図の作成, 木更津工業高等専門学校紀要, 51, 7-10, DOI: 10.19025/bnitk.51.0_7, Accessed: 2025-01-03.
 菅野文夫 (2021) 文治5年奥州合戦三題-『吾妻鏡』演習から-, 岩手大学文化論叢 第10輯, 1-10, URL: https://iwate-u.repo.nii.ac.jp/record/15371/files/rss-n10pp1-10.pdf, Accessed: 2025-01-01.
 植月 学・覚張隆史・櫻庭陸央・船場昌子 (2021) 中世南部氏の馬利用─根城跡出土馬の動物考古学・同位体化学的研究─, 帝京大学文化財研究所研究報告, 20, 233-246, URL: https://cir.nii.ac.jp/crid/1520293202223136768?lang=ja, Accessed: 2025-01-01.
 内海弘蔵 (1969) 10、佐々木生唼を賜る・源平盛衰記, 121-179, In 古文評釋, 東京成美堂、東京, URL: https://dl.ndl.go.jp/pid/877530/1/66, Accessed: 2025-01-01.
 真鍋元之 (1978) 三浦の三十三観音(かくれた名刹シリーズ), 142p, 鎌倉新書, 東京,
 横須賀文化協会(1968)四馬堀の里、五 名馬池月、横須賀雑考、p132-133, 横須賀文化協会, 横須賀.
 松浦豊 (1985) 三浦半島の史跡と伝説(写真で綴る分シリーズ 神奈川 4), 215p, 暁印書館, 東京.


【その他、本日撮影】

 馬堀より望む富嶽
 ムクロジ Sapindus mukorossi
 カナリーヤシ(フェニックス) Phoenix canariensis
 イソギク Chrysanthemum pacificum

金沢三山を歩く

 今日は、買い物の序に金沢三山(金沢山、稲荷山、日向山)を歩いてみました。
維管束植物の分類【概要小葉植物と大葉シダ植物裸子植物被子植物(APG-IV体系)】【生物系統樹
【本日更新】モチノキ科


【参考】○:本日初撮影種
 (室ノ木)野島公園
 野島(夕照橋より) 【金沢八景
 伝海入定塚:町屋町33
 称名寺山門
 石塔群(称名寺)
 ヤドリギ Viscum album
 称名寺
 馬頭観音(称名寺百番観世音:秩父第七番)
 八角堂
 センニンソウ Clematis terniflora
 ケヤキ Zelkova serrata
 北条実時の墓
○アオハダ Ilex macropoda Macropoda Holly
 イヌビワ Ficus erecta
 クヌギ Quercus acutissima
 ツワブキ Farfugium japonicum
 ノゲシ Sonchus oleraceus
 寒椿(かんつばき Camellia x hiemalis
 亀井(金沢七井)
 子聖権現:金沢町1丁目16
 カトリック金沢教会
 谷津庚申塔:谷津町229
 ルビーネックレス Senecio othonna capensis ‘Ruby Necklace’
 石塔群(左:馬頭観音):釜利谷東3

追浜本町のおしんめ様


おしんめさま:横須賀市追浜本町1丁目(35.317282421146565, 139.62564525873114)


 『おしんめさま』は、東北地方を中心に信仰される養蚕神あるいは農業神である『おしらさま』と同一視されている民間信仰神です(柳田,1951; 山口,1968)。ご神体(あるいは神具)は男女一対の木像であることが多く、顔を刻んだだけの木の棒であることが普通ですが、馬頭、鶏頭などの像形もあると言われています。石像、石塔などは知られておらず、またお社やお堂を持たず、旧家に伝わる家内神であることも特徴のひとつで、家内に鎮座することもありますが、巫女(いたこ)が祈祷に用いるために持ち歩く『遊行神』としての信仰形態が多かったとされています。
 『おしんめさま』の名称は、『御神明様』が語源と考えられていますが、伊勢系統の神々との関係は必ずしも定かでないようです。追浜本町の『おしんめさま』も、土地の文献には記載が見当たらず、お社は施錠されていて内部は確認できませんので、由来、由緒等は不明です。
 山口(1968)は『おしんめさま』信仰の南限は、東北地方と関東地方の境あたりであるとしている一方で、山口(1981)では、関東地方でもオシンメ信仰があったとの記述も見受けられ、追浜本町の『おしんめさま』は、私の知る限り三浦半島周辺では唯一であり、関東地方における飛び地分布と言えそうです。お社があることや、これまで近隣社に合祀されずに来れた事情も気に懸かります。
 オシラサマの起源については、柳田國男が佐々木喜善から聞き及んだことを採録したとして知られる遠野物語(1910)の69話に『馬に恋した娘』の話として収録されています。


