月別アーカイブ: 2019年5月

南区の神社など

 今日は、南区の神社を中心に歩いてみました。
【主な経路】
(日ノ出町駅)-子神社-横浜橋-金刀比羅大鷲神社-熊鷹大神-坂東橋-楠森稲荷神社-堰神社-お三の宮日枝神社-(中村町稲荷山)稲荷神社-白山神社-子神社-堀ノ内稲荷神社-(蒔田山ノ根)稲荷社-(蒔田)杉山神社-西森稲荷神社-若宮八幡宮-さくら橋-(弘明寺駅)


【子神社】中区日ノ出町2丁目132
 この地域には大黒天を祭った社がいくつかあるのですが、ここは日ノ出町駅から徒歩五分の子神社です。

 旧村社 子神社ねのじんじゃ
     由緒概要
創建は遠く推古天皇の時代(西暦六〇〇年頃)と伝えられる。中世の頃より赤門の東福寺が別当(兼務)として管理して来た。神社の古事や伝記は、たびたびの火災や内戦のたる焼失霧散してしまい、その間の事ははっきりしていない。この地域に伝わっている事には、この神社は昔。里鎮守とか不入人宮ひといれずのみやと稱していた。文禄三1594年の時、松平越前守が神社の霊地保護の為、御本社の四隅に禁制札を掲げ、人の入場を禁じた。享保八1723年には神社境内地を東西四十三間(約七八m)南北九間(訳十七m)と改められた。慶応元年(一八六八年)には、当時の太田村に原村西中村、上大田地区に祀られていた諸々の神社を合わせて祀ることになった。明治六年(一八七三年)七月村社に列せられる。(神祇院)大正四年(一九一五年)九月境内を拡張し諸般の設備を完成した。大正五年(一九一六年)十月十三日神饌幣帛料供進社となった。戦後には神社本庁に属する宗教法人と成る。


大国主命おおくにぬしのみこと子神社ねのじんじゃの由来
神話『因幡の素兎』で有名な島根県の出雲大社に祀られる大国主命は元来日本の国の神様(国つ神くにつかみ)の頂点で、国王でもありました。高天原に居られた天孫系の神々に(天つ神あまつかみ)に国譲りをされ、杵築宮きづきのみやに退かれました。その徳を慕い、全国多くの地に神社が創られ、位も高く祀られています。
大国主命のお遣いが(眷属)鼠・子に当るところから干支の十干・十二支の初めにあたる甲子(きのえね)の日に祭事を行っていた。(甲子大黒きのえねだいこく)(甲子祭こうしさい)六十日にその子の日が巡って来るところから、子の神様と俗に言われ、神社の名稱も子神社ねのじんじゃとなりました。同じ呼稱の神社として、子之大神ねのおおかみ子之権現ねのごんげんなどがあります。
大黒さまは元々仏教の戦闘神で、後に神道の大国主命と習合して七福神の一神として祀られました。


【金刀比羅大鷲神社】南区真金町1丁目3
 横浜橋商店街近くの金刀比羅宮です。拝殿の続き屋に伏見稲荷も祀られています。

横浜市南区真金町鎮座
金刀比羅 大鷲神社 由緒
祭神 大物主命  崇徳天皇
   天之鳥船命 手力雄命
   日本武命
 当社は遠く安政六年(一八五九年)六月二日横浜が開港するにあたり港崎町(現在の横浜公園)に讃岐国象頭山(香川県琴平町)に鎮座する金毘羅大権現として創建された。慶応二年十月二十日の火災に類焼され翌三年吉原町に御遷座し更に明治五年に再び高島町に七丁目の海側に遷座し、金刀比羅神社と社号を改正した。これより先すでに万延元年(一八六〇年)十月六日港崎町名主佐吉代要助はかねて神奈川奉行に差し出していた琴平神社の発令許可に請書を出している。明治六年三月には地方長官の認可を受け無格社として神社明細帳に登録されることになり更に明治十五年四月に今の真金町に移転されこれが現在の神域であります。本来当社は花柳街に勧請せられたのでありますから其の移転と共にしばしばの御遷座が行われたものと思われます。大正十二年九月の関東大震災、更には大東亜戦争の戦災に惜しくも社殿は炎上され昭和二十五年仮社殿再建、平成元年八月鉄筋コンクリート入り母屋造りに建設されたものである。
 酉の市行事は明治初年高島町に金刀比羅神社が遷座された頃、江戸吉原の例に倣ってお酉様を同社境内に末社として勧請されこれが大鷲神社のはじめである。この頃から酉の市祭は盛んで、「海運守護」「商売繁盛」の守り神として崇敬厚く現在は戦後金刀比羅神社と御同座して現在の社号に社名変更された酉の市祭事はもっぱら武士階級の祭りでもあったようだが酉の市祭事が商人や花街の根強い開運守護または福運を熊手をもってかき集める縁起から喜ばれ神徳高く毎年十一月の酉の日盛大に斎行され当日は数百軒の露天
商が立ち並び開運の熊手を受けらける善男善女で殷賑を極め独占的に年中行事として有名である。
 稲荷社 祭神 宇迦之魂命
京都伏見稲荷大社の御分霊を祀り五穀を司り万民に働く食生活を授け導き人民を利し幸福を与え「稼業繁栄」「心願成就」「五穀豊穣」の御神徳ありて万物生成の霊験顕著なるものとして信仰がある。毎年二月の午の日が例祭である。


横浜市地域無形民俗文化財
   酉の市
 金刀比羅神社の境内社である大鷲<おおとり神社で毎年十一月の酉の日に行われている祭事で「お酉さま」と呼ばれ、横浜の年中行事として親しまれています。
 大鷲神社は明治五年に高島町に創建され、明治十五年に現在地に移されました。
 祭神である天之鳥船命<あめのとりふねのみことの御名に由来する酉の市は創建以来、大鷲神社の例大祭として、また年の暮れの訪れを告げる年中行事として、商売繁盛や福運をかき集める縁起物の熊手を買い求める人々でたいへん賑わいます。
 平成二十八年三月
                 横浜市教育委員会


 すし塚について ~商売繁盛・食物感謝~
このすし塚は神奈川県内にて寿司屋を営む人々(神奈川県鮨商生同組合)の希望により当社に建立されました。日々の生計のために他の生き物を犠牲にせざるを得ない鮨業の人々がその供養と感謝を表す為に建立しました。皆様も日々食事する中での生き物に対する供養と感謝をすし塚にお祈り下さい。
                 金刀比羅大鷲神社


