半世紀以上前に世界規模で実施された緑の革命(Green Revolution)により、稲、小麦、トウモロコシなどの品種改良と農業技術の改良が飛躍的に進み、穀物生産性が向上しました。その後も稲や小麦のゲノム研究や経営の集約化をはじめとして、穀物生産を高める努力は続けられていますが、米国農務省(USDA)の今年9月の統計によれば、2021/22年度の世界での穀物生産予測23億3721万トンに対して、消費予測は24憶3331万トンとなっており、既に需要を賄えない状態になっています。
そのような中、低未利用資源の利用促進がますます大切になっており、温暖化が進む昨今では熱帯起源の植物利用に注目が集まっています。ヤマイモ類もその代表であり、この近所にも自生が見られます。今日は、ヤマイモ類につき少し調べてみました。 ヤマノイモ科の写真整理
【分類】
ヤマノイモ属(Dioscorea)は、ヤマノイモ科(Dioscoreaceae)に属する蔓植物で、わが国にも10種以上が自生しますが、世界では、西アフリカと東南アジアの熱帯域を中心として約600種あるといわれています。ヤマノイモD. japonicaとヤマイモD. oppositaはしばしば混同されますが、本来は、我が国で食用として利用しているのは主としてヤマイモであり、自生するヤマノイモ(自然薯)は、同属の別種です。吉田(2016)等を参考にして整理すると、主なヤマノイモ類は下記のようになります。
ヤマノイモ属(Dioscorea) | ||
---|---|---|
学名 | 和名 | 英名 |
D. opposita Syn.D. polystachya D. batatas |
ヤマイモ | Chinese yam |
D. japonica | ヤマノイモ | Japanese yam |
D. tokoro | オニドコロ(鬼野老) | oni-dokoro |
D. tenuipes | ヒメドコロ(姫野老) | sweet mountain yam |
D. alata | ダイジョ(大薯) | violet Yam, greater yam |
D. esculenta | トゲドコロ(棘野老) | lesser yam |
D. bulbifera | ニガカシュウ(苦荷首烏) | aerial yam |
D. pentaphylla | アケビドコロ(木通野老) | fiveleaf yam |
自生するのは、ヤマノイモ、オニドコロ、ヒメドコロで、このうちオニドコロは苦いので食用には不向きです。
わが国で食用として主に流通するヤマイモ(D. oppasita)は、芋の形態から ナガイモ(長芋)群、イチョウイモ(銀杏芋)群、ツクネイモ(つくね芋)群の三つの品種群に分けることができ、可食部である芋の粘りはこの順に強くなります。ツクネイモ群よりさらに粘り強いのが自生種のヤマノイモ(D. japonica)であり、このため高値で取引されることがあるようです。
ヤマノイモ属の植物は基本的に雌雄異株のようですが、イチョウイモ群とツクネイモ群では雌株が栽培されるのに対して、ナガイモ群は殆どが雄株であり、このことは雄株と雌株の両方が普通にみられるヤマノイモとの違いです。ヤマイモは茎が紫色を呈すること、ヤマノイモが対生するのに対して、ヤマイモのうちイチョウイモ群とツクネイモ群では互生であることなども判別するのに役立ちます。ヤマノイモも稀に互生することがあると報告されているようですが、葉の形がヤマノイモのようで互生する植物は、寧ろヒメドコロ(D. tenuipes)ではないかと思われます。
【利用】
ヤマノイモ属のうち食用種をヤム(Yam)と総称しますが、米国では植物分類では全く異なる系統であるサツマイモまで区別せずにヤムに含めることがあるので注意が必要です。Knoemaの統計によれば、2019年のヤムの生産量は全世界で7,400万トンあまり、そのうち7,240万トンはアフリカ諸国、わが国での生産は15.8万トンと全体の0.2%でした。わが国での生産量はほぼ横ばい状態ですが、世界的には今世紀に入って生産量がほぼ倍増しており、今後も伸びていくことが期待できます。
ヤマノイモ属の可食部は担根体と呼ばれる組織学的には茎と根にあたる部分が主体で、通常これを芋と称します。また、種や品種によっては零余子を形成し、これも芋と同様に食用になります。わが国では、粘り気の少ないナガイモ群の品種の生産が主体ですので、サクサク感を生かした酢の物、漬物、フライなどでの利用が多いようですが、ツクネイモ群やイチョウイモ群などの品種では、すりおろして『とろろ芋』にする料理も沢山考案されています。粘り気の高いヤマノイモ(自然薯)は『とろろ芋』に適しているほか、鹿児島の特産和菓子『軽羹
二ホンウナギの産卵場は現在では西マリアナ海嶺周辺と推定されていますが、かつてはウナギの故郷がわからなかったため、ウナギはヤマイモから生まれてくるという説も信じられていました。ウナギ価格の高騰する現在では、ヤマイモのウナギ風蒲焼も考案されています。
中国原産のヤマイモが日本に入ったのはかなり古いらしく、江戸時代には既に栽培されていたようですが、静岡県丸子で松尾芭蕉が食したとろろ汁は、ヤマノイモ(自然薯)だったと考えられています。
梅若菜 丸子の宿の とろろ汁 松尾芭蕉 |
東海道五拾三次之内丸子名物茶店:歌川広重 (東京富士美術館所蔵) |
梅若菜 丸子の宿の とろろ汁
猿蓑:坤巻5(11p/全26p)所収、芭蕉の死後『笈の小文』を編したことで知られる川合乙州
【参考】
(午後から出かけようとしたら、雨が降り出したので撮れたのはこれくらいでした。)
ヤマイモ Dioscorea opposita
ヤマノイモ Dioscorea japonica
オニドコロ Dioscorea tokoro
オキナワスズメウリ Diplocyclos palmatus
ソライロアサガオ Ipomoea tricolor
【文献】
Bandana Padhan and Debabrata Panda (2020) Potential of Neglected and Underutilized Yams (Dioscorea spp.) for Improving Nutritional Security and Health Benefits, Front Pharmacol., DOI: 10.3389/fphar.2020.00496, accessed: 2021-09-26.
吉田康徳(2016)ヤマイモ類の生態特性と栽培技術等について、URL: http://www.jsapa.or.jp/pdf/seminer/h28yoshida.pdf, Accessed: 2021-09-26.
秋葉隆(1995)食材図典、小学館、東京.
Kenoma(2021)The production of yams in the World、URL: https://knoema.com/data/agriculture-indicators-production+yams, Accessed: 2021-09-26.
米国農務省(2021)世界の穀物生産量
USDA (2021) World Agricultural Supply and Demand Estimates, URL: https://www.usda.gov/oce/commodity/wasde, Accessed: 2021-09-26.
農畜産業振興機構(2016)やまいもの需給動向、URL: https://www.alic.go.jp/content/000143875.pdf, Accessed: 2019-09-26.
松尾芭蕉(1691)、餞乙刕東武行、猿蓑:坤巻5 (向井去来・野沢凡兆編)、URL: https://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko31/bunko31_a0383/bunko31_a0383_0002/bunko31_a0383_0002.pdf, Accessed: 2021-10-02.