六九 今の土淵村には大同(ダイドウ)と云ふ家二軒あり。山口の大同は當主を大洞萬之亟(オオホラマンノジャク)と云ふ。此人の養母名はおひで、八十を超えても今も達者なり。佐々木氏の祖母の姉なり。魔法に長じたり。まじなひにて蛇を殺し、気に止まれる鳥を落としなどするを佐々木君はよく見せてもいひたり。昨年の舊暦正月十五日に、此老女の語りしには、昔ある處に貧しき百姓あり。妻は無くて美しき娘あり。又一匹の馬を養ふ。娘此馬を愛して、(ヨル)になれば厩舎(ウマヤ)に行て()ね、終に馬と夫婦に成れり。或夜父は此事を知りて、其次の日に娘には知らせず、馬を()れ出して桑の木につり下げて殺したり。その夜娘は馬の居らぬより父に尋ねて此事を知り、驚き悲しみて桑の木の下に行き、死したる馬の首に縋りて泣きゐたりしを、父は之を(ニク)みて斧を以て(ウシロ)より馬の首を切り落とせしに、娘は其首に乗りたるまゝ点に昇り去れり。オシラサマと云ふは此時より成りたる神なり、馬をつのり下げたる桑の枝にて其神の像を作る。其像は三つありき。(モト)にて作りしは山口の大同におり。之を姉神とす。中にて作りしは山崎の在家権(ザンケゴン)十郎と云ふ人の家に在り。佐々木氏の伯母が縁付きたる家なるが、今は家絶えて神の行方を知らず、末にて作りし妹神の像は今附馬牛村に在りと云へり。


【文献】
柳田國男 (1951) 大白神考(オシラガミコウ), 267-430, (In 柳田國男先生著作集, 第11冊, 521p), 實業之日本社, 東京.
山口弥一郎 (1968) おしんめいさま信仰の南限, 民間傳承, 32(1), 50-52. URL: https://dl.ndl.go.jp/pid/2237543/1/2, Accessed: 2025-12-28.
山口弥一郎 (1981) おしんめいさま図録と解説, 9-59, (In 山口弥一郎選集第9巻 東北地方研究, 日本の固有生活を求めて, 世界文庫, 東京.), URL: https://dl.ndl.go.jp/pid/9570753/1/25, Accessed: 2025-12-28.
柳田國男 (1910) 遠野物語, 69話, URL: https://dl.ndl.go.jp/pid/1466178, Accessed: 2025-12-29.

浦賀道から白山道へ

 今日は、ちかくの浦賀道(うらがみちから、白山道(しらやまみち方面を散策してみました。
うらが道としらやま道マップ
維管束植物の分類【概要小葉植物と大葉シダ植物裸子植物被子植物(APG-IV体系)】【生物系統樹



おしんめさま:横須賀市追浜本町1丁目
雷神社奥の院:追浜町3丁目12
雷神社:追浜本町1丁目9-9
傍示堂(ほうじどう)石塔群:追浜本町1丁目6-8
馬頭観音2基(傍示堂)
宝篋印塔:六浦東2丁目12
厄神様:六浦南1丁目32-5
上総屋豆腐店跡
ナンテン Nandina domestica
ウオゴゴロ:六浦南1丁目34-29
栄太楼:六浦南1丁目34-14
庚申塚:三艘町内会館前
アキニレ Ulmus parvifolia
六浦2号橋
諏訪之橋(かねさわ道と東うらが道の分岐点)
伝 畠山重保墓:釜利谷南1丁目4-22
白山東光禅寺:釜利谷南2-40-8
センリョウ Sarcandra glabra
マンリョウ Ardisia crenata 【,a href=”https://ichihashi.me/wp/?p=37963#Ryo”>冬の赤い実】
シロミノマンリョウ Ardisia crenata f. leucocarpa
寒念仏供養塔:釜利谷南2丁目41
観音堂石塔群:釜利谷南2丁目43-44
白山妙理大権現(白山社):釜利谷南2丁目44
 毘沙門天像
 神像
 丸石
 不動明王像
 延命地蔵尊
 白山稲荷社
 諏訪社
ヒメツルソバ Persicaria capitata
カンアオイ Asarum nipponicum
不動明王像(11号やぐら):釜利谷南2丁目58


釜利谷やぐら遺跡・11号やぐら
「やぐら」とは、鎌倉・室町時代の納骨や供養のために、方形に掘られた武士や僧侶たちのお墓で、鎌倉やそり周辺の山腹に多く見られます。
 釜利谷やぐら遺跡ではも約9基のやぐらが調査されました。それらの多くが東方の旧東光寺跡ょ囲む標高13~18mの低い崖面に掘り込まれていたのに対し、ここに保存された11号やぐらは、それよりかなり高い尾根の中腹(標高45m)に単独で位置しているところに特徴があります。11号やぐらの現況の大きさは、奥行き0.24m・間口1.7m・高さ1.73mで本来の形から見ると前方部がかなり削られています。また、奥壁の中央は箱型に掘られ、石造りの不動明王が納められています。
     平成21年3月 横浜市教育委員会


釜利谷やぐら遺跡
     (横浜市金沢区釜利谷南二丁目)
 白山道奥公園からウッドパーク金沢文庫にかけての丘陵一帯は、「釜利谷やぐら遺跡」と呼ばれ、宅地造成に先立つ昭和六十一年六月から昭和六十二年七月にかけて発掘調査が行われ、つぎの様な中世を中心とした時代の遺構・遺物が発見されました。
一 鎌倉古道の一つである白山道の尾根道が三筋(一・二・三号)検出されました。これらは、おおむね稜線に沿って開かれており、部分的に凝灰岩の岩盤に刻み込んだ低い段が連続するところがあり、歩きやすいように手が加えられています、なお、西側の三号尾根道の一部、約七十㎡が保存されており、実際に登り降りができます。
ニ 一号尾根道の中腹の平坦部(約二十六㎡)から鎌倉時代に創建された東光寺の歴代住職の墓九基と鎌倉時代の武将畠山重忠の墓所と伝承される供養塚が調査されました。いずれも岩盤を掘り込んで作られ、木棺に使用されたと見られる板や人骨が出土したものがあります。
三 中世の墓であるやぐらが、九基発見されました。
四 遺物は。やぐら群から灯明皿・かわらけ・常滑焼の大甕、供養塚の周辺からは五輪塔・水鉢などが出土しました。
     平成二十一年三月  横浜市教育委員会


