今日は京急仲木戸駅を起点にして歩いてみました。
【本日巡検した杉山神社】
括弧内の数字は、戸倉(1956)の付図『杉山神社考関係地図』の番号
六角橋杉山大神:(33)横浜市神奈川区六角橋2-31
片倉杉山神社:(31)横浜市神奈川区片倉5-5-21
(菅田)神明社:(30)横浜市神奈川区菅田町2568
(羽沢)神明社:横浜市神奈川区羽沢町922
富士山神社:横浜市保土ケ谷区西谷町937
鴨居杉山神社:(04)横浜市緑区鴨居4-13-1
本郷神社:横浜市緑区東本郷4-12
(菅田)杉山社:(32)横浜市神奈川区菅田町436
【六角橋杉山大神】横浜市神奈川区六角橋2-31
東横線白楽駅から近くの六角橋杉山大神です。境内社は、稲荷社と第六天社、庚申塔3基も確認しました。
六角橋鎮守 杉山大神御由緒
御社名 六角橋
御祭神(主祀神)
(配祀神)
鎮座地 神奈川県横浜市神奈川区六角橋二丁目三十一番
武藏国橘樹郡(六角橋四七一番地)
御社格 村社(明治六年指定)
当社の御創建の年代は
元禄八年九月、当村名主八左ヱ門より、安藤
六角橋金町(六ヶ町)の総鎮守として、御神徳愈隆昌にして崇敬の念今に至るも浅からず。茲に謹んで、御事歴の
仕様を五十二年五月吉日
宮司 照本 力 謹記
復興記念碑
六角橋鎮守杉山大神は去る昭和二十年戦災により烏有に帰するも氏子崇敬者各位の奉賛の至誠により逐次再建復興せられ、社殿、舞殿、社務所等の増改築を始め境内の諸整備を完成したるをもって茲に復興祈念の碑を建立し率先協力せられたる建設委員のたゆまざる熱誠奉仕の御篤志を讃え、永く後世に伝えんとす。願わくは、神明感応ありて益々ご加護たまらわんを祈るものなり。
昭和五十二年九月吉日
宮司 照本 力
建設委員一同
【片倉杉山神社】横浜市神奈川区片倉5-5-21
ブルーライン片倉町近くの片倉杉山神社です。由緒書きは現在改訂中らしく、確認できませんでした。
【(菅田)神明社】横浜市神奈川区菅田町2568
現在の合祀社は御嶽社、杉山社、日枝社、稲荷社の4社です。新編武蔵風土記稿によれば、旧下菅田村には杉山社が2社あったことになっていますが、ここに合祀されているのは、菅田町891番地にあった杉山神社です。神奈川区誌(1977)によれば、八幡社、須賀社、熊野社が合祀されているようですが、この三社は確認できませんでした。
【(羽沢)神明社】横浜市神奈川区羽沢町922
神奈川区誌(1977)には、『大正5年12月3日、村内の聖天の杉山神社、具行の蔵王権現、羽沢村の熊野神社、綿打の杉山神社の四社を合祀した。』とあります。このことは、境内の石碑にも示されていました。
茲二武州橘樹郡城郷村羽澤村社神明社氏子ハ明治四十年十二月廿四日本縣訓令第四十号ノ趣旨二遵ヒ維持の確立センカ為ニ基本財産ノ蓄積ヲ計リ又同年訓令第二号達ニ依リ大正五年十二月三日同村字聖天ノ杉山具行ノ蔵王羽沢ノ熊野綿打ノ杉山等ノ神四社ヲ合祀セリ後大正七年六月十日本殿新築工事竣成スルヤ遷宮式ヲ挙ケタリ而シテ尚石造獅子乃及ビ玉垣ヲ建設スル等氏子ハ常ニ協心努力此の完成ヲ期シ益々神威ノ尊嚴ヲ顕揚シ敬神の信念ヲ発揮セリ聊カ事業ノ梗概ヲ録シテ以テ記念トス
大正七戌午年葉月上旬 社掌 照本肇謹書
【富士山神社】横浜市保土ケ谷区西谷町937
保土ヶ谷区の作成したガイドブックによれば、『昭和36年9月に上星川杉山神社より分霊』とありますので、昭和31年刊行の杉山神社考には当然ながら記載されておらず、最も新しい杉山神社かも知れません。高台頂上の西谷富士山にありますので、大変眺めがよく、頂上には此花開耶姫と思われる石像がありました。
【鴨居杉山神社】横浜市緑区鴨居4-13-1
鴨居杉山神社
祭神 日本武尊
天照大神
社有地 八百六坪(二六六一平方米)
御由緒
当神社は宝徳元年(皇紀二一〇九年)の創建であり、それ以来この場所に鎮座ましまし、神社明細表には「明治八年十二月村社(旧社格)に列せられたり、明治二十四年五月五日神明社・稲荷社を合併せり」と記載されている。
杉山神社は鶴見川水系(帷子川を含む)を中心として集中しており「新編武蔵風土記稿」によれば七十二社あると云われているが、多摩川を越えた北側には全く分布ょ見ない。霊験あらたかな神社として往時この様に数多く建立された様である。延㐂式の神明帳には唯一の延㐂式内社として記載されているが、どの神社が該当するのか定かでない。