【熊鷹大神】南区白妙町1丁目
 小ぢんまりとしたお社です。大鷲神社の分霊でしょうか。


【楠森稲荷神社】南区三春台17
 境内には稲荷社が多数あり、昭和時代に創建とある白龍辨財天の祠もあります。南区の歴史(1976)の金石一覧には楠森稲荷由緒碑と白竜弁財天由緒碑が記載されています。

     白龍辨財天由来

當地久良岐郡西中耕地山頂は霊山の氣色濃厚にして楠森稲荷大明神鎮座ましまし御告げにより白龍様の御霊存するを知れ里。時恰昭和弐拾五年拾弐月拾四日瀧壺より辨財天能御姿現れ給ひ直ちに當山に安置奉り同月弐拾弐日参拝の折「人能造りたるものに御霊は存せん自然にとぞ御霊は存する御霊入れと美影能形の如し」の御告げ登共に御姿黒きものなりしが白龍様の御色になり給ふ。「即ち神業な里」爾来霊験顕著なり。
   昭和弐拾六年拾弐月弐拾弐日
           使者 木村清一
           奉納 石坂英清


【堰神社】南区山王町5丁目32
山王橋近くの神社です。小社ながら合祀多数です。

  お三の宮日枝神社末社
堰神社せきじんじゃ     御祭神 水速女神みずはやめのかみ
水に関する一切の事を守護する神として、もとは吉田新田の最西、大岡川の水の取入れの大堰かの側らに奉祀され、後に此の地に遷座された。爾来、堰と咳が同音であることから、咳の病に霊験あらたかと広く信仰を集めている。
 線香と赤紙の小旗を賽銭と共に供え祈願し、其の平癒にあたっては線香を添えて川に流す風習があった。
庚申社こうしんしゃ道祖社どうそしゃ  御祭神 猿田彦神さるたひこのかみ
天孫瓊々杵尊ににぎのみことが降臨の際に先導された御功神。其の故を以て、旅の安全や足腰の病の平癒無事を祈り、奉賽の印として草鞋や草履を奉納し、社祠の周囲に掲げておく慣しがあった。
長者稲荷社ちょうじゃいなりしゃ   御祭神 宇迦之御魂神うかのみたまのかみ
五穀豊穣をはじめ、諸行繁栄・家内安全の守護神。もとは吉田新田を開発した。
 勘兵衛の邸脇(今の長者町九丁目)に奉祀されたと伝わる。
  平成三十年五月吉日
                堰神社奉賛会


     「咳止め守」について
 「堰神社」は、吉田新田の用水堰の守り神として鎮座されましたが、「堰」が「咳」と同音であることから、いつしか咳の神様としての信仰を広く集めるようになりました。
 爾来、堰神社には堰の病に悩む多くの参拝者が訪れるようになったという事です。
 このお守りは、咳神様のご加護に肖って、咳などの気管支の病の平癒を祈願して奉製したものです。
 お三の宮日枝神社の授与所授与しております。   お三の宮社務所


【お三の宮日枝神社】南区山王町5丁目
 名木古木多数のお社です。

     由緒
一、鎮座地 横浜市南区山王町参拾弐番地
一、社名  日枝神社ひえじんじゃ
一、祭神  大山咋命おおやまくいのみこと
      宇迦之御魂神うかのみたまのかみ
      氏子はその昔苫屋の一寒村の吉田新田なりしも、現在宮元地区・寿地区・伊勢佐木地区、埋地々区の四十余ヶ町となれり
一、例祭日 九月
一、由緒 舊は山王社稲荷社と称し後西天皇の御宇江戸の住吉田勘兵衛良信公が横浜吉田新田百十六町歩の埋立大工事を完成するに方りも新田住民の守護と五穀豊穣とを祈願のため寛文十三年九月十日社殿を建つ。なお吉田新田は万治年間より工を起し十有余年の歳月と私費八千両を投じて出来しゅったいせり。埋立によりおさんの伝説を生みたり。
一、社職 角井職部尉藤原重勝初代神社主となり、尔来三百年現宮司に至り奉仕す
一、社宝 獅子狗 寛文十三年九月十日 吉田勘兵衛良信寄進
     大神輿 昭和九年氏子寄進
     神輿車 同右
一、附記 稲荷神社(旧稲荷社)は昭和五十二年六月二十五日日枝神社に合祀し社殿の一部は神楽殿に改装す


横浜市地域史跡
吉田新田鎮守(日枝神社)境内
          平成二年十一月一日登録
 日枝神社は、吉田新田の開発者である初代吉田勘兵衛良信が、江戸の山王神社を勧請し、新田の鎮守として寛文十三年(一九七三)に創建したもので、お三の宮の愛称で市民の間に親しまれています。吉田新田の地域は、現在の関外地区の大半を占め、中区伊勢佐木町をはじめ、南区にわたって四十ヶ町を数えます。神社境内には、延宝二年(一六七四)の手水鉢があり、社宝として木彫獅子狗が残されています。例大祭は、毎年九月中旬に盛大に行われています。
 平成三年三月
                     横浜市教育委員会


【中村町稲荷山神社】南区中村町4丁目282
 中村町の稲荷社です。稲荷坂を登り詰めるとと辿りつけないお社でした。

  再建参拾年記念碑
当稲荷山稲荷神社は正一位伏見大明神乙女大明神秋元大明神三大稲荷大明神を祀り其の歴史は古く横浜開港以前より稲荷山の山頂に祭祀され多くの市民の守護神として信仰厚し
昭和弐拾年五月廿九日横浜大空襲の災害に一切焼失したが故榎本幸太郎氏ほか中村四丁目有志多数の努力により現有地に安置す此乃度茲に中村町四丁目稲荷講結成参拾年にあたり之を記念し町内安全を祈願しつゝ建立する。
昭和五拾六年弐月初午健之 石川堅治 寄進


【白山神社】磯子区上町12
 この地域ではあまりみかけない白山社です。祭神については言及されていませんでしたが、白山信仰と関わるのであれば、縁結びに霊験あらたかな菊理媛命と思われます。

