時折、園芸店で見かけるグリーネックレス(緑の鈴)がキク科であることに気づいたのは、20年ほど前でした。たまたま花が咲いていたので、それと気づきました。その後、キオン属(Senesio属)であると知って、さらに驚いたのは数年前の事。COVID-19禍で外に出ることが憚られることもあり、これまで撮影していたキオン属の写真を整理するとともに、キオン属の周辺について少し調べてみました。
キオン属は合弁花の代表ともいえるキク科の中で最大の属です(小山,1994)。キオン属には、草本と木本とが含まれており、乾燥地に適応した多肉植物から湿地を好むものまで、多様な環境に適応した種を包含しており、多型的な分類群と考えられてきました。このため、キオン属を細分化しようという動きは以前からあったようです(Jeffrey & Chen,1984; 小山,1994) 。
日本産のキオン属に関する記載は、小山(1995)がよく纏まっているとの情報(大場,1997)がありましたが、当該文献は未入手のため、ここでは、Jeffrey & Chen(1984)、小山(1994)などを参考にしました。
【上位分類】
分子系統分類の応用により、キク科は、現在バルナデシア亜科、タンポポ亜科、キク亜科の3亜科が広く認められており(渡邊,1997)、さらなる細分化が提案されています。キオン属はキオン亜連に、キオン亜連はサワギク連に、サワギク連はキク亜科に属します。
キク科 Compositae
キク亜科 Asteroideae
サワギク連 Senecioneae
キオン亜連 Senecioninae
キオン属 Senecio
【亜連以下の分類】
Jeffrey & Chen(1984)によれば、西アジアに自生するサワギク連(tribe Senecioneae)の植物は、下記の3亜連、22属に整理されます。
tribe Senecioneae サワギク連(族)
subribe Tussilagininae フキタンポポ亜連
1. Doronicum ドロニクム属
2. Dendrocacalia ワダンノキ属
3. Farfugium ツワブキ属
4. Ligularia メタカラコウ属
5. Cremanthodium
6. Sinacalia
7. Dicercoclados
8. Parasenecio コウモリソウ属
9. Syneilesis ヤブレガサ属
10. Miricacalia オオモミジガサ属
11. Tussilage フキタンポポ属
12. Petasites フキ属
subtribe Tephroseridinae オカオグルマ亜連
13. Sinosenecio
14. Tephroseris オカオグルマ属
15. Nemosenesio サワギク属
subtribe Senecioninae キオン亜連
16. Synotis
17. Cissampelopsis
18. Senecio キオン属
19. Crassocephalum ベニバナボロギク属
20. Erechtites タケダグサ属
21. Gynura サンシチソウ属
22. Emilia ウスベニニガナ属
キオン属は少し前なら世界中に2000種近く(小山,1995)、整理が進んでいる今でも約1000種あるとされています(Jeffrey & Chen,1984; Ozetova et el,2017)が、分類所属に検討の余地のある種が今でも多く含まれているようです。
帰化植物や園芸種の販売品も含めて、本邦でみかける種には下記などがあります。このなかで最もなじみ深いのは、欧州原産で明治時代初期に帰化したノボロギク(S. vulgaris)です。三浦半島エリアに自生するキオン属は本種のみと思われます(神奈川県植物誌調査会,2018)。
ノボロギク(2018年11月25日撮影)
【在来種】
キオン Senecio nemorensis
ハンゴンソウ Senecio cannabifolius
タイキンギク Senecio scandens
コウリンギク Senecio argunensis
エゾオグルマ Senecio pseudo-Arnica
【帰化種】
ノボロギク Senecio vulgaris
アレチボロギク Senecio sylvaticus
ナルトサワギク Senecio madagascariensis
ダイコクサワギク Senecio inaequidens var. daikoku
シンコウサワギク Senecio inaequidens var. inaequidens
マツバサワギク Senecio blochmaniae
ヤコブコウリンギク Senecio jacobaea
ハナノボロギク Senecio vernalis
ネバリノボロギク Senecio viscosus
【園芸種】
緑の鈴(グリーンネックレス) Senecio rowleyanus Syn. Curio rowleyanus
弦月(三日月ネックレス) Senecio radicans Syn. Curio radicans
銀月 Senecio haworthii Syn. Caputia tomentosa
ドルフィンネックレス Senecio peregrinus Syn. Curio × peregrinus
大弦月城(アーモンドネックレス) Senecio herreanus Syn. Curio herreanus
紫月(ルビーネックレス) Senecio Othonna capensis Syn. Crassothonna capensis
白寿楽 Senecio citriformis Syn. Curio citriformis
青涼刀 Senecio flcoides Syn. Curio flcoides
マサイの矢尻 Senecio kleiniiformis Syn. Curio kleiniiformis
万宝 Senecio serpens Syn. Curio repens
美空鉾 Senecio antandroi
セネシオ ヤコブセニー Senecio jacobsenii Syn. Kleinia petraea
セネシオ フレーリー Senecio fulleri
ピーチネックレス Senecio spp. (hybrid ?)