鼻缺地蔵尊:朝比奈町
オキナワスズメウリ Diplocyclos palmatus
ナンテン Nandina domestica
ヘクソカズラ Paederia scandens
寒椿(かんつばき Camellia x hiemalis
ヒマラヤスギ Cedrus deodara
ワイヤープランツ Muehlenbeckia axillaris
金沢自然公園夏山口
ヒサカキ Eurya japonica
トベラ Pittosporum tobira
北谷野仏群:釜利谷東5丁目8-6
石塔群:釜利谷東6丁目24-1

冬のこども植物園

 この季節のこども植物園は空いていて、良い感じです。熱帯温室では着生サボテンのリプサリスが開花していました。
 維管束植物の分類【概要小葉植物と大葉シダ植物裸子植物被子植物(APG-IV体系)】【生物系統樹
【本日更新】カヤツリグサ科




【参考】○:本日初撮影種
 横浜市こども植物園
 リプサリス・ピロカルパ Rhipdalis pilocarpa Hairy Stemmed Rhipsalis
 白角麒麟(ハッカクキリン) Euphorbia resinifera
 花麒麟(ハナキリン) Euphorbia milii
 フチベニベンケイ ‘花月(カゲツ)Crassula portulacea Syn.Crassula ovata
 仙女の舞 Kalanchoe beharensis
 ヒロハザミア Zamia furfuracea
 クラッスラ・ムルティカヴァ Crassula multicava 
 大葉麒麟(オオバキリン) Pereskia grandifolia Syn. Rhodocactus grandifolius
 木麒麟(モクキリン) Peireskia aculeata
 ミルメコフィラ・ティビキニス Myrmecophila tubicinis
 慈光錦じこうにしき Aloe striata
 不夜城(フヤジョウ) Aloe bobilis
 アガベ ‘吹上(フキアゲ)Agave stricta
 アガベ ‘笹の雪(ササノユキ)Agave victoriae-reginae
 アシズリノジギク Chrysanthemum japonense var. ashizuriense
 ツワブキ Farfugium japonicum
 ミツマタ Edgeworthia chrysantha
 ハゼノキ Toxicodendron succedaneum
 ハマナス Rosa rugasa
 フェネル(ウイキョウ) Foeniculum vulgare
 ウメ ‘八重寒紅(やえかんこう)Prunus mume ‘Yaekankou’
 キンレンカ Tropaeolum majus
 ゲッケイジュ Laurus nobilis
 サルトリイバラ(土茯苓(とぶくりょう)) Smilax china
 ヘチマ Luffa cylindrica
 ハカワラタケ Trichaptum biforme
 トキリマメ Rhynchosia acuminatifolia
 寒椿(かんつばき Camellia x hiemalis
 トキワマンサク Loropetalum chinense
○カンスゲ Carex morrowii
 寒椿(かんつばき(桃色花弁) Camellia x hiemalis
 トウカエデ Acer buergerianum
 浙江柿セッコウガキ Diospyros glaucifolia
 老爺柿(ロウヤガキ) Diospyros rhombifolia
 常盤柿トキワガキ Diospyros morrisiana
 ウメ ‘杉田(すぎた)Prunus mume ‘Sugita’
 ブルーベリー(ラビットアイ系) ‘ティフブルー’ Vaccinium virgatum ‘Tifblue’
 チャノキ Camellia sinensis
 ハッサク Citrus X hassaku
 ヤツデ Fatsia japonica
 キカラスウリ Trichosanthes kirilowii var. japonica
 万宝(マンポウ) Senecio serpens Syn. Curio repens


バラ【S:シュラブ、FL:フロリバンダ、CIHT:クライミングハイブリッドティー】
 ’つるピース’ Rosa X ‘Climbing Peace’ (CIHT)
 ’フリージア’ Rosa X ‘Freesia’ (FL)
 ’たそがれ’ Rosa X ‘Tasogare’ (FL)
 ’ガートルード・ジェキル’ Rosa X ‘Gertrude Jekyll’ (S)
 ’ボニカ ’82’ Rosa X ‘Bonica ’82’ (S) 殿堂入り品種
 ’伊豆の踊子’ Rosa X ‘Izu no Odoriko’ (FL)
 ’スブニール・ドゥ・アンネ・フランク’ Rosa X ‘Souvenir d’Anne Frank’ (FL)


