杉山神社に関するメモ(暫定版)

 スギ(杉) Cryptomeria japonicaは、我が国では、古来、神の依代とされてきましたから、スギに纏わる名称を持つ神社が全国に多数分布しています(有岡、2010)。そのうち『スギヤマ』の名が入った社名の神社は、過去現在を通じて80社以上あったと推定されます。ここでは、これらのうち鶴見川流域に分布の中心を持つ神社についてのメモを残します。

【数】
 合祀等の理由で改名した社、末社なども含めると、2018年(平成30年)現在で73ヶ所を確認しました。江戸時代後期に編纂された新編武蔵風土記稿に記載された末社等の境内社を除く社は72社、昭和中期の杉山神社考(1956)本文の記載によれば42社、杉山神社考(復刻版,1978)に付された地図には48社あったことも分かっています。

【名称】
 確認できた中では『スギヤマ神社』、『スギヤマ社』、『スギヤマ大神』、『スギヤマ宮』の名称があります。また、新編武藏風土記稿には『スギヤマ明神社』『スギヤマ明神』も多数見かけます。ここで『スギ』と『ヤマ』は一体として用いられることが普通で、分離して使われることは殆どありません。このことの例外は、『八杉』と『小杉』ですが、八杉は八王子社と杉山社を合祀したことから、小杉は鎮座地の村名から取ったもので、どちらもかつては『スギヤマ神社』と呼ばれていました。
 なお、北関東に広く分布する『大杉神社』とは、祭神や分布から見て別系統と思われます。

【漢字表記】
 『スギ』に対して用いられている漢字は『杉』『椙』『杦』『檆』がみられます。下菅田社では今でも『杦』を使っていますし、金森7丁目の社では天和3年の棟札に『杦』が使われていたとのことです。金森6丁目の社の扁額には『檆』が使われていた他、大棚社の石碑でも『檆』を見かけました。
 一方、『枌』は續日本後紀などで使われていますが、戸倉(1956)も言及しているように、この字は本来『ニレ』を表す字であり、少なくとも現在の杉山神社での用例は確認できません。なお、これまでのところ『榲』『柀』の字もみておりません。

【系統】
 現在残されている社をその起源から整理することは困難であり、まして単系統であったかどうかは知る由もありません。ただし、葉山市上山口の杉山神社、墨田区の江島杉山神社、横浜市中区に2社ある厳島神社が別系統であることは、複数の文献から見ても間違いありません。
 青森県の杉山八幡宮、弘前市の杉山神社、川口市の杉山八幡神社、富士市の杉山神社、桜井市に少なくとも2社ある杉山神社、福岡市の杉山稲荷神社、等々他にも類似名称の社があるようですが、これらの神社は未調査につき、鶴見川流域の杉山神社との関係は分かりません。

【祭神】
 五十猛命、日本武尊のどちらかあるいはその両方を祭神とする場合が多いのですが、祭神に関する情報は口碑に依っていることが多いため、確たる記録は残されていないようです。これは、杉山神社だけでなく、仏教の興隆に伴う神仏習合、幕末から明治初年にかけての神仏分離、さらには明治末年頃の政府による一村一社の推進を受けて、その他の多くの神社にも共通するところです。

【分布】
 かつての分布を再現することは困難ですが、概ね多摩川の南側の、鶴見川、帷子川、大岡川などの流れる地域に限定して分布しており、現在の行政区分では横浜市、川崎市、町田市、稲城市、府中市となっています。殆どの社は多摩川の南側で、唯一の例外は大國魂神社(府中市)の相殿に勧請された杉山明神です。南限は、恐らく港南区の天照神宮に合祀された杉山神社、一番西に位置するのは町田市金森7丁目の杉山神社と思われます。旧國名でみるとすべて武蔵國の範囲内で、都築、橘樹、久良岐、南多摩(多磨)の4郡に相当します。
 分布の特徴としては、上述の流域分布と分布密度が非常に密であることです。合祀の進んだ現在でも隣の社までの距離は殆ど徒歩一時間以内となっていました。これはすぐに北に分布する氷川神社などと比較しても明らかです。

【歴史】
 續日本後紀卷第七、承和五年(八三八)二月庚戌【廿二】に『庚戌。武藏國都筑郡枌山神社預之官幣。以靈驗也。』とあるのが文献初出とされます。
 その後、續日本後紀卷第十八承和十五年(八四八・嘉祥元年)五月庚辰【廿二】に、
『庚辰。上幸冷泉院避暑。是日地震。奉授武藏國无位枌山名神從五位下。』と再出。下って、10世紀初頭には成立したとされる延喜式神名帳には、『都筑郡一座小 杉山神社』とだけ記載されています。これにより、この頃までに当時の都築郡にあった杉山神社が式内小社の地位を得たことがわかりますが、その社の正確な鎮座地、祭神等の文献情報は知られていません。

【式内社の推定】
 神社の社格を表す基準の一つとして延喜式神名帳(927)に記載されている式内社であるかどうかが問題とされることがあります。杉山神社は『枌山神社』として延喜式神名帳に記載されていますが、その社が何処であったかは比定されておらず、新たな文献が発見されない限り今後とも特定することは難しいと考えられます。そもそも神名帳に記載されている社が単独であったか、またそれが最も古い社であったかも定かではないのですが、式内社がどこであったかの議論は、三橋(1976)に詳述されています。