当鴨居は数十年前迄、戸数九十戸に満たない純農村であったが、創建の昔より大切にお護りして来た鎮守様であり、今後も心のよりどころとして尚一層。崇敬の念を新たにしなければならない。側社として裏山の中腹に、大山阿夫利神社・榛名神社をお祀りしてある事を附記して御由緒とする。
平成十四年九月二十九日
(皇紀二六六二年九月二十九日)
鴨居杉山神社
鴨居杉山神社奉賛会
(境内社)鴨居天満宮
明治の中頃、岩岡時次郎の姉妹が産後の肥立ちが悪く、禱んでもらったところ、天満宮と馬頭観音を祀ったら良いと言われた。九州の大宰府天満宮に行って相談した結果。御分霊してもらい、明治39年(1906年)に代表者7人により祀られ、大宰府天満宮宮司により入魂それたと伝えられている。以前は鴨居5丁目にあったが、都市計画道路の関係で平成18年9月に鴨居杉山神社境内に遷座した。
平成18年(2006年)緑区チャレンジ事業
鴨居駅周辺まちづくり研究会
【本郷神社】横浜市緑区東本郷4-12
当社は明治時代に稲荷社と神明社を合祀したそうですが、その稲荷社の末社としての杉山社が新編武蔵風土記稿に記されています。杉山神社考には未記載ですが、これも杉山神社の系譜と言えましょう。
由緒沿革
稲荷社の祭神は稲倉魂命にして慶長五年(参百七拾五年前)に武蔵国都筑郡本郷村千参拾五番地に伏見神社より御分靈を奉祀す。
神明社の祭神は天照皇大神にして六百六十八番地に鎮座せられるも大正拾年に稲荷社に合祀す。
昭和四拾年四月吉日に町の中央部である七百拾三番地に社殿を創築し本郷神社と改め遷座する。
神に拝する信人は願望成就諸々の災難を祓い家内安全を守護らせ賜う神德広大にして無限なり。
昭和五拾壱年五月吉日健之
横浜市緑区東本郷町氏子中
【(菅田)杉山社】横浜市神奈川区菅田町436
菅田の杉山社(杦山社)に着く頃には、もう日没でした。昭和45年に合祀されたという神社については未調査です。
廻ミ戸
杉山神社合祀記念
昭和四十五年九月二十八日
新編武蔵風土記稿 巻之七十橘樹郡 巻之十三 小机領下菅田村
小名日向根ニアリ。是モ山王稲荷ヲ相殿トス。社ハ三間ニ二間。神體不動ノ立像、一尺許。前ニ木ノ鳥居ヲ立。坤ニ向フ。
【稲荷社】神奈川区六角橋3丁目14
神奈川大学東端に位置する稲荷社です。
【稲荷社】神奈川区六角橋3丁目27
神奈川大学西端に位置する稲荷社です。
【塩嘗地蔵尊】横浜市神奈川区神大寺4丁目13
塩嘗地蔵が建立された年代は不詳であるが、塩嘗地蔵の前の道が六角橋から片倉・小机に抜ける八王子往還道の脇道であり、塩嘗地蔵が建立されている付近に、神大寺のツ名の謂れとされる「神大寺」が創建されていたと伝えられる。
中央の地蔵が何とか地蔵としての形態を保っているが。他の地蔵菩薩はその形態も分らないほど磨滅していて、供えられた塩が山となって固まっている。
地蔵菩薩信仰は平安期に極楽浄土の信仰が盛んになるとともに流行し、近世になって民間信仰と結合し、庶民のあらゆる願いをかなえてくれる仏として信仰された。
また、賽の河原で地蔵菩薩が子供を庇護すると説かれているところから、子育て地蔵・子安地蔵と呼ばれる地蔵菩薩もある。
塩嘗地蔵は街道沿いに建立されている所が多く、旅の安全を願って塩を奉納したものである。
日枝神社奉賛会・北村正幸氏の調査による
【日枝神社】横浜市神奈川区神大寺4丁目22-23
狛犬は、岸谷の杉山神社の狛犬作者でもある石工飯塚寅吉の作(明治40年)とのことです。
【内山天満宮】横浜市神奈川区片倉3丁目27
眺めの良い梅林の中に鎮座する天神様です。
【キャベツ畑と富士山】
キャベツの向こうに富士山が見えました。
【八幡宮】横浜市神奈川区菅田町2535
【赤鳥居の社】横浜市神奈川区菅田町
由緒不明のお社、施主は松下亮三氏です。
【羽沢富士塚】横浜市神奈川区羽沢町917
【堅牢地神塔】横浜市神奈川区羽沢町1011
【庚申堂】神奈川区羽沢町
【松野稲荷大明神】横浜市保土ケ谷区上菅田町576付近
【上菅田八幡神社】
建立記念碑