スブニール・ドゥ・アンネ・フランク
 「アンネの日記」を書いたアンネ・フランクに捧げられたバラ。このバラを作出した園芸家デルフォルヘは、アンネの父親であるオットー・フランクとの約束で生前バラが好きだったアンネの形見として新しいバラを1955年に作出。そして、1960年に「スブニール・ドゥ・アンネ・フランク~アンネの想い出(又は形見)~」という名前で発表しました。日本には、1972年に初めてオットー・フランクから贈られています。その後、このバラは「戦争のない平和な世界」を願ったアンネの思いとともに、日本各地に広まり親しまれています。
【特徴】
 花形は丸弁盃状咲き。花色は咲き進むにつれ変化する性質があり、蕾の時は赤色、開花するとオレンジ色に黄色がかった黄金色に、やがて花弁の先からサーモンピンク、さらに濃くなり赤色に付かくなります。


【春の七草】
 セリ Oenanthe javanica
 ナズナ Capsella bursa-pastoris
 ゴギョウ(ハハコグサ) Gnaphalium affine
 ハコベ Stellaria media
 ホトケノザ Lamium amplexicaule
 スズナ(カブ) Brassica rapa var. rapa
 スズシロ(ダイコン) ダイコン Raphanus sativus

冬のフラワーセンター

 天気はあまり良くなかったのですが、今年は満開のヒマラヤザクラに出会う事が出来ました。温室ではビオラ展を開催中です。
 維管束植物の分類【概要小葉植物と大葉シダ植物裸子植物被子植物(APG-IV体系)】【生物系統樹
【本日更新】ツバキ科




【参考】○:本日初撮影種
 大船フラワーセンター
 ウォレマイ・パイン Wollemia nobilis
 ヒマラヤザクラ Cerasus cerasoides
 子福桜(こぶくざくら) Cerasus X kobuku-zakura
 冬桜(ふゆざくら) Cerasus x parvifolia ‘Fuyu-zakura’
 アーコレード Cerasus sargentii x C. subhirtella ‘Accolade’
 ウナヅキヒメフヨウ Malvaviscus arboreus var. mexicanus
 ネリネ Nerine sp.
海棠椿(ハイドゥン) Camellia amplexicaulis
 ルッティア・フルティコサ Ruttya fruticosa
 ローレルカズラ Thunbergia lauriflora
 コプシア・フラヴィダ Kopsia flavida
 クダモノタマゴ Pouteria campechiana Syn. Lucuma campechiana Canistel
【ビオラ展】
 パンジー Viola × wittrockiana
  キューティー・アプリコット Citie Apricot
  天使の誘惑
  ソルベYTT Sorbet YTT
  ロープ・ドゥ・アントワネット – ソワレ Robe du Antoinette – Soirée
  アンティーク・ビオラ – プレミアム MIX Antique Viola – Premium MIX
  アンティーク・ラッフル Antique Raffle
  ファルファリア Farfallia
  アンティーク・ラッフル Antique Raffle
  ミルフル Milfull
  エッグ・タルト Egg Tarte
  花絵本
  藍月(あいづき)
  ファーマーズ・クラフト Farmer’s Craft
  春るるる
  バニー・イヤーズ Bunny Ears
  クリオネ Clione
  パピヨン・ワールド Papillon World
  ミシェル・ラビン MIX Michael Rabin
  スリール・ド・ランジュ Sourire de L’Ange

奇蹄目(Perissodactyla)の系統概要

(2026)は午年なので、馬に近縁の系統について少し調べてみました。

ウマ属】【現生奇蹄類】【有角類
現生生物の系統概要】【植物界の系統概要】【後世動物の系統概要】【化石種


【現生奇蹄目(Perissodactyla)の系統概要】Steiner et al.(2011)
 現生種での遺伝子解析により、古第三紀中新世初期にウマ型類と有角類、続いてサイとバクが分岐し、下って新第三期後期になってからウマ科内の分岐が進んだことが明らかとなっています。

 ┌サイ科(Rhinocerotidae)
 │└┬インドサイ Rhinoceros unicornis
┌┤ └┬スマトラサイ Dicerorhinus sumatrensis
││  └┬シロサイ Ceratotherium simum 
┤│   └クロサイ Diceros dicornis
│└バク科(Tapiridae)
│ └┬マレーバク Tapirus indicus
│  └┬ベアードバク Tapirus bairdii
│   └┬ヤマバク Tapirus pinchaque
│    └ブラジルバク Tapirus terrestris 
ウマ科(Equidae)
 │ ┌ノウマ Equus caballus:Syn.Equus ferus caballus
 │┌┴モウコノウマ Equus przewalski
 └┤┌ロバ Equus asinus (アフリカノロバ Equus africanus)
  └┤ ┌チベットノロバ Equus kaing
   │┌┤┌アジアノロバ Equus hemionus
   └┤└┤┌クーラン Equus kulan:Syn.E. hemionus kulan
    │ └┴オナガー Equus onager:Syn.E. hemionus onager
    │┌ヤマシマウマ Equus zebra
    └┤┌サバンナシマウマ Equus burchell:Syn.Equus quagga 
     └┴グレビーシマウマ Equus grevyi

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【奇蹄目(Perissodactyla)周辺の系統概要】Bai et al.(2018)、(†):絶滅種
 ウマの祖先種が、バクやサイの祖先種から分岐したのは暁新世後期(約5800万年前)から始新世初期(約5600万年前)と推定されています。