 白山神社の歴史
[起源] 白山神社の起源は、神仏分離令により寶積寺から別れて、明治初年、村民有志十九名の共有地[武蔵国久良岐郡根岸村字上四八五番地]に『白山神社』として、建立されたと伝えられている。昔は、『歯』の神様と崇拝され、ご神体は、『白蛇』と謂れ、毎年十一月十七日に、祭礼が行われて来た。境内の石塔は、文政十三年庚寅(一八三〇年)三月に建造され、『願主上村中』と刻まれているところから推して、二百年近い歴史のある神社である。
[変遷]  ===秘蔵されていた資料より===
一、明治二十三年(一八九〇年)十一月十七日 白米五合、上酒二本などを供え、祭礼が行われた。以来、毎年その日に祭礼が行われて来た。
一、明治二十八年十月五日 氏子講中の一ツとして『伊勢講』が開かれた。
一、明治三十三年二月 『稲荷講』が始まり、『御手洗石』が設置された。
一、明治三十九年十一月十七日 『根岸町字上氏子中』が、鳥居を建立した。当初の一は、百米位下の方で、大正六年二月九日に現在の位置に移築された。
一、大正四年十一月、御大典奉納の據集が行われ、一〇一名より浄財、金四拾五円六拾銭が寄贈された。
一、大正五年五月一日 社伝の大改修工事が完了(総費用 参拾弐円弐六銭)関係者二十二名より、寄付金が寄せられた。
一、昭和二年十一月十七日 参道の石段及び石垣の工事が施された。
一、昭和五十一年十一月十七日 戦時中・戦後の一字、中断していた講中を復活して、地主十九名の登記が完了して『氏子の会』を結成し、祭礼も復活することになった。
一、平成五年十一月十七日 社殿建替え並びに石段等の補修工事が完了して、竣工式が執り行われた。
一、平成十二年十一月十七日 『氏子の会』発足百十周年記念式典を盛大に開催して、記念し『上町・白山さまの歴史』を発行した。
一、平成十六年九月 土地の共有者十五名の総意により、原点に還り、境内の土地を寶積寺に委譲した。今後は、上町々内の有志にて『白山さまの会』を結成して、管理・運営を行うこととなった。
一、平成二十年十一月十七日 明治三十九年十一月に建立された鳥居は関東大震災にも耐えてきたが、老朽化してきたので白御影の美しい鳥居に建て替えられた。
一、平成二十二年十一月十七日 『上講中』発足(明治二十三年(一八九〇年))百二十年を迎えたので「続上町白山さまの歴史」を発刊し例大祭を開催した。
     平成二十二年十一月十七日
                   白山さまの会


【子神社】南区堀ノ内町2丁目134
 南区堀ノ内の子神社、字柿ヶ谷に鎮座した杉山神社が合祀されています。御神木のイチョウで結構大きな樹ですが、名木古木には登録されていないようです。

鎮座地 横浜市堀ノ内町2-134番地
御祭神 大国主命・倉稲魂命
御神徳 産業加護・医薬・縁結びの神
由緒  昭和20年4月15日戦災により全焼して創立何月日不明なるも古老言によれば………、起源は磯子区岡村の三殿台の山続きであること等により古墳時代と推定される。何時の頃から江戸時代までは室生寺別当が兼帯したが明治16年2月村社に列せられる。戦後宗教法人となり昭和28年に氏子中の協力により本殿、社務所、神楽殿が復興して今日に至る。
例祭日 毎年8月25日・26日頃
御神木 いちょう 樹齢約500年余
※地鎮祭・初宮等各種祈祷お受け致します。
     子之神社 社務所


【堀之内稲荷神社】南区堀ノ内2丁目211

 蒔田城跡近くの稲荷社。境内社としての稲荷社も多数です。


  堀ノ内稲荷神社の由緒沿革
この地域は、お稲荷さんの祠の多い処でした。
大正時代には神道系・扶桑教の教会となりました。
同時に紋栄講も設立されました。
昭和三年に京都の伏見稲荷大社より正一位稲荷の御分霊を賜りました。昭和二十八年に宗教法人となるに際し名称を堀ノ内町の町名をとって堀之内稲荷神社となりまして、現在に至っております。
 御祭神 宇迦御霊大神
 御神徳 五穀豊穣・家内安全・商売繁盛
 例祭日 五月十三日(現在 前の日曜日)
 付属の建築物 本殿  昭和四十一年に改築
        参集殿 平成十年に改築
        招魂殿 平成九年に改築
        教化事業 付属 三星幼稚園
        (昭和二十三年創立 平成七年建替)


【稲荷社】南区蒔田山ノ根
 蒔田の森公園に隣接する稲荷社です。


【(蒔田)杉山神社】南区宮元町3町48
 蒔田の杉山神社です。平日の昼間は幼稚園となっていて立ち入れ禁止ですので、今日初めて境内に入ることが出来ました。


【西森稲荷大神】南区蒔田町原105
 境内には、田ノ原大黒天の小詞もありました。

     西森稲荷大神 ご由緒
西森稲荷神社は古くは蒔田稲荷、大原稲荷として農耕食物の御神徳与える豊受大神を奉斎して来ました。江戸の時代においては除地として租税免除の区域とされ、明治の時代に神仏混合分離制度また神社合祀令発布により杉山神社(南区宮元町)に合祀される事になりました。
『数百年来の此の地を離れることを惜しみ合祀により廃社すると云えども神霊はなお此の地に静まり給う』
御神託を受け、蒔田町の有志らが合議を重ね旧文部省教会所制度に改めて官許を得、西森稲荷大神を奉斎し、杉山神社神職がこれを兼任する形となりました。
当神社の御神徳の評判は遠く房総方面にも響き。それを証明する供物や日清日露戦争の戦勝祈願の記録を現在に伝えています。
また1923年(大正12年)の関東大震災では大岡川・中村川区域が八割以上の全壊に見舞われたにも関わらず奇跡的にも当社区域は類焼を免れました。
また別の時代には神狐の声に目を覚ました神職が山上の神殿に火災の類が及ぶのを未然に防いだ事もありました。
以下は当時の人々が西森稲荷大神の御神威を崇敬した言葉であります。
〇思うに一に祈願信仰者の真心によって、また稲荷大神の御神徳霊験の顕著なるを知るべきなり
かくの如き広大無辺極まりなき御功徳の大神がいらっしゃるなら此の世の生きとし生けるもの全てが大神のご加護を受け、人々がその御威光を仰ぐだろう
※ 注 現在当社は金刀比羅大鷲神社(南区黄金町)の兼務社です
          昭和11年に当社氏子崇敬者たちにより記す