この八幡神社は、郷土、上菅田の鎮守として永くこの地に遷座され、文化十三年に再建されたとの史録があり、又、大正十ニ年九月一日に発生した関東大震災には、大きな被害を蒙り当時の氏子崇敬者の多大な協力により復旧されて、爾来、百大拾有余年の歳月と風雪を経た歴史ある神社です。八幡神社の祭神は、応神天皇とされ、境内社として、八坂社、天神社があります。八坂社の祭神は、素戔嗚命とされ、天神社は九州大宰府の天満宮よりの御分霊により菅原道真公を御祭神とされております。八幡神社、八坂社、天神社の建立由緒については。記録的に不詳です。
昭和五十五年二月十二日午後五時頃、不審火により、八幡神社及八坂社共に全焼し一夕にして総べてが烣燼とと化しました。幸に、祭神の御加護か天神社のみ類焼を免れ、八坂社に奉斎の神輿も無事に搬出された事は、不幸中の幸いでありました。
世情が騒然として驚愕の中にも、神社関係者一同、緊急に鳩首相謀り、対応策を議し、八幡神社社殿及八坂社の再建を決議した。その再建資金の捻出には、広く氏子崇敬者から浄財の御寄進を求める事とし、再建委員会を発足せしめ再建への第一歩を開いた。
昭和五十六年六月七日再建委員会を開催し再建原案を示し、再建予算を七阡萬円とする事の決定により事業の執行を促進した。
事業の施行は、本社を東京都に置く松井建設株式会社を指名業者とし、設計施行に当たらしめ、その設計施工計画は慎重審議の上決定、再建を開始す。
昭和五十六年十月十二日 地鎮祭施行
昭和五十七年四月二日 上棟式施行
昭和五十七年十月三日 竣工式施行
八幡神社社殿及八坂社の施行式に併せて披露をなし、多くの参詣者を迎えて茲に再建が達成されたものです。
社殿再建を期し、由緒を正すため昭和五十七年九月三十日大分県宇佐市所在の宇佐神宮より、御霊の御分霊を拝戴し同年十月二日午後七時御分霊を八幡神社奥殿に神事式を施工し遷座された。
氏子崇敬者の御援助により、念願の、八幡神社社殿及八坂社の再建が恙なく完成し、再び郷土の鎮守として萬方に安らけく守護の曙光を與えられる事の感激とこの再建に深い御理解により浄財と御寄進下された方々を永く後世に伝え、そして八幡神社の繁栄とを祈念して、この記念碑を建立す。
昭和五十八年八月吉日
八幡神社社殿 再建委員会
【松野稲荷大明神】横浜市保土ヶ谷区上菅田町230付近
【稲荷社】横浜市保土ケ谷区上菅田町73-2
【歳神の祠】横浜市保土ケ谷区上菅田町654-1
エホバの証人王国会館前の小祠です。
【明神社】横浜市保土ケ谷区上菅田町1094-1付近
平成5年竣功のお社。祭神、由緒等は未調査です。
【笹山の庚申塔】横浜市保土ケ谷区上菅田町1175付近
【石塔群(地神塔)】横浜市緑区鴨居町2444-1
【庚申堂】横浜市緑区東本郷4丁目13-35
【文献】
新編武蔵風土記稿 横浜・川崎編、千秋社、1982.
神奈川区誌編さん刊行実行委員会(1977)神奈川区誌、628+59p.
戸倉英太郎(1956)杉山神社考(復刻版,1978)、232p.
横浜市保土ケ谷区地域協働課(2007)富士山神社、ほどがや散策ガイド、p18.
そのほか、本日撮影の写真です。
【参考】
ヒイロタケ Pycnoporus coccineus
手押しポンプの井戸
ケヤキ Zelkova serrata
キャベツ Brassica oleracea var. capitata
パンパスグラス(シロガネヨシ) Cortaderia selloana
カキ Diospyros kaki
タブノキ Machilus thunbergii
居魚屋たぬき(神奈川区羽沢町1567)
ハナミズキ Cornus florida (上菅田東部公園)
イトヒバ Chamaecyparis pisifera cv. filifera
センリョウ Sarcandra glabra
ホウキギ Bassia scoparia
サザンカ Camellia sasanqua
【主な経路】
京急仲木戸駅-東急東白楽-稲荷社-稲荷社-六角橋杉山大神-塩嘗地蔵-日枝神社-片倉杉山神社-内山天満宮-菅田神明社-八幡宮-羽沢神明社-上菅田八幡神社-富士山神社-鴨居杉山神社-本郷神社-本郷庚申堂-菅田杉山神社-JR小机駅