┌ラディンスキア属 Radinskya(†):重脚目(Embrithopoda)
汎奇蹄類(Panperissodactyla)
 │┌カンベイテリウム属 Cambaytherium(†):アントラコブネ類(Anthracobunia)
 └┼ハレンシア・マッテシ Hallensia matthesi(†):旧奇蹄目(perissodactyla)?
  ├フェナコドン科(Phenacodontidae)(†):顆節目(Condylarth)
  │└┬フェナコドゥス属 Phenacodus(†)
  │ └エクトシオン属 Ectocion(†)
  └奇蹄目(perissodactyla)
   │┌ウマ科(Equidae)
   ││└┬ガズィジヒップス Ghazijhippus(†)
   ││ └┬シンバロフス属 Cymbalophus(†):旧ヒラコテリウム属
   └┤  └┬ピロロフス Pliolophus quesnoyensis(†):旧ヒラコテリウム属
    │   └┬アリナヒップス属 Arenahippus(†):旧ヒラコテリウム属
    │    └┬シフルヒップス属 Sifrhippus(†):旧ヒラコテリウム属
    │     └エリヒッパス・ティンガエErihippus tingae(†)
    │┌ヒラコテリウム・レポリナム      ┐
    ││ Hyracotherium leporinum(†)
     │
    └┤┌プロトロヒップス・ベンティコルス  ├パレオテリウム科
     ││ Protorohippus venticolus(†)   │(‘Palaeotheriidae’)(†)
     └┤ ┌プロパキノロフス・ガウドリイ  │
      │┌┤ Propachynolophus gaudryi(†) ┘
      ││└ブロントテリウム科(Brontotheriidae)(†)
      ││ │┌ラムドテリウム属 Lambdotherium(†)
      ││ └┼ダンジャンジア・ラムドドン Danjiangia lambdodon(†)
      └┤  ├ダンジャンジア属 Danjiangia(†)
       │  ├プロパレオテリウム属 Propalaeotherium sinense(†)
       │  └エオティタノプス属 Eotitanops(†)
       │┌パキノロフス・ユーラリエンシス Pachynolophus eulaliensis(†)
       └┤┌有角亜目(Ceratomorpha):バク、サイ
        │││ ┌オリエントロフス属 Orientolophus(†)
        └┤│┌┴┬カラガラックス属 Karagalax(†)
         │└┤ └カンバイロフス属 Cambaylophus(†)
         │ │┌ガンデラル属 Gandheral(†)
         │ └┴┬ヘブトドン属 Heptodon(†)
         │   └ミンケノレテス属 Minchenoletes(†)
         │┌イセクトロプス科(Isectolophidae)(†)
         └┤│┌チャウリーア属 Chowliia(†)
          │└┴┬カルディオロフス属 Cardiolophus(†)
          │  └ホモガラックス・ウトゥエンシス Homogalax wutuensis(†) 
          └鉤足亜目(Ancylopoda)(†)
           │┌パッポモロフス属 Pappomoropus(†)
           └┤┌プロトモロフス属 Protomoropus(†)
            └┤┌パレオモロフス属 Paleomoropus(†)
             └┤┌ロフィアスピス属 Lophiaspis(†)
              └┤┌┬リトロフス属 Litolophus(†)
               └┤└エオモロプス属 Eomoropus(†)
                └┬エオロフィオドン属 Eolophiodon(†)
                 └プロパレオテリウム・ヘンジャンジェンシス
                   Propalaeotherium(?) hengyangensis(†)

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【ウマ属 Equus属周辺の系統概要】Cirilli et al.(2021)、(†):絶滅種
 第三紀には繁栄したウマ科ですが、現在まで生き延びているのはウマ属 Equusの一部だけであったことが分かります。

 ┌アメリカバク Tapirus terrestris
┌┼ヒラキウス・エクシミウス Hyrachyus eximius(†) 
┤└トリゴニアス・オズボルニ Trigonias osborni(†)
│ ┌メリキップス属 Merychippus(†) 
│ │└┬メリキップス・インシグニス Merychippus insignis(†)
│┌┤ └メリキップス・イソネウス Merychippus isoneus(†)
└┤└コルモヒップス・オシデンタリス Cormohippus occidentale(†)
 │┌プリオヒップス・ペルミクス Pliohippus permix(†)
 └┤ ┌┬ディノヒップス・レイディアヌス Dinohippus leidyanus(†)
  │┌┤└ディノヒップス・メキシカヌス Dinohippus mexicanus(†)
  └┤└ウマ属 Equus
   │ │ ┌エクアス・シンプリシデンス Equus simplicidens(†)
   │ │┌┴エクウス・チンヤンゲンシス Equus qingyangensis(†)
   │ ││┌エクウス・アイゼンマナエ Equus eisenmannae(†)
   │ └┤│  ┌エクウス・サンメニエンシス Equus sanmeniensis
   │  ││ ┌┤┌エクウス・リヴェンゾヴェンシス Equus livenzovensis(†)
   │  ││ │││ ┌エクウス・ステノニス Equus stenonis(†)
   │  └┤ │└┤┌┴エクウス・セネゼンシス Equus senezensis(†)
   │   │ │ ││      ┌エクウス属一種 “ドゥマニシ” Equus sp. Dmanisi(†)
   │   │ │ └┤     ┌┴エクウス・オルドワエンシス Equus oldowayensis(†)
   │   │┌┤  │    ┌┤┌サバンナシマウマ Equus quaga  ┐
   │   │││  │    │└┴ロバ類(Asses)          │
   │   │││  │   ┌┤  └┬アジアノロバ Equus hemionus ├シマウマ類
   │   └┤│  │  ┌┤│   └チベットノロバ Equus kaing │ (Zebras)
   │    ││  │ ┌┤│└ヤマシマウマ Equus zebra      │
   │    ││  │┌┤└グレビーシマウマ Equus grevyi      ┘
   │    ││  └┤└エクウス・コービフォレンシス Equus koobiforensis(†)
   │    ││   └現生ウマ類(Modern Horses)
   │    ││    └┬モウコノウマ Equus przewalski
   │    ││     └ノウマ Equus ferus
   │    │└エクウス・ファンホエンシス Equus huanghoensis(†)
   │    └エクウス・テイハルディ Equus teihardi(†)
   └┬ヒッピディオン・プリンシパレ Hippidion principale(†)
    └ヒッピディオン・サルディアシ Hippidion saldiasi(†)

