江戸の五色桜

 江戸時代中期から後期にかけて、一大園芸ブームがあったことが知られています。梅、牡丹、花菖蒲、朝顔、菊と、四季折々、主として花を観賞することを目的として沢山の品種が作出されました。桜もその例外ではなく、諸大名の江戸屋敷には、里桜群として知られる傑出した交配種が多種多様に育成されており、江戸末期、寛政から天保の頃には250品種程度に達したといわれます。
 里桜群の品種は、山野で見かけるヤマザクラやオオシマザクラなどを交配親として、人工的に作出されたもので、花期は概ね遅めですが長い期間におよび、一重咲きだけではなく、半八重、八重、菊咲と多彩な形態を示し、花色も白、桃、紅、黄、緑と多彩です。このため、五色桜の呼称が生まれたのだそうです。
 時は移り明治維新になると大名家の江戸屋敷の撤退に伴って、多くの里桜品種は失われていったと考えられています。この頃、里桜の収集に尽力したのが駒込の植木職人だった高木孫右衛門です。高木は少なくとも78種の里桜品種を収集保存、1886年に荒川の堤防が改修された時にこの桜を提供しました。荒川堤の桜は明治時代の後期には見頃となり、江戸の五色桜として知られるようになりました。
 米国ワシントンD.C.のポトマック河畔移植された桜は、この荒川堤の桜であり、1910年に贈られた3020本のうち、3分の1にあたる1220本は里桜群の品種でした。太平洋戦争後の物資不足の折に荒川堤の桜は殆どすべて薪となって姿を消しましたが、その後、1952年、1981年の二回にわたってアメリカから里帰り桜が寄贈され、江戸の五色桜が復活しています。
 生物の多様性の重要性が広く認識されるようになった現在、染井吉野(そめいよしの)一色の景観はあまり自慢できるものではなくなっています。里桜に限らず、様々な桜が日本全国で見られるようになることを切に祈ります。

 以下、本日荒川堤等で撮影した写真です。


【参考】
江戸彼岸群
 江戸彼岸(えどひがん)Cerasus spachiana
 枝垂桜(しだれざくら)Cerasus spachiana ‘Itosakura’
 八重紅枝垂(やえべにしだれ)Cerasus spachiana ‘Plena Rosea’

山桜群
 江北匂(こうほくにおい)Cerasus jamasakura ‘Kohokuenesis’

