ナス科(Solanaceae)トウガラシ属(Capsicum)は約35種で構成され、中南米が起源地と考えられています(García et al,.2016)。トウガラシ、シシトウ、ピーマン、パプリカは、全てトウガラシ(Capsicum annuum)の品種で、辛み成分の主体であるカプサイシン類の含有量は品種により大きな差のあることが知られています。
Shiragaki et al.(2020)による解析によれば、属内には5つクレードが認められますが、従来の種とは必ずも一致しておらず、具体的には、シマトウガラシ(高麗胡椒)、タバスコ、ハバネロなどの実が比較的小さく辛味の強い品種は、明確に識別出来ないようですので、これらは再編されることが予測されます。
維管束植物の分類【概要、小葉植物と大葉シダ植物、裸子植物、被子植物(APG-IV体系)】【生物系統樹】
【トウガラシ属(Capsicum)の系統推定】Shiragaki et al.(2020)
┌
トウガラシ・クレード C. annuum Clade
││ ┌───
C. annuum ‘獅子唐'(シシトウ)
││ ┌┴───
C. annuum ‘紫(大和)’
││ ┌┴────
C. annuum ‘昌介’
││ ┌┴─────
C. annuum ‘鷹の爪’
┌┤│ ┌┴──────
C. annuum ‘日光’
│││ ┌┴───────
C. annuum ‘在来’
│││ ┌┴────────
C. annuum ‘八房’
│││┌┤┌────────
C. annuum ‘三重みどり'(ピーマン)
││└┤└┴┬───────
C. annuum ‘伏見甘長’
││ │ └───────
C. annuum ‘札幌大長南蛮’
││ └──────────
C. annuum ‘明石’
│└
キネンセ/キダチトウカラシ・クレード C. chinense and C. frutescens clade
│ │ ┌────────
C. frutescens ‘タバスコ’_2
│ │ ┌┴────────
C. frutescens ‘ラット・チリ’_3
│ │┌┴─────────
C. eximium ‘PL 645681’_3
│ └┤ ┌────────
C. frutescens ‘グリーン・タバスコ’_1
┌┤ │┌┴────────
C. frutescens ‘ラット・チリ’_1
││ ││ ┌─────
C. eximium ‘PL 645681’_1
││ └┤ ┌┴─────
C. frutescens ‘ラット・チリ’_2
┌┤│ │ ┌┴──────
C. frutescens ‘タバスコ’_2
│││ │┌┤┌──────
C. eximium ‘PL 645681’_2
│││ └┤└┴──────
C. frutescens ‘タバスコ’_3
┌┤││ │┌───────
C. frutescens ‘グリーン・タバスコ’_3
││││ └┤ ┌─────
C. Chinense ‘ハバネロ’_1 ┐
││││ │┌┴─────
C. Chinense ‘Pl 159236’_1 │
┌┤│││ └┤┌─────
C. Chinense ‘Pl 441609’_2 │
│││││ └┤ ┌───
C. frutescens ‘グリーン・タバスコ’_2 │
│││││ │┌┴───
C. Chinense ‘ハバネロ’_2 ├
キネンセ・クレード
│││││ └┤┌───
C. Chinense ‘スカーレット・ランテム’_1│
C. chinense
┤││││ └┤ ┌─
C. Chinense ‘スカーレット・ランテム’_3│
│││││ │┌┴─
C. Chinense ‘Pl 159236’_3 │
│││││ └┤┌─
C. Chinense ‘Pl 441609’_1 │
│││││ └┤┌
C. Chinense ‘スカーレット・ランテム’_2│
│││││ └┴
C. Chinense ‘Pl 159236’_2 ┘
││││└
バッカツム・クレード C. baccatum Clade
││││ └────────────アヒ・アマリージョ
C. baccatum
│││└
プベッセンス・クレード C. pubescens
│││ └─────────────ロコト
C. pubescens
││└───────────────ウルピカ
C. eximium
│└────────────────カプシクム・リシアンソイデス
C. lycianthoides
└イヌホオズキ
Solanum nigrum (
ナス属)
【トウガラシ属周辺の系統関係】Olmstead
et al.(2008)
┌ナス科
││ ┌ナス亜科(Solanoideae)
││ ││ ┌─
ナス連(Solaneae)
││ ││ ┌┤┌
トウガラシ連(Capsiceae)
││ ││ ││││ ┌
Capsicum minutiflorum
││ ││ ││││ ┌┼
Capsicum chinense
││ ││ ││││┌┤├
Capsicum pubescens
││ ││ │││└┤│└
Capsicum baccatum
││ ││ │││ │└
Capsicum rhomboideum
││ ││ │││ └メジロホオズキ属
Lycianthes spp.