【祭事など】
 神職や管理人が社務所や境内に住しているケースは希です。これは杉山神社に限りませんが、いくつかの社を兼務している関係から例祭日を微妙にずらして対応していることもある様です。正月のように日にちをずらすことができない場合には、一定の社で対応せざるを得ないことから、人が集まる社とそうでない社が明確になっています。従って、地域コミュニティーでの活用については、まだまだ検討の余地があるようです。

【周辺植生】
 都市開発が進んでいる地区ですので、社の周辺植生は概して貧弱です。とは言え、緑の孤島となっている個所も少なくなく、植生保全の拠点として保全していくべきです。社の名称となっている『スギ』が気になる所ですが、神木とは言えないまでもスギの樹が確認できたのは、成瀬杉山神社、西八朔杉山神社など限られていました。小高い丘陵地に立地している社も多いので、杉の適地ではないケースもあり、もともとの鎮座地の原植生について調査する必要がありそうです。
 神木等の樹木で印象に残っているのは下記になります。
ケヤキ Zelkova serrata
 戸部杉山神社、六角橋杉山大神、千草台(横浜市名木古木指定48181)、池辺杉山神社ケヤキ(横浜市古木名木48177)、小杉神社(川崎市まちの樹50選 No.4)
イチョウ Ginkgo biloba
 西田杉山神社(町田市指定保護樹木No.1)、寺山杉山神社、斎藤分熊野神社(横浜市名木古木)
タブノキ Machilus thunbergii
 金森杉山神社
クスノキ Cinnamomum camphora
 上恩田杉山神社
スダジイ Castanopsis sieboldii
 末長杉山神社(川崎市まちの樹50選 No.5)
サクラ Cerasus spp.
 勝田杉山神社

【狛犬】
 池辺社の狛犬は、ユニークでなかなか芸術的でもあります。と、思ってウェブを検索していたら、狛犬解説サイトがありました。

【杉山神社一覧】

新編武藏風土記稿に記載のある社(71社)
(2社合祀の3ヵ所を含む)
中山    西八朔   青砥    寺山     鴨居    恩田    奈良     久保    佐江戸   上谷本  
下谷本 池辺 新羽南 新羽北 吉田 茅ヶ崎 大熊 勝田 大棚 中鉄
市尾 川島 上星川 上川井 金程 細山 五段田 久本(2社) 末長 有馬
久末(2社) 井田 新城 諏訪河原 小杉 上丸子 駒岡 上末吉 鶴見
生麦 菊名 大豆戸 太尾 岸根 羽沢(2社) 和田 仏向 下星川 帷子
斎藤分 六角橋 片倉 下菅田(神明社) 下菅田 潮田 小田 小倉 堀内 戸部
岡村 蒔田 太田 平尾 成瀬 小川 金森(6丁目) 金森(7丁目) 三輪 本郷
(京所)
新編武藏風土記稿に記載のない社
(西谷) (笹下)
別系統であることが明らかな社
上山口 (吉田新田) (元町)
杉山神社マップ (GoogleMapにて作成)

【(予備)巡検記録】

2017.9.21 Part1-川島、上星川、仏向、和田、下星川、帷子(西久保)、戸部、太田、蒔田、堀内、岡村-
2017.9.24 Part2-上山口(葉山町)-
2017.10.1 番外-笹下-
2017.10.7 Part3-大熊、新羽北、新羽南、太尾、樽、駒岡、上末吉-
2017.10.26 Part4-六角橋、片倉、下菅田(神明社)、羽沢、西谷、鴨居、本郷、下菅田-
2017.12.17 Part5-五反田、金程、細山、平尾、三輪、中鉄-
2017.12.25 Part6-小川、金森7(西田)、金森6、成瀬、恩田、奈良、上谷本-
2017.12.2 Part7-青砥、中山、上川井(上白根)、寺山、久保(三保)、西八朔、下谷本(千草台)、市尾、佐江戸、池辺-
2017.12.3 Part8-井田、久末、末長、久本、新城、小杉、上丸子、小倉-
2017.12.17 Part9-小田、潮田、鶴見、生麦、菊名、大豆戸、岸根、斎藤分(東神奈川)-
2017.12.24 Part10-京所(府中)-
2018.1.2 Part11-諏訪河原、有馬、大棚、茅ヶ崎、勝田、吉田-
2018.1.18 番外2-江島杉山神社-

【文献】
 新編武蔵風土記稿 横浜・川崎編、千秋社、1982.
 新編武蔵風土記稿 巻之59-96.(電子版:国立国会図書館)
 戸倉英太郎(1956)杉山神社考(復刻版,1978)、232p.
 猿渡容盛(1971)武蔵総社誌3巻、神祇全書第四輯、皇典講究所、681p.
 『續日本後紀』 日本文字電子図書館
 三橋健式(1976)杉山神社、式内社調査報告第11巻東海道6、 皇學館大学出版、107-125.
 港南の歴史発刊実行委員会(1979)港南の歴史-区制十周年記念、781p.
 小寺 篤(1994)鶴見川・境川流域文化考、160p.
 有岡利幸(2010)杉(すぎ)Ⅱ、法政大学出版会、269p.

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