里桜群
 普賢象(ふげんぞう)Cerasus Sato-zakura group ‘Arbo-rosea’
 一葉(いちよう)Cerasus Sato-zakura group ‘Hisakura’
 薄墨(うすずみ)Cerasus Sato-zakura group ‘Nigrescens’
 八重紅大島(やえべにおおしま)Cerasus Sato-zakura group ‘Yaebeni-ohshima’
 弁殿(べんどの)Cerasus Sato-zakura group ‘Rubida’
 江戸(えど)Cerasus Sato-zakura group ‘Nobilis’
 手毬(てまり)Cerasus Sato-zakura group ‘Temari’
 楊貴妃(ようきひ)Cerasus Sato-zakura group ‘Mollis’
 細川匂(ほそかわにおい)Cerasus Sato-zakura group ‘Hosokawa-odora’
 御衣黄(ぎょいこう)Cerasus Sato-zakura group ‘Gioiko’
 福禄寿(ふくろくじゅ)Cerasus Sato-zakura group ‘Contorta’
 苔清水(こけしみず)Cerasus Sato-zakura group ‘Kokeshimidsu’
 紅豊(べにゆたか)Cerasus Sato-zakura group ‘Beni-yutaka’
 太白(たいはく)Cerasus Sato-zakura group ‘Taihaku’
 御車返(みくるまがえし)Cerasus Sato-zakura group ‘Mikurumakaisi’
 駿河台匂(するがだいにおい)Cerasus Sato-zakura group ‘Surugadai-odora’
 鬱金(うこん)Cerasus Sato-zakura group ‘Grandiflora’
 松月(しょうげつ)Cerasus Sato-zakura group ‘Superba’
 泰山府君(たいざんふくん)Cerasus Sato-zakura group ‘Ambigua’
 日暮(ひぐらし)Cerasus Sato-zakura group ‘Amabilis’ (楊貴妃に類似性が高いとされる江戸系の1品種。)
 高砂(たかさご)Cerasus Sato-zakura group ‘Caespitosa’
 早稲都(わせみやこ)Cerasus Sato-zakura group ‘Caespitosa’ (高砂のシノニム)
 鵯桜(ひよどりざくら)Cerasus Sato-zakura group ‘Longipedunculata’ (最も花弁数が多く、また最も遅咲きの品種)
 手弱女(たおやめ)Cerasus Sato-zakura group ‘Taoyame’
 関山(かんざん)Cerasus Sato-zakura group ‘Sekiyama’
 白妙(しろたえ)Cerasus Sato-zakura group ‘Sirotae’
 朱雀(しゅじゃく)Cerasus Sato-zakura Group ‘Shujaku’
 御座の間匂(ござのまにおい)Cerasus Sato-zakura Group ‘Surugadai-odora’ (旗弁が5枚程度生ずる駿河台匂)
 嵐山(あらしやま)Cerasus Sato-zakura Group ‘Arasiyama’
 北斎(ほくさい)Cerasus Sato-zakura Group ‘Hokusai’ (日本花の会がイギリスのキューガーデンから導入した品種)
 八重紫桜(やえむらさきざくら)Cerasus Sato-zakura Group (銘板には紫桜の実生から育成されたとあることから、小石川植物園から導入されたラインと思われる。国立遺伝研の八重紫との関係は未解明。)
 マノガ(まのが)Cerasus Sato-zakura Group ‘Manoga’ (米国からの里帰り桜として導入。詳細不明。)
 糸括(いとくくり)Cerasus Sato-zakura Group ‘Fasciculata’
 有明(ありあけ)Cerasus Sato-zakura Group ‘Candida’ (京都の有明とは別品種。)
 千里香(せんりこう)Cerasus serrulata Sato-zakura Group ‘Candida’ (遺伝的には、有明と同品種。)
 花笠(はながさ)Cerasus Sato-zakura Group ‘Hanagasa’ (浅利政俊により1963年に福禄寿の実生から育成された品種)
 紅笠(べにがさ)Cerasus Sato-zakura Group ‘Bunigasa'(浅利政俊により糸括の実生から育成された品種)
 ワビヒト(わびひと)Cerasus Sato-zakura Group ‘Wabihito'(米国からの里帰り桜として導入。関山のシノニムである可能性がある。)
 麒麟(きりん)Cerasus Sato-zakura Group ‘Kirin’
 増山(ますやま)Cerasus Sato-zakura Group ‘Masuyama’

種間雑種
 冬桜(ふゆざくら)Cerasus x parvifolia ‘Fuyu-zakura’ (マメザクラとオオシマザクラとの種間雑種とされるが、遺伝解析の結果からヤマザクラの関与も示されている。)
 染井吉野(そめいよしの)Cerasus x yedoensis ‘Somei-yoshino’

 大正期の荒川堤
 鬱金の並木

 以下、本日撮影の桜以外の写真です。足立区都市農業公園では、ローズマリーの品種が多数栽培されていました。



【参考】
 ローズマリー
   ”ブルーボーイ” Rosmarinus officinalis ‘Blue Boy’
   ”コーリンハイムイングラム” Rosmarinus officinalis ‘Collingham ingram’
   ”ゴリシア” Rosmarinus officinalis
   ”スプレ&アップライト” Rosmarinus officinalis ‘Ploughmans upright’
   ”サンタバーバラ” Rosemarinus officinalis ‘Santa Barbara’
   ”プロストラータス” Rosemarinus officinalis ‘Prostratus’
   ”ロックウッドデフォレスト” Rosemarinus officinalis ‘Lockwood de Forest’
   ”アープ” Rosemarinus officinalis ‘Arp’
 ブーケンビリア Bougainvillea sp.
 ニオイバンマツリ Brunfelsia australis
 カモミール Matricaria recutita
 イベリス Ibelis sp.
 ヒメリンゴ Malus x cerasifera
 エリカ・コロランス ‘ホワイト・デライト’ Erica colorans ‘White delight’
 エリカ・クリスマスパレード Erica x hiemalis ‘Christmas Parade’
 ジャノメエリカ Erica canaliculata
 チューリップ Tulipa sp.
 モッコウバラ Rosa banksiae f. Alboplena
 ムラサキサギゴケ Mazus miquelii
 みのり(真海徳太朗 作)
 お兄ちゃんと一緒(鈴木法明 作)

【文献】
 森林総合研究所多摩森林科学園(2014)サクラ保存林ガイド、111p.、東京.
 森脇和郎・勝木俊雄(2011)遺伝研のさくら、151p.、遺伝学普及会、三島.
 大島秀章・川崎哲也・田中秀明(2007)新日本の桜、263p.、山と渓谷社、東京.

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