││ ││ │└┴
ホオズキ連(Physaleae)
││ ││ ┌┤ │ ┌ホオズキ亜連(Physalinae)
││ ││ ││ └┬┴イオクロマ亜連(Iochrominae)
││ ││┌┤│ └─アシュワガンダ亜連(Withaninae)
││ │└┤│└──
チョウセンアサガオ連(Datureae)
││ │ │└───ファヌリヨア連(Juanulloeae)
││ │ └┬───ヒヨス連(Hyoscyameae)
││ │ └───
クコ連(Lycieae)
││ ┌┴タバコ亜科(Nicotianoideae)
││┌┤ └┬────アンソトローシュ連(Anthocercideae)
││││ └────────
タバコ属(Nicotiana)
│││├───────シュヴェンキア連(Schwenckieae)
│└┤├───────
ペチュニア連(Petunieae)
│ │└┬──────ベンサミエラ連(Benthamielleae)
│ │ └┬─────サルピグロシス連(Salpiglossideae) ┐
┌┤ │ └┬────
ブロワリア連(Browallieae) ├ヤコウカ亜科
┤│ │ └────
ヤコウカ連(Cestreae) ┘(Cestroideae)
││ └──ゲッツェア亜科(Goetzeoideae)
│└
ヒルガオ科(Convolvulaceae)
└─モンティニア科(Montiniaceae)
【カプサイシン類(Capsinoids)】
トウガラシ属だけの特徴の一つとして、種子が付いている胎座(Placenta)で辛み成分カプサイシン類(Capsinoids)を生産することがありますが、ピーマンやパプリカではカプサイシン類を生産する遺伝子発現が抑止されているため、辛みはありません。一方、シシトウでは通常は辛くない品種でも栽培条件によっては辛くなることが知られていましたが、最近ではピーマンとの品種交配により全く辛くならないシシトウ品種も作出されているそうです(田中ら,2022)。
カプサイシン類は、カプサイシンとジヒドロカプサイシンが辛さの9割以上を占めるとされており、その濃度測定は、20世紀初頭に考案された希釈官能検査であるスコヴィル法(Scoville,1912)が採用されてきましたが、現在ではHPLC法, LC/MS/MS法等の機器分析による個別測定が可能となっています(ジーエルサイエンス,1998-2024)。現在でのスコヴィル値は参考程度ですが、AOAC(1995)のHPLCを用いた公定法では、主要なカプサイシン類3物質、カプサイシン、ジヒドロカプサイシン、ノルジヒドロカブサイシンの合量(μg/g)を15倍した値が、スコヴィル値に相当するとしています。また、日本味覚協会(2021)は3g/kg以下のカプサイシン濃度範囲で『スコヴィル値=17.375xカプサイシン濃度(mg/kg)+1180.9』という換算式を示しています。この式の意味するところは、計算式算出に用いたデータセットの辛さ成分のうち、平均すると約1000スコヴィル値分がカプサイシン以外のカプサイシン類に起因する辛さだったいうことになります。
トウガラシ属の果実では、辛みはないのに発汗・発熱などの生理作用を有するカプシエイト類(Capsiates)と総称されるカプサイシン類似物質群が発見されています(矢澤ら,1989)。カプサイシン類のペプチド結合(-C-NH-C-)部分が、エーテル結合(-C-O-C-)に置き換わったものがカプシエイト類なので、分子内に窒素のあるカプサイシン類はアルカロイドですが、カプシエイト類はアルカロイドではないことになります。カプシエイト類は、トウガラシ(
C. annuum)より南米で栽培されるアヒ(
C. baccatum)で多く含まれる品種が見つかっているようです(田中,2014)。
辛くないのに生理作用のあるトウガラシ品種は、これまでのところ食用としてはあまり普及していないようですが、機能生食品としては利用されています。
【文献】
Shiragaki K, Yokoi S and Tezuka T (2020) Phylogenetic Analysis and Molecular Diversity of
Capsicum Based on rDNA-ITS Region, Horticulturae,6, 87, DOI:
10.3390/horticulturae6040087, Accessed: 2024-09-25.