おもかる石
古来より伝承された占いです
御真言
神威如嶽しんいじょがく
神恩如海しんおんじょかい
右の御真言を三回唱えて願い事を念じ持ち上げて下さい。軽く感じたら願い事が叶います。
     合掌
平成七年十月吉日
  郷社西森稲荷教会


【若宮八幡宮】南区大岡1丁目5-1

   若宮八幡宮御由緒
御祭神 大雀命おほさざきのみこと(仁徳天皇) 誉田別命  武甕槌命
    天照皇大神     道志留邊命 猿田彦命
    伊邪那美命     市杵島姫命 事解男命
御神徳 大雀命(仁徳天皇)は、往古国民に衣食住の道を教えられていたが、或る年高殿に上られ四方を見渡したところ、冷害続きによりどの家からも竈の煙が見えず。多くの国民が食することに困窮していることを知り、天皇ご自身が質素倹約に努められると共に、向こう三年間の税の納付を免せられ、その三年後に国民の生活が多少豊かになったのを喜び、更に三ヵ年間の免税を実施され、国民と共に国家の創建に力を尽くされた方で、生命の充実、発展の御守護を土台として、国の護り、産業、事業のみちをお授け下さった神様であります。
由緒沿革 源頼朝が鎌倉に幕府を開くにあたり、武蔵国久良岐郡(横浜市の南部地
域)の今の地が、鎌倉の鬼門にあたるので、厄除け鎮護等の目的をもった数ヵ所に社寺を創建しましたが、そま一つとして当若宮八幡宮は、建久四年(西暦一一九三年)九月七日鶴岡八幡宮の境内社である若宮八幡宮の別宮として創建されたと伝えられています。当初は若宮八幡大神と号し、神佛習合の社で永く久良岐郡大岡川村下大岡の鎮守として、諸人の崇敬が大変厚く、建立以来今日に至るまで凡そ八百余年の間、平和と豊かな生活即ち天下泰平、五穀豊穰の祈りの庭として、また、氏子の魂の尊厳を自覚する聖域として護持されて来ました。永禄七年、北条氏康の命によって灌大僧正源秀天が当若宮八幡宮の別当となり、寶積寺と稱して以来現在に至っています。明治六年村社に列せられ、明治三十九年には神社統合の趣旨に基づき、近隣八社の氏子信徒が協議の上、明治四十一年十一月二十五日若宮八幡宮に合祀され、十九ヶ町の総鎮守となりました。昭和二十二年(西暦一九四七年)第十七代寶積育三宮司は、第二次世界大戦後の道義の弛緩、思想の低下、世情の混迷頽廃を憂い、十九ヶ町の氏子有志と協議し、若宮八幡宮奉賛会(渡部清治会長)を組織し、神威の加護のもとに恒久の平和を祈願し、併せて祖国再建の成就を念願し、由緒深きこの宮を維持し愈々神威顕揚に奉仕し、念願達成に努める事としました。昭和三十六年、祖先が建立した床しい茅葺きの社殿もいたく古し。風雨に耐え難くなったので、時の寶積一郎宮司のと二代目奉賛会加藤五十春会長及び氏子十九ヶ町奉賛会理事との協議により、氏子各位からの浄財を仰ぎ、社殿等の御造営再建を行うことを決め、現在の本殿(鉄筋コンクリート造)幣殿拝殿(銅板等木像八幡造)及び神楽殿、社務所が昭和三十九年十月に再興され今日に至りました。平成六年は、宮社造営三十周年を迎えるにあたり、記念事業を興すべく三代目奉賛会種田百一会長はじめ氏子が総意を結集し、その記念の一つとしてこの若宮八幡宮由緒碑及び若宮招魂社由緒碑を建立したものであります。
大祭  八月第四土曜日及び日曜日
中裁  一月七日・五月七日
小祭  除夜祭 元旦祭
月例祭 毎月七日
天満宮・伏見稲荷大明神・浅間神社・若宮招魂社


  若宮招魂社由緒
御祭神 第二次世界大戦(昭和十六年十二月から昭和二十年八月まで)において、氏子十九ヶ町の地域から出征し、戦没された軍人、軍属、看護婦さん等四百八十余柱の方々をお祀りしてあります。
由緒  昭和二十七年(西暦一九五三年)時の寶積育三宮司は、若宮八幡宮奉賛会初代会長(渡部清治氏)並びに奉賛会理事等と協議し、かつ、末永くその栄誉を讃えるため建立したものであります。


 その他、本日撮影の写真です。

【子育地蔵尊】中区伊勢佐木町7丁目
安産子育地蔵尊(一六地蔵尊)由来
 富山県出身の僧、奥田眞眠が明治三十七年この地に、横浜善光寺別院を創建し、子宝が授かりすくすくと丈夫に育つようにと現世利益の守り佛として、お地蔵様を安置されました。そのお姿は左手に嬰児を抱き、左手には錫杖を持たれた坐像であり、信仰を広く集めていらっしゃいましたが、大正十二年、九月の関東大震災、昭和二十年五月の横浜大空襲と未曽有の大災害を我々市民と共に二度も受難されました。震災、戦災の供養もこめ霊験あらたかと信仰され、一と六のつく日に縁日が行われることから「一六地蔵」とも呼ばれ、今でも親しまれております。
御利益はどなたにも及んでおります。
   安産子育 恋愛成就 授かり祈願
   家内安全 交通安全 商売繁盛


【参考】
 光のモニュメント(大通公園光の波間広場)
 キンレンカ Tropaeolum majus
 子育地蔵尊(勢佐木町7丁目)
 万治橋、南吉田橋、駿河橋、記念碑(富士見川公園)
 道慶地蔵尊
 ガクアジサイ Hydrangea macrophylla f. normalis
 庚申塔(南区山王町5丁目32)
 マルバストラム Malvastrum lateritium
 月下美人 Epiphyllum oxypetalum
 ブライダルベール Gibasis pellucidia
 さくら橋

【文献】
 南区の歴史発刊実行委員会(1976)南区の歴史、650p.