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【ウマ属 Equus属周辺の系統概要】Barrón-Ortiz(2019)、(†):絶滅種
 鮮新世後期に繁栄したディノヒップスが多系であったことを示した論文です。

      ┌ウマ属 Equus
      ││   ┌ハリングトンヒッパス Equus francisci(†)
      ││  ┌┼エクウス・コンバーシデンス Equus conversidens(†)
      ││ ┌┤└サバンナシマウマ Equus quagga
      ││┌┤└アジアノロバ Equus hemionus
      │└┤└メキシコウマ Equus mexicanus(†)
      │ └┬ノウマ Equus ferus
     ┌┤  └┬エクウス・オシデンタリス Equus occidentalis(†)
    ┌┤│   └エクウス・ネオゲウス Equus neogenus(†)
    ││└アロヒップス・ステノニス Allohippus stenonis(†)
   ┌┤└┬プレシップス・シンプリシデンス Plesippus simplicidens(†)
  ┌┤│ └プレシップス・アイダホエンシス Plesippus idahoensis(†)
 ┌┤│└”ディノヒップス”・メキシカヌス “Dinohippusmexicanus(†)
 ││└アストロヒップス・ストッキ Astrohippus stocki(†)
┌┤└┬ディノヒップス・レイディアヌス Dinohippus leidyanus(†)
┤│ └ディノヒップス・インターポラトゥス Dinohippus interpolatus(†)
│└”ディノヒップス”・レアルディ “Dinohippusleardi(†)
└┬ボレオヒップス・ガルシャイ Boreohippidion galushai(†)
 └┬ヒッピディオン・サルディアシ Hippidion saldiasi(†)
  └ヒッピディオン・プリンシパレ Hippidion principale(†)

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【始新世のウマ科(Equidae)周辺の系統概要】Froehlich(2002)、(†):絶滅種のみのグループ
 半世紀ほど前には最も古いウマのグルーブと考えられていたヒラコテリウム属(Hyracotherium)は解体され、ウマ科内外のウマ形亜目、さらにはバク形亜目へと分割再配置されています。なお、ヒラコテリウムと名称の似ているヒラコイド(Hyracoids)は岩狸目、ヒラコドン(Hyracodon)は奇蹄目有角亜目の所属です。

┬フェナコドン類(Phenacodontids)(†):顆節目
└┬ラディンスキア属 Radinskya(†)
 │┌重脚類(Phenacolophids):重脚目(†) 
 └┤┌┬テティス獣類(Tethytheres):長鼻目、海牛目
  └┤└イワダヌキ類(Hyracoids):岩狸目
   └奇蹄目(Perissodactyla)
    │┌バク形亜目(Tapiromorpha)
    │││    ┌┬有角亜目(Ceratomorpha):バク、サイ
    └┤│   ┌┤└鉤足亜目(Ancylopoda)(†)
     ││  ┌┤└イセクトロフス属 Isectolophus(†)
     ││ ┌┤└ホモガラックス属 Homogalax(†) 
     ││┌┤└カルディオロフス属 Cardiolophus(†)
     │││└┬シンバロフス属 Cymbalophus(†):旧ヒラコテリウム属
     │└┤ └システモドン属 Systemodon(†):旧ヒラコテリウム属
     │ └オリエントロフス属 Orientolophus(†)
     └ウマ形亜目(Hippomorpha)=ウマ上科(Equoidea)─┐
┌───────────────────────────┘
│ ┌┬パレオテリウム科(Palaeotheriidae)(†)
│┌┤└ヒラコテリウム・レポリナム Hyracotherium leporinum(†):タイプ種
└┤└ハレンシア属 Hallensia(†)
 └ウマ科(Equidae)
  └┬シフルヒップス・サンドラエ Sifrhippus sandrae(†):旧ヒラコテリウム属
   └┬ミニップス属 Minippus(†):旧ヒラコテリウム属
    └┬アリナヒップス属 Arenahippus(†):旧ヒラコテリウム属
     └┬ゼニコヒップス属 Xenicohippus(†):旧ヒラコテリウム属
      └┬エオヒップス・アングスティデンス Eohippus angustidens(†)
       └┬ピロロフス・ブルピセプス Pliolophus vulpiceps(†):旧ヒラコテリウム属
        └┬プロトロヒップス属 Protorohippus(†):旧ヒラコテリウム属
         └┬オロヒップス属 Orohippus(†)
          └エピヒップス属 Epihippus(†)