ムラサキオグルマ Senicio elegans
マーガレットアイビー Senecio macroglossus
シネラリア Senecio cruenta Syn. Pericallis x hybrida
シロタエギク Senecio cineraria Syn. Jacobaea maritima
【緑の鈴の所属】
Jeffrey(1986)は、それまでキオン属のRowleyani節とされていた多肉植物のうち25種をCurio属として独立させました。これを採用するならば、Curio属のタイプ種として指定された『銀の鈴(グリーンネックレス)』の学名は、Curio rowleyanusとなります。Ozetova et el(2017)による分子系統解析の結果もCurio属の独立性を支持しており、少なくとも下記の15種はCurio属であると報告しています。
銀の鈴がキオン属としては異質だと言う直感は間違いではなかったようです。
Curio属 genus Curio
C. acaulis
C. articulatus 七宝樹
C. archeri
C. citriformis 白寿楽
C. crassulifolius
C. ficoides 青涼刀
C. hallianus
C. herreanus 大弦月城(アーモンドネックレス)
C. kleiniiformis マサイの矢尻
C. muirii
C. radicans 弦月(三日月ネックレス)
C. repens 万宝
C. rowleyanus 緑の鈴(グリーンネックレス)
C. sulcicalyx
C. talinoides
さらに、Taxon Pagesには、上掲の15種のうちC. kleiniiformisとC. muiriiが載っていない代わりに、下記の9種が載っています。
C. avasimontanus
C. cicatricosus
C. cuneifolius
C. hanburyanus
C. humbertii
C. ovoideus
C. peregrinus ドルフィンネックレス
C. pinguifolius
C. pondoensis
【かつてキオン属だった植物】
大場(1997)によれば、かつてキオン属に分類されていて、キオン属から分離された本邦産種は下記になります。その他、園芸種では、シネラリア、シロタエギク等もかつては、Senecio属とされていたことがあります。
サワギク属 Nemosenecio
サワギク Nemosenecio nikoensis
オカオグルマ属 Tephroseris
キバナコウリンカ Tephroseris furusei
タカネコウリンギク Tephroseris flammea
コウリンカ Tephroseris flammea subsp. glarifolia
オカオグルマ Tephroseris intergrifolia var. spathulata
ミヤマオグルマ Tephroseris kawakamii
サワオグルマ Tephroseris pierotii
タカネコウリンカ Tephroseris takadana
類縁種の写真
Narrow-leaved Ragwort Senecio inaequidens
コウモリソウ Parasenecio maximowiczianus
ルビーネックレス Senecio othonna capensis ‘Ruby Necklace’
マーガレットアイビー Senecio macroglossus
比較的よくみかける黄色い舌状花の『紫月(ルビーネックレス)』はCrassothonna属に、マーガレットアイビーはSenecio属に残ることになります。
Senecio inaequidensは、三浦市を訪ねた際にたまたま撮影していたもので、同定にはウェブ上の写真を参照しましたが、近縁の別種である可能性もあり、特定外来種ナルトサワギク(S. madagascariensis) もその可能性のひとつです。S. inaequidensの神奈川県内の報告としては、ダイコクサワギク(S. inaequidens var. “daikoku“) とシンコウサワギク(S. inaequidens var. “inaequidens“) の2変種があり(神奈川県植物誌調査会,2018)、さらにS. madagascariensis はS. inaequidens のシノニムであるとの未確認情報もあるようです。この写真では同定の鍵となる鋸歯や総苞片が鮮明に写っていないので、そのあたりのことも含めて、いずれ現地を調査したいと思います。
【毒性】
Senecio属の植物は、アルカロイド(Pyrrolizidine alkariods = PA)を含むことがあり、アルカロイドは数種類あるようですが、その中で少なくともセネシオニン(Senecionine)はラットに対する肝毒性のあることが知られていてます。国外では、牛、馬などの家畜での死亡例が報告されています。
これらの成分を含む分類範囲は不明ですが、S. vulgaris(ノボロギク), S. inaequidens(ダイコクサワギク、シンコウサワギク), S. jacobaea(ヤコブコウリンギク), S. madagascariensis(ナルトサワギク), S. glabellusでの毒性発現報告があることから考えて、Senecio属のうち我が国への帰化種に広く分布するものと思われます。