横浜イングリッシュガーデンのバラなど

 そろそろ季節も終わりなので、イングリッシュガーデンのバラを見に行きました。


【参考】
バラ
 ブラッシング・アイスバーグ Rosa‘ZENfupinkice’Blushing Iceberg
 さくら Rosa‘ZENposakura’ Sakura
 ベリー・ベリー・ベッキー♭♯・ローズ Rosa‘Very Berry Beckey ♭♯ Rose’
 ドロシー・ハウス Rosa ‘FRYniffi’ Dorothy House
 ストロベリー・アイス Rosa ‘DELbara’ Strawberry Ice
 群舞 Rosa ‘Gunmai’
 デンティ・ベス Rosa ‘Dainty Bess’
 ブルー・バユー Rosa‘KORkultop’ Blue Bajou
 スペシャル・オケージョン Rosa ‘FRYyoung’ Special Occasion
 淡雪 Rosa ‘Awayuki’ Rosa ‘ZENshuchampagne’
 雪っ子 Rosa‘Yukikko’
イヌバラ Rosa canina
斑入りテリハイバラ Rosa luciae ‘Variegata’
ハマナス Rosa rugosa
ガクアジサイ
 初霜 Hydrangea macrophylla f. normalis ‘Hatsushimo’
ヤマアジサイ
 海峡 Hydrangea serrata ‘Kaikyo’
ヨーロッパナラ Quercus robur
セッコク Dendrobium moniliforme
クレマチス(インテグリフォリア系) ‘アフロディーテ・エレガフミナ’ Clematis ‘Aphrodite Elegafumina’
スモークツリー Cotinus coggygria
イワガラミ Schizophragma hydrangeoides
セイヨウイボタ Ligustrum vulgare

晩春のヴェルニー公園で

 懸案事項が解決したので、午後から近くを散策してみました。ヴェルニー公園のバラは、多くの品種が今まさに見頃です。
2018年5月12日 2017年5月21日 2016年5月14日 2015年5月10日 2013年5月18日
【主な経路】(自宅)-浜見台-沼間-船越-大田坂(おったざか)の道六神-十三峠-塚山公園-逸見-ヴェルニー公園-長浦-田浦-深浦-(自宅)




【参考】
 イヌバラ Rosa canina
 ロサ ガリカ “ヴェルシコロール” Rosa gallica “versicolor”
 ハマナス Rosa rugosa
 ロサ キネンシス Rosa chinensis
 バラ Rosa spp.
  レオナルド ダ ヴィンチ
  ペイント ザ タウン
  ノックアウト
  サンライズ サンセット
  バフビューティー
  マジカルミラクル
  ジャクリーヌ デュプレ
  ラストタンゴ
  ファニーフェイス
  レーヌ ビクトリナ
  ピンクドリフト
  ローブリッター
  レッドドリフト
  バレリーナ
  伽羅奢がらしゃ
  マジカルミステリー
  プロスペリティー
  アプリコットドリフト
  ニュードーン
  マダムサチ
  マーガレットメリル
  アイスバーグ
  ブルームーン
  サニーノックアウト
  シャルル ド ゴール
  ブルーパフューム
  ブルーバユー
  ブリーリバー
  ディズニーランド ローズ
  アルブレヒトデューラーローズ
  フラグレントアプリコット
  フィリップ ノワレ
  桜霞さくらがすみ
  ピンクサクリーナ
  つるコールドバニー
  ミミ エデン
  イースターイエロー
  レトランジェ
  インディアン メイアンディナ
  スウィート ダイアナ
  スカーレット オベーション
  ひめ
  ティア ドロップ
  桜木さくらぎ
  ホワイト ウィングス
  エレン ウィルモット
  ミセス オークリー フィッシャー
  デンティ ベス
  湘南ファンタジー
  ラブミーテンダー
  ローズ ヨコハマ
  チャイニーズ レニ マッキントッシュ
  ザ ダーク レディー
  コテージ ローズ
  アンジェラ
  ケニギン ベアトリックス
  プリンセス アイコ
  ジュビレ ドゥ プリンス デ モナコ
  ステファニー ドゥ モナコ
  プリンセス ミチコ
  トレジャー トローブ
  つるサマースノー
  ヘルツアス
  ファッショニスタ
  希望きぼう
  ファーストインプレッション
  ツベルゲンフェー’09
  ノヴァーリス
  アライブ
  光彩こうさい
  ラバグルート
  玉かずら
  つるアイスバーグ
  パパ メイアン
  ビクトル ユーゴー
  ブラッシュ ノアゼット
  スイート ジュリエット
  粉粧楼Fen Zhang Lou
  フィンブリアータ
  スーヴェニール ドゥ ラ マルメゾン
  マダム アルディー
  レダ
  イレーネ ワッツ
  一葉いちよう
  くれない
  天の川あまのがわ
  聖火せいか
  琴音ことね
  笑みえみ
  ラベンダー メディランド
  イエローサブマリン
  つるジュリア


 その他、本日撮影の写真です。


【参考】
 ジューンベリー(アメリカザイフリボク) Amelanchier sp.
 ノハタカラクサ Tradescantia flumiensis
 トベラ Pittosporum tobira
 コゴメウツギ Stephanandra incisa
 マユミ Euonymus hamiltonianus
 ガマズミ Viburnum dilatatum
 ウツギ Deutzia crenata
 マルバウツギ Deutzia scabra
 ウグイスカグラ Lonicera gracilipes
 クサイチゴ Rubus hirsutus
 ウバユリ Cardiocrinum cordatum
 ウスベニアオイ Malva sylvestris
 カラクサナズナ Lepidium didymum
 ユウゲショウ Oenothera rosea
 テイカカズラ Trachelospermum asiaticum
 ツルニチニチソウ Vanca major
 ハコネウツギ Weigela coraeensis
 ヒレハリソウ Symphytum officinale
 ドクダミ Houttuynia cordata
 ニガナ Ixeris dentata
 オニタビラコ Youngia japonica
 ハハコグサ Gnaphalium affine
 モミジイチゴ Rubus palmatus var. coptophyllus
 ユキノシタ Saxifraga stolonifera
 大島桜(おおしまざくら)Cerasus speciosa
 (逸見小学校の)クスノキ Cinnamomum camphora
 カラタネオガタマ Magnolia figo Syn. Michelia figo
 トケイソウ Passiflora caerulea
 レモン Citrus limon
 クサフグ Takifugu niphobles
 カキノキ Diospyros kaki
 スイカズラ Lonicera japonica

WordPressを5.2にバージョンアップ

 きっと面倒になるに違いないと先延ばしにしていたPHP7.xへのバージョンアップ、WordPress5.2にアップするには前提条件となってしまいました。そこで、意を決して、いろいろ設定変更してみました。
 予想通り、前回makeでコンパイルしていたのが仇となって(?)結構面倒でした。PHP7.xに上げるためには、連携するMySQLをmysqlからmysqliに変更せねばならず、これにともなってSocket位置を明確に定義しなければならなくなっていました。わかってみれば大したことではないのですが、結局一日仕事となりました。
 Red Hat Linuxは、既にEnterprise 8がベータ公開されています。RHLのクローンであるCentOSも6.X系の開発は終了しており、サポート終了が2020年11月30日に迫っています。そろそろOS(CentOS 6.10 final)の入れ替えも視野にしないといけない時期です。