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【有角類周辺の系統概要】Deng(2021)、(†):絶滅種のみのグループ 【現生有角類
 有角類は、現生のサイ科とバク科に繋がる奇蹄類の一群で、古第三紀にはウマ形類よりさらに多様性に富んでいたことが知られています。地上最大の哺乳類と目されているバルキテリウム、インドリコテリウム、パラケラテリウムの3属は、現在では、パラケラテリウム属(Paraceratherium)に統合されています。

ヒラコドン科(Hyracodontidae)
┤└ヒラキウス・エクシミウス Hyrachyus eximius(†) 
│┌アミノドン科(Amynodontidae)(†) 
└┤└┬アミノドン・アドベヌス Amynodon advenus(†)
 │ └ロシリア・クランゲリ Rosyriamynodon grangeri(†)
 │┌トリプロプス・クビタリス Triplopus cubitalis(†)
 └┤┌ヒラコドン科(Hyracodpntidae)(†)
  ││└┬エピトリプロプス・ユニテンシス Epitriplopes unitensis(†)
  └┤ └┬ヒラコドン・ネブラスケンシス Hyracodon nebraskebsis(†)
   │  └トリプロポデス・リエリ Triplopodes rieli(†)
   │ ┌ウインタセラス・ラディンスキィ Uintaceras radinskyi(†)
   │┌┴サイ科(Rhinocerotidae)
   ││ └┬テレタセラス・ボリッシアキ Teletaceras borissiaki(†)
   └┤  └┬トリゴニアス・オスボルニス Trigonias osborni(†)
    │   └┬サブヒラコドン・オッシデンタリス subhyracodon occidentalis(†)
    │    └┬インドサイ Rhinoceros unicornis
    │     └┬シロサイ Ceratotherium simum 
    │      └ケブカサイ Coelodonta antiquitalis(†)
    └┬パッパセラス・コンフルエンス Pappaceras confluense(†)
     └┬フォルテルクーペリス・トタデンタータ Forstercooperis totadentata(†)
      └パラケラテリウム科(Paraceratheriidae)(†)
       │┌ジュクシア・シャラムレンシス Juxia sharanurenensis(†)
       └┤┌ウルティノテリウム・インテルメディウム Urtinotherium intermadium(†)
        └┤ ┌トゥルパノテリウム・ヤゴウエンシス Turpanotherium yagouensis(†)
         │┌┴ズンガリオテリウム・オルゴセンセ Dzungariothrium orgosense(†)
         └┤┌アラロテリウム・プロホロビ Aralotherium prohorovi(†)
          └┤
┌──────────┘
パラケラテリウム属 Paraceratherium(†)
 │┌パラケラテリウム・グランゲリ Paraceratherium grangeri(†)
 └┤ syn.インドリコテリウム・トランソウラリクム Indricotherium transouralicum
  └┬パラケラテリウム・ホワンヘーンセ Paraceratherium huangheense(†)
   └┬パラケラテリウム・アジアィクム Paraceratherium asiaticum(†)
    │┌パラケラテリウム・バグティエンシス Paraceratherium bugtiensis(†)
    └┤ syn.バルキテリウム・オズボルニ Baluchitherium osborni
     └┬パラケラテリウム・リビドゥム Paraceratherium lepidum(†)
      └パラケラテリウム・リンジアンセ Paraceratherium Linziaense(†)

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【文献】
今泉吉典監修 (1984) 奇蹄目・ハイラックス目・管歯目・海牛目 (世界の動物|分類と飼育4), 145p, どうぶつ社, 東京.
Bai B, Wang Y-Q and Meng J (2018) The divergence and dispersal of early perissodactyls as evidenced by early Eocene equids from Asia, Comm Biol, 1:115, DOI: 10.1038/s42003-018-0116-5, Accessed: 2025-12-15.
Steiner CC and Ryder OA (2011) Molecular phylogeny and evolution of the Perissodactyla, Zool J Linnean Soc,163, 1289–1303, DOI: 10.1111/j.1096-3642.2011.00752.x, Accessed: 2025-12-21.
Cirilli O, Pandolfi L, Rook L and Bernor RL (2021) Evolution of Old World Equus and origin of the zebra‑ass clade, Scientific Reports, 11:10156, 10.1038/s41598-021-89440-9, Accessed: 2025-12-10.
Barrón-Ortiz CI, Avilla LS, Jass CN, Bravo-Cuevas VM, Machado H and Mothé D (2019) What Is Equus? Reconciling Taxonomy and Phylogenetic Analyses, Front Ecol Evol, 7:343, DOI: 10.3389/fevo.2019.00343, Accessed: 2025-12-10.
Froehlich DJ (2002) Quo vadis eohippus? The systematics and taxonomy of the early Eocene equids (Perissodactyla), Zool J Linnean Soc, 134, 141-256, DOI: 10.1046/j.1096-3642.2002.00005.x, Accessed: 2025-12-09.
Deng T, Lu X, Wang S, Flynn LJ, Sun D, He W and Chen S (2021) An Oligocene giant rhino provides insights into Paraceratherium evolution, Comm Biol, 4:639, 10.1038/s42003-021-02170-6, Accessed: 2025-12-19.