García CC, Barfuss MHJ, Sehr RM, Barboza GE, Samuel R, Moscone EA and Ehrendorfer F (2016) Phylogenetic relationships, diversification and expansion of chili peppers (
Capsicum, Solanaceae), Annal Bot, 118(1), 35–51, DOI:
10.1093/aob/mcw079, Accessed: 2024-10-02.
農林水産省 (2024) カプサイシンに関する詳細情報、URL:
https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/capsaicin/syousai/, Accessed: 2024-10-04.
田中寿弥、南山泰宏、小谷泰之、髙垣昌史、片山泰弘 and 林 恭弘 (2022) 辛味果実の発生しないシシトウ新品種‘ししわかまる’の育成、園学研(Hort Res Jap)、21(1)、123–128、DOI:
10.2503/hrj.21.123, Accessed: 2024-10-05.
ジーエルサイエンス (1998-2024) HPLCとLC/MS/MSによるカプサイシンの分析, URL:
https://www.gls.co.jp/viewfile/?p=LT197, Accessed: 2024-10-05.
AOAC (1995) AOAC Official Method 995.03 Capsaicinoids in Capsicums and Their Extractives Liquid Chromatographic Method First Action 1995, URL:
https://techcrim.ru/wp-content/uploads/2011/11/AOAC_Official_Method_995.pdf, Accessed: 2024-10-06.
日本味覚協会 (2021) 辛さの指標(単位)とは?~スコヴィル値とカプサイシン濃度の関係~, URL:
https://mikakukyokai.net/2021/11/04/gekikara-anzen/, Accessed: 2024-10-05.
前田智, 米田祥二, 細川宗孝, 林孝洋, 渡辺達夫 and 矢澤進 (2006) トウガラシ ‘CH-19甘’ (
Capsicum annum L.)の果実発育中の新規物質カプシノイド含量の変化と胎座組織の形態変化ならびに果実の彫像条件とカプシノイド含量, 京大農場報告, 15, 5-10, URL:
https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010724262.pdf, Accessed: 2024-10-05.
矢澤進, 末留昇, 岡本佳奈 and 並木隆和 (1989) ‘CH-19甘’を片親としたトウガラシ(
Capsicum annuum L.)の雑種におけるカプサイシノイドならびにカプサイシノイド様物質の含量, 園学雑, 58(3), 601-607, DOI:
10.2503/jjshs.58.601, Accessed: 2024-10-05.
田中義行 (2014) トウガラシにおける新規カプサイシン類似物質・カプシコニノイドの含量, 岡山大学農学部学術報告, 103, 37-43, URL:
https://ousar.lib.okayama-u.ac.jp/files/public/5/52127/20160528115331516420/srfa_103_037_043.pdf, Accessed: 2024-10-05.
味の素, 辛くないトウガラシの成分「カプシエイト」, URL:
https://www.ahs.ajinomoto.com/products/food/pdf/cap.pdf, Accessed: 2024-10-05.
Olmstead RG, Bohs L, Migid HA, Santiago-Valentin E, Garcia VF and Collier SM (2008) A molecular phylogeny of the Solanaceae, Taxon, 57(4), 1159–1181, DOI:
https://doi.org/10.1002/tax.574010, Accessed: 2024-10-05.
Scoville WL (1912) Note on Capsicums, J Am Pharm Assoc, 1, 453-454, DOI:
10.1002/JPS.3080010520, Accessed: 2024-10-08.