【バージョンアップ後】
 WordPress 5.2-jp
 PHP / 7.0.2

大船フラワーセンターのバラ

 今日は、家内と二人で大船フラワーセンターを訪れました。撮影は、バラが中心でしたが、シャクヤクも見頃を迎えていました。


バラ Rosa spp.
 ラベンター ドリーム
 金蓮歩きんれんぽ
 サン ガッディス
 ティファニィ
 るる
 ミセス オークリィ フィッシャー
 ムーンライト バビロン
 プリンセス バビロン
 バベル バビロン
 フリージア
 フレグラント アプリコット
 アイスバーグ
 ガーデン オブ ローゼズ
 ゴルドマリー’84
 ホワイト マジック
 うらら
 ブラス バンド
 マーガレット メリル
 パパ メイアン
 香澄かすみ
 ムーン シャドウ
 夢
 アカペラ
 ダブル デライト
 ステファニー ドゥ モナコ
 紫香しこう
 芳順ほうじゅん
 シャコック
 つるフレンチレース
 オクラホマ
 マヌウ メイアン
 ヨハネ パウロ 2世
 パスカリ
 パローレ
 カトリーヌ ドゥヌーブ
 ラブ
 うたげ
 桃香ももか
 シークレット パフューム
 ソリドール
 ローラ
 ホワイト マスターピース
 カナリー
 ピンク・パンサー
 プリスタイン
 はまみらい
 ブライダル ソニア
 ラブ ミー テンダー
 ラブ ユー
 スターマイン
 アルバ メイアンディナ
 レダ
 グルス アン テプリッツ (日光)
 ローズ ド メイ
 パーペチュアル ホワイト モス
 アラン ブラシャール
 ド ミュー
 ユノー
 コンラッド フェルディナド メイヤー
 ペネロープ
 レオネ ラメッシュ
 粉粧楼Fen Zhang Lou
 メイクイーン
 パウル リカルト
 グルワール ドゥ ドゥシェール
 バタースコッチ
 チャンピオン オブ ザ ワールド
 テラコッタ
 フラウ カール ドゥルスキー
 ヘンリー ネワード
 ラ フランス
 ゴールデン チャッピー
 ボレロ
 ピース
 桜貝さくらがい
 琴音ことね
 ピンク サクリーナ
コウシンバラ Rosa chinensis
 グリーン ローズ Rosa chinensis var. viridiflora
ノイバラ Rosa multiflora “K-2”
モッコウバラ Rosa banksiae var. banksiae
モッコウバラ Rosa banksiae “Lutea”


以下、その他の写真です。


【参考】
 スイレン Nymphaea spp.
 デンジソウ Marsilea quadrifoliate
 ミズキンバイ Ludwigia peploises subsp. stipulacea
 アサザ Nymphoides peltata
 オモダカ Sagittaria trifolia
 シダレグワ Morus alba ‘Pendula’
 アレチモウズイカ Verbascum virgatum

西区の名木古木

 今日は午後から西区を散策しました。
戸部杉山神社】西区中央1丁目13-1


 鶴見川、帷子川、大岡川などの流れる地域に分布する杉山神社です。横浜市の公表資料によれば、ケヤキが1本、イチョウが4本登録されているのですが、案内板はないので特定はできませんでした。
 古木と思われるケヤキは拝殿前の1本と鳥居近くで注連縄の張られている1本ですが、前者の方が見栄えがします。一方、後者は主幹が失われており、こちらが御神木と思われます。大きなイチョウは6本あり、幹回りの太いのは拝殿横の4本で、恐らくこの4本が名木古木に指定されているのでしょう。
横浜市指定名北古木
 ケヤキ No.49183
 イチョウ No.49184, 49185, 49186, 49187


【願成寺】西区西戸部3町290


 法亀山地福院願成寺は天文71538年創建と伝えられる古刹です。イチョウとタイサンボクのほか、名木古木には指定されていませんでしたが、本堂脇のコブシもなかなかの大木です。
タイサンボク No.49189
イチョウ No.49188
イチョウ No.50014


【伊勢山皇大神宮】西区宮崎町64


 伊勢山皇大神宮は野毛山に明治時代に勧請された天照皇大神わ祭神とする神社です。2010年に指定された名木古木は6本を数えます。
横浜市指定名北古木
 クスノキ No,201071
 ソメイヨシノ No.201072
 スダジイ No.201073
 ソメイヨシノ No.201074
 クスノキ No,201075
 タブノキ No.201076


【羽沢稲荷】西戸部町1丁目103


 羽沢稲荷の御神木のイチョウです。
横浜市指定名北古木
 イチョウ No.201088


 以下、その他本日撮影の写真です。


【参考】
 ケヤキ Zelkova serrata
 イチョウ Ginkgo biloba
 タイサンボク Magnolia grandiflora
 クスノキ Cinnamomum camphora
 染井吉野(そめいよしの)Prunus x yedoensis
 スダジイ Castanopsis sieboldii
 タブノキ Machilus thunbergii
 シラキ Sapium japonicum
 ミドリハカタカラクサ Tradescantia fluminensis ‘Viridis’
 イヌホウズキ Solanum nigrum
 カキノキ Diospyros kaki
 ハクチョウゲ Serissa japonica
 稲荷社(南区永田東1丁目6-45)
 ヤマグワ Morus australis
 春日神社:南区永田東2丁目37-1
 スイカズラ Lonicera japonica
 オヤブジラミ Torilis scabra
 ヤエムグラ Galium spurium
 夕景
 トベラ Pittosporum tobira

ガーデンネックレス2019春-里山ガーデン

 これまでガーデンネックレス横浜は、みなとみらい地区しか見たことがありませんでしたので、今日は里山ガーデンを訪ねました。園芸種が多いので、名称、特に学名はほんの参考です。