本邦への帰化が確認されているSenecio属のうちSenecionine含有の報告がある種
ダイコクサワギク S. inaequidens var. daikoku
シンコウサワギク S. inaequidens var. inaequidens
ヤコブコウリンギク S. jacobaea
ナルトサワギク S. madagascariensis
ハナノボロギク S. vernalis
ネバリノボロギク S. viscosus
ノボロギク S. vulgaris
この毒性のこともあり、繁殖力が旺盛で近年我が国での分布を急速に拡大しているナルトサワギクは、2006年に特定外来生物指定されています(環境省,2019)。
【まとめ】
キク科の中でも最大の種数を包含するキオン属は多系統であると考えられてきました。このため、遺伝子解析技術の進歩に伴って、今後分子系統手法による整理がさらに進むと思われます。我が国でもよく見かける園芸種『銀の鈴』は、Curio属としてキオン属から独立させることが浸透して行くことでしょう。
【余談】
キオン属の事を調べるにあたって、『さわぎく』というクレーの絵が中学校の頃の美術の教科書に載っていたのを思い出しました。当時は、おかしなタイトルと思っていましたが、ほぼ半世紀を過ぎて気がついたのは、『さわぎく』というタイトルは二重の誤訳だったのだろうという事です。
キオン属Senecioは、ラテン語の『Senex=老人』が語源で、この属の植物が白っぽい冠毛を持つことから老人のイメージでつけられたのだそうです。恐らく、クレーの絵のタイトルの、本来の意味は『老人』だったのでしょう。
サワギクNemosenecio nikoensisは、Jeffery & Chen(1984)による所属整理以前はSenecio属でしたが、当時でも『Senecio』をそのまま訳せば『キオン属』ですから、二重におかしなことになっています。もっとも、シュールレアリズムの香りがする作風ですので、わざとそのように間違って訳した可能性もあります。
【参考文献】
Geoger DE (1983) Comparison of the toxicities of Senecio jacobaea, Senecio vulgaris and Senecio glabellus in rats
Jeffrey C & Chen YL(1984) Taxanomic studies on the tribe Senecioneae (Compositae) of Eastern Asia, Kew Bulletin, 39, 205-446, DOI: 10.2307/4110124, URL: https://www.jstor.org/stable/4110124, Accessed: 2020-05-02.
Jeffrey C (1986) The Senecioneae in East Tropical Africa Notes on Compositae: IV, Kew Bulletin, 41:4, 873 – 943, DOI: 10.2307/4102988, URL: https://www.jstor.org/stable/4102988, accessed: 2020-05-02.
小山博滋(1994)キオン, 植物の世界, 6, 1-171 – 1-174 朝日新聞社, 東京.
渡邊邦秋(1997)キク科植物の系統と進化、種生物学研究, 20, 11-25.
大場秀章(1997)キオン属を細分する場合の学名, Jap J Bot, 72:2, 125.
Heger & Böhmer (2005) The invasion of central Europe by Senecio inaequidens DC. – A complex biogeographical Problem, Erdkunde, 59, 34-49, DOI: 10.3112/erdkunde.2005.01.03, Accessed: 2020-05-04.
Ozetova LV, Schanzer IA & Timonin (2017) Curio alliance (Asteraceae: Senecioneae) reviced, Wulfenia, 24, 29-52, URL: https://www.zobodat.at/pdf/Wulfenia_24_0029-0052.pdf, Accessed: 2020-05-02.
神奈川県植物誌調査会(2018)神奈川県植物誌2018(下)、1556-1559.
Curio (Asteraveae), Taxon pages, URL: http://encinos.org/taxpage/0/genus/Curio.html, Accessed: 2020-05-04.
農林水産省、食品中のピロリジジンアルカロイド類に関する情報、URL:https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/foodpoisoning/naturaltoxin/pyrrolizidine_alkaloids.html, Accessed: 2020-05-05.
環境省(2019) 特定外来生物等一覧, URL: https://www.env.go.jp/nature/intro/2outline/list.htmlAccessed: 2020-05-05.