冬のイングリッシュガーデン

 ハロウィンが終って、クリスマスにはまだ少し早いこの時期が、私にとって一番良い時期です。
 維管束植物の分類【概要小葉植物と大葉シダ植物裸子植物被子植物(APG-IV体系)】【生物系統樹




【参考】
 『ある日、お姫様になってしまった件について
 冬桜(ふゆざくら) Cerasus x parvifolia ‘Fuyu-zakura’
 イロハモミジ ‘猩々野村’ Acer palmatum ‘Shojo-nomura’


 ブランデー Rosa ‘AROcerd’ BRANDY
 クラウド・ナイン Rosa ‘Clous Nine’
 ボニカ 82 Rosa ‘Bonica 82’
 アドミラル・ロドニー Rosa ‘Admiral Rodney’
 アンヌ・ビルンハク Rosa ‘FRYnippy’ ANNE BIRNHAK
 オードリー・ウィルコックス Rosa ‘FRYwilrey’ Audrey Wilcox
 バローレ Rosa Parole
 スイート・マザー Rosa ‘Sweet Mother’
 桜木 Rosa ‘Sakuragi’
 カーディナル Rosa ‘KORlingo’ KARDINAL
 ハッピー・ルビー・ウェディング Rosa ‘Happy Ruby Wedding’
 アール・ヌーボォ Rosa ‘PEJmark’ Art Nouveau
 シャリマー Rosa ‘Shalimar’
 ミ・セレッソ Rosa ‘Mi Cerezo’
 ラブリー・ブルー Rosa ‘KEIsublue’ LOVELY BLUE
 ニュー・ウェーブ Rosa ‘New Wave’
 スターリング・シルバー Rosa ‘Starling Silver’
 トゥワイス・イン・ア・ブルー・ムーン Rosa ‘TAN96138’ TWISE IN A BLUE MOON
 ディ・ブレーカー Rosa ‘FRycentury’ Day Breaker
 朝雲 Rosa ‘Asagumo’
 ジョルジュ・ダンジャン Rosa ‘MASgengen’ GEORGES DENJAN
 ミスター・ブルーバード Rosa ‘Mr.Bluebird’
 ポップコーン・ドリフト Rosa ‘Popcorn Drift’
 ヴァブーム Rosa ‘WEKjutono’ Vavoom
 ホワイト・ドロシー・パーキンス Rosa ‘White Dorothy Perkins’
 サザン・ホープ Rosa ‘Soythern Hope’
 紫の園 Rosa ‘Murasaki no Sono’
 ティクレッド・ピンク Rosa ‘FRYhunkey’ TICKLED PINK
 マダム・ジョゼフ・シュヴァルツ Rosa ‘Mme Joseph Schwartz’
 すまいる 優雅 Rosa ‘Smile Yuga’
 サマー・スノー Rosa ‘Summer Snow’
 雪っ子 Rosa ‘Yukikko’
 あおい Rosa ‘Aoi’
 一葉 Rosa ‘ZENfuichi’ Ichiyoh
 禅 Rosa ‘ZENfuzen’ Zen
 リトル・チョコ Rosa ‘LITTLE CHOCO
 ニンバス Rosa ‘Nimbus’

冬の円海山

 良い天気に誘われ、久し振りに円海山を尋ねました。


【参考】
 円海山(153.3m):ほぼ横浜最高峰
 ぼっち・ざ・ろっく!
 ワタ Gossypium hirsutum
 関東地方整備局円海山中継所
 東京ガスネットワーク株式会社円海山無線中継所
 NHK横浜FM放送&横浜FM放送共用鉄塔
 チリメンタケ Lenzites elegans
 ツーカーセルラー円海山B.S.
 第三管区海上保安本部無線中継塔
 サザンカ Camellia sasanqua
 イロハモミジ Acer palmatum
 ドウダンツツジ Enkianthus perulatus
 イヌシデ Carpinus tschonoskii
 瀬上市民の森
 関東の富士見百景
 二子山(逗子)
 金沢自然公園夏山口
 ヒメザクロ Punica granatum var. nana
 センリョウ Sarcandra glabra
 テイカカズラ Trachelospermum asiaticum
 キバナコスモス Cosmos sulphureus
 ヤマホトトギス Tricyrtis macropoda
 ネリネ・ウンドゥラータ(ヒメヒガンバナ) Nerine undulata
 オランダカイウ Zantedeschia aethiopica
 ホソバイヌビワ Ficus erecta var. sieboldii
 オオカッコウアザミ Ageratum houstonianum
 コサギ Egretta garzetta
 手子神社
 石塔群(2基が馬頭観音文字塔)
 馬頭観音塔 【馬頭観音マップ
 アツバキミガヨラン Yucca gloriosa


【関東の富士見百景】に選定されました。
富士山の見えるまちづくり
「関東の富士見百景」は、富士山への良好な眺望が得られる地点を選定し、周辺の景観の保全や活用への支援を通じて、美しい地域づくりの推進を目的に、国土交通省が実施したものです。
 協力:瀬上さとやまもりの会
 設置:栄区役所