【参考】
 ガーデンベア
 大花壇(北側)
 大花壇(南側)
 オルレア Orlaya grandiflora
 ネモフィラ Nemophila menziesii ‘Insignis blue’
 ハナビシソウ Eschscholzia californica
 リナリア・マロッカナ Linaria maroccana
 カンパニュラ Campanula spp.
 ノースポール Mauranthemum paludosum
 キンギョソウ Antirrhinum majus
 ボラゴ属の一種(?) Borago spp.
 ドウカンソウ(道灌草) Vaccaria hispanica
 オニゲシ Papaver orientale
 ビオラ・シャトン ビオレブラン Viola “Chaton Violet Blanc” (?)
 セイヨウオダマキ ブラック バロウ Aquilegia vulgaris “Black Barlow”
 デージー Bellis perennis
 ラナンキュラスラックス・ピュタロス Ranunculus Rax“Phytalos”
 ディモルフォセカ Dimorphotheca spp.
 ヤグルマギク Centaurea cyanus
 セイヨウオダマキ ブラックベリー Aquilegia vulgaris “Black Berry”
 ラナンキュラスラックス・アリアドネ Ranunculus Rax“Ariadne”(?)
 ホウノキ Magnolia obovata
 ラグラス・バニーテール Lagurus ovatus “Bunny Tail”
 ヒメハナビシソウ Eschscholzia caespicata
 ジギタリス Digitalis purpurea
 ニワナズナ Lobularia maritima


 その他、四季の森公園などで本日撮影した写真です。


【参考】
 チガヤ Imperata cylindrica
 ユウゲショウ Oenothera rosea
 四季の森公園
 キンラン Cephalanthera falcata
 ナルコユリ Polygonatum falcatum
 ミツバウツギ Staphylea bumalda
 キブシ Stachyurus praecox
 ツルアジサイ Hydrangea petiolaris
 セリバヒエンソウ Delphinium anthriscifolium
 ツボスミレ Viola verecunda
 シャガ Iris japonica
 ササバギンラン Cephalanthera longibracteata
 ヤマモミジ Acer amoenum subsp. matsumurae
 ベニシジミ Lycaena phlaeas
 ペンギンのぼり
 レッサーパンダのぼり
 シラン Bletilla striata
 ヤブキリ Tettigonia orientalis
 キツネアザミ Hemisteptia lyrata
 オニタビラコ Youngia japonica
 ブタナ Hypochaeris radicata
 ヤマグワ Morus australis
 ホソヒラタアブ Episyrphus balteatus
 ズーラシア
 サクラの実 Cerasus spp.
 庚申塔(旭区今宿東町715-1)
 白根福音協会(旭区白根4丁目5-4)
 ナツグミ Elaeagnus multiflora
 マツバゼリ Cyclospermum leptophyllum
 チチコグサモドキ Gnaphalium uliginosum
 ヒメシャリンバイ Rhaphiolepis umbellata
 瀬戸神社のカヤ
 雷神社のイチョウ

横浜市指定名木古木を巡る-緑区、旭区

【慈眼寺のイトヒバ】緑区寺山町229
 この木は、2019.3.13付の横浜市の公開リスト(緑区)には記載されておらず、お勤め中のご住職(?)によりますと、指定は解除されたようですが、なかなか立派なサワラです。


【八幡神社のイチョウ】緑区台村町563
 No.49486 イチョウ
 現在の指定木はイチョウ1本だけの様です。


【神明社の社叢林】旭区今宿西町576、
 かつて2本あったこの神社のケヤキのもう一本は滅失したようです。


 No.48106 イチョウ
 No.49168 ケヤキ
 No.49170 アラカシ


【本立寺のイチョウとサルスベリ】旭区今宿西町574
 感應山本立寺には、イチョウ(2本)とサルスベリ、ヤマモミジが登録されていたようですが、現在はイチョウ2本とサルスベリを見ることが出来ます。


 No.49171 イチョウ
 No.49172 イチョウ
 No.54006 サルスベリ


【サクラ】旭区白根6丁目64-10
 私有地につき、近くには寄れず詳細は不明ですが、桜であることは間違いなさそうです。2019.3.13付けの横浜市の公開リスト(旭区)によれば、ヤマザクラとなっています。


  御神木
通称 山の神の桜の
この木は奈良朝の末この地に植林された大和桜の櫱で世々御神木と言伝えられています。     昭和三十七年十一月
         斉藤可一氏口伝


【ヤマザクラ】旭区白根6丁目67-11


 ヤマザクラ No.48095
 こちらは道沿いの桜です。説明板をよく見ると日付が異なっていました。
  御神木
通称 山の神の桜の
この木は奈良朝の末この地に植林された大和桜の櫱で世々御神木と言伝えられています。     昭和三十八年一月一日
         斉藤可一氏口伝


【白根神社のイロハモミジ】旭区白根3丁目31


 イロハモミジ No. 48093
 白根神社と白根不動は一か所で登録されおり、他にもイチョウとヤマザクラがあるようですが、今回は見つけることが出来ませんでした。


【白根不動のカヤ、イロハモミジ】旭区白根3丁目26-1


 カヤ No.48089
 イロハモミジ No.48087:


白根不動・白糸の滝
 社伝によると、『前九年の役(1053~1062)の際、八幡太郎源義家は兜の内に不動明王坐(座長1寸7分伝弘法太師作)を納め奥州に向い勝利を挙げたことにより、康平6年(1063)鎌倉権五郎景政に命じて社殿を造立し、この座像を祭った。これが不動堂の起源である。建久2年(1191)堂宇を再び造立したが、正慶年間(1332~1333)新田義貞の鎌倉攻めの折、この辺りの社寺はすべて烏有に帰した。その後、元禄7年(1694)に社殿を再建したが、大正8年(1919)火災で焼失し、即建立されたのが現在の社殿である』といいます。
 不動堂の別当職白瀧山正願寺し明治初年廃寺となり白根神社となりましたが、神仏混合時代の仏教の影響が残り、“白根のお不動さん”として近郊近在の人々から親しまれています。
 境内には、幅7m、落差3.2mの“白糸の滝”があります。
          社団法人 横浜国際観光協会
          横浜市教育委員会文化財課
                  平成3年3月


【参考】
 サワラ Chamaecyparis obtusa ‘Pendula’
 イチョウ Ginkgo biloba
 サルスベリ Lagerstroemia indica
 アラカシ Quercus glauca
 イロハモミジ Acer palmatum
 ヤマザクラ Cerasus jamasakura
 カヤ Torreya nucifera

武相国境を歩く-石塔群

 この地区では境川の両岸、すなわち旧相模、武蔵の国のどちらにも双体道祖神が残されているようです。堅牢地神塔が多く、しかも石塔を集めた場所の中心に坐していることも特徴です。月待ち塔があることにも興味が持たれます。
 石塔マップ
【石塔群】栄区飯島町175(飯島南谷交差点)


二十三夜塔、双体道祖神、庚申塔
    供養塔
  六地蔵尊並に庚申塔の由来
 いつのころ建立されたものが、その年代は詳らかでないが、以前よりこの地飯島町涼戸一七四番地に六地蔵尊並に庚申塔、二十三夜塔が、三米足らずの細い道路端に安置されていたが、昭和三十年農道拡幅工事の際、飯島町民相違によって岩窟を穿ち、ここに移転安置しました。しかるにまたも再度の周辺地域の開発による環境の著しい変化に伴い、遷座を余儀なくされ景観その他往昔の俤は失はれたが、殆ど元の位置と同じ場所に移転安置することが出来ました。横浜市としても史跡保存に深い理解を示し、現在地に建設することになりました。
  昭和六十二年十一月吉祥
       大機山雲頂禅庵大岑誌


【双体道祖神】戸塚区小雀町486
 それほど古いとは見えませんでしたが、文久3年1863年と読み取れました。


【石塔群】戸塚区東俣野町1103
堅牢地神塔と庚申塔


【道祖神】戸塚区東俣野町
 石碑があるのでそれとわかりましたが、かなり磨滅が進んでいます。双体ではなさそうに見えました。


【小栗墓塔】藤沢市西俣野832
 たまたま通りかかった閻魔堂跡に小栗忠順おぐりただまさの墓石がありました。


閻魔堂跡(法王院十王堂跡)
 法王院十王堂、通称“閻魔堂”は慶長5年(1600)の建立といわれ、鎌倉材木座の浄土宗光明寺の末寺、あるいは同系統の藤沢の常光寺の末寺であったという。
 天保11年(1840)に火災により堂が焼失したが、閻魔大王座像・地獄変相十王絵図・小栗判官縁起図絵などは、村の若者たちの手により運び出され、難を免れた。
 これらの遺産は何れも花應院に現存する。土手番様の浪人の墓、歴代住職の墓が残っている。
  六会地区郷土づくり推進会議


【石塔群:俣野観音堂】戸塚区俣野町1028
 ここでも堅牢地神塔が中心に位置していました。


  俣野五郎景久と観音堂
 治承四年八月二十三日(一一八〇)伊豆に配流中の源義朝が平家政権打倒のため石橋山に挙兵すると平家側の総大将として是を襲ったのは藤沢の大庭景親であったが弟俣野五郎景久は家臣長尾兄弟(上杉謙信の祖)し源氏の先陣佐奈田与一を討ち取り、義朝軍は敗走辛うじて房総に逃れた。
 義朝が源家累代の家臣、千葉一族の協力を得て勢力を恢復し十月鎌倉に入府すると大庭影親を片瀬川畔で梟首し、五郎景久を遠く京都に敗走させて石橋山の報復を遂げた。
 寿永二年五月、俣野景久は平宗盛軍の将とし、頼朝の徒弟木曽義仲の軍と加賀の篠原で対戦したが、平家の敗戦濃厚で。武将の間から、いっそ源氏に鞍替えしてはとの話が出ると景久は強く反対し『武士としていさぎよく討死』の覚悟を示し、守護仏の観音像を家臣に託して母の待つ故郷、相模国俣野村に送って自らは壮烈な最期をとげた。
 いま篠原には景久の戦友で共に討死した斉藤実盛の墓はあるが、景久の墓はない。
 推うに実盛はまだ三歳だった義仲が殺されるのを救けた生命の大恩人であるが、是に反し景久は徹底した反源氏将なるが故に、その墓の建立が憚られたものに相違ない。
 景久に由緒のある観音堂は、茲、鎌倉街道西の道に接してはいるが、治承の昔からこの地に建立されていたかは定かではない。
     大正地区歴史散歩の会
         平成四年十月吉日 健之


【伝承小栗塚之跡】藤沢市西俣野410


    小栗伝説
 中世になると、浄土信仰が全国的に広まり時宗は浄土の教えに小栗説話なども交えて人びとの心をひきつけた。
 小栗伝説は、説教浄瑠璃などにも登場する。一度は地獄に落ちた判官は、閻魔大王の力によって再びもとの地に、餓鬼となってよみがえる。冥界の入口は小栗塚。娑婆への出口は土振塚すなふるいづか、遊行上人の情にもすがった判官は、はるか後方現世の、西方浄土熊野へと送られもとの美男子に生まれ変わる。美女照手姫車引の話もからめ。壮大なロマンとなる。
 今も「閻魔祭」や「判官絵解き」の行事の時に目にすることができる。
 「湘南ゆうき村」建設に伴って調査し、塚のもとの位置には、現在「伝承小栗塚」の碑が建っている。
          平成七年十月一日
     西俣野史跡保存会
     社会福祉法人 藤沢育成会


【堅牢地神塔】藤沢市西俣野380



【石塔群】佐波神社(藤沢市石川141)
 ここでも、堅牢地神塔が中央です。


【双体道祖神】藤沢市円行2丁目17-6


 その他、本日撮影の写真です。藤沢市の地神社は、阿波型地神塔での地神の一柱である埴山姫命はにやまひめが祭神だそうです。

【参考】
 コアオハナムグリ Gametis jucunda
 ワイヤープランツ Muehlenbeckia axillaris
 ツルハナナス Solanum laxum
 イモカタバミ Oxalis articulata
 ヒメフウロ Geranium robertianum
 ナワシロイチゴ Rubus parvifolius
 ヤブカラシ Cayratia japonica
 マダラウスナミシャク Hydrelia bicauliata
 レッドロビン Photinia glabra × P. serrulata
 ハルジオン Erigeron philadelphicus
 稲荷社(戸塚区東俣野町1709)
 マーガレット(木春菊) Argyranthemum frutescens
 俣野神社(戸塚区俣野町763)
 ハナショウブ Iris ensata
 ヤマグワ Morus australis の並木
 地神社(亀井野2丁目36-4)
 マツヨイグサ Oenothera stricta
 ビロードモウズイカ Verbascum thapsus
 ヒメイワダレソウ(英名:リッピア) Phyla canescens var. repens
 メキシコハナヤナギ Cuphea hyssopifolia (鷺舞橋)
 カラタネオガタマ Magnolia figo Syn. Michelia figo