望月桜(モチヅキザクラ) Cerasus x sacra

 この季節になると、横須賀市立浦郷小学校のすぐ裏手にある浦郷トンネルの上に見事な桜が花を咲かせます。一見、ソメイヨシノのようにも見えますが、花弁の色はより白くて寧ろオオシマザクラに近く、花の大きさはソメイヨシノと同じかそれよりやや小さい桜です。小花柄と枝の間の花柄が短く、萼筒に毛があるのでエドヒガンの影響があると思われます。

平六トンネル上の桜(横須賀市追浜東町3丁目)
 トンネルの上の私有地にあるので、近づいてみることはできず、風に乗って落ちてきた花弁やズーム写真でしか確認できないのですが、
 1.花弁の色
 2.花弁の形
 3.花序が散形で花柄が短い
 4.萼筒には細かい毛がある
 5.ソメイヨシノよりやや早く咲く
などの特徴から、望月桜(モチヅキザクラ)ではないかと推定していたのですが、花弁サイズはモチヅキザクラの基準木より少し大きいようです。いずれにせよヤマザクラとエドヒガンの遺伝を受け継いでいると思われ、交配によって成立した『里桜』と言ってよい桜樹です。
 これまでここ以外で撮影できたモチヅキザクラは、広島市湯戸のモチヅキザクラだけで、あまり良い写真はないのですが、併せて掲載しておきます。

湯戸の望月桜(広島市佐伯区五日市町大字石内)

【学名の変遷】
 望月桜は、1933年に小石川植物園園長だった中井猛之進により、モチヅキザクラ Prunus mochidzukianaとして記載されました(Nakai,1933)。当時はPrunus(スモモ属)とされていた桜のグループは、現在ではCerasus(サクラ属)として独立することが普通になり、また、雑種の学名が整理されていく中で、エドヒガンとヤマザクラの交配種の種小名は、先に勝手桜に対して命名されていたsacraを使うことになって、今ではCerasus x sacraがモチヅキザクラの有効名となっています(Kato et al.2012; Katsuki & Iketani,2016)。
 なお、関東地方で記載された望月桜が、なぜ広島に生育しているかの経緯は未調査です。(横須賀市)平六トンネル上の個体と(広島市)湯戸の個体が似ていることは事実ですが、モチヅキザクラの基準木と比べると新葉の色があまり赤くないこともあり、どちらも別系統ではないかと疑っています。もし、そうであれば、学名としてはCerasus x sacraであっても品種としてのモチヅキザクラではないことになります。


【参考】

新日本の桜(2007)より
モチヅキザクラ(望月桜)
Cerasus x mochizukiana (Nakai) Masam. & S.Suzuki
エドヒガンとヤマザクラとの雑種と推定されている。本州中部の丘陵地や産地で見つかっている。ヤマザクラに似ているが、葉柄、小花柄、萼、花柱の下部などの毛が密生する。
 葉身は長円形または楕円形で、長さ3~8センチ、幅1~4センチ、ふちには先が赤色の腺に終わる鋭い重鋸歯がある。花は散形花序につき、葉が展葉する前に開花する。花柄はほとんどなく、小花柄は長さ2~3センチで、毛を散生する。萼筒は長さ1センチ茄子街、萼裂片は長楕円形で、長さ6ミリほど。花弁は淡い紅色、倒卵形または楕円形、長さ1~1.2センチ。雄しべは24~30個。
【注】種小名は『mochidzukiana』の誤植であろう。


日本の桜(1993)より
モチヅキザクラ(望月桜)
Prunus x mochidzukiana
ヤマザクラXエドヒガン
■日光や秩父地方の低山地に分布する。東京大学日光植物園にある基準木は今市付近の丘陵地から移植したものである。
■落葉高木。枝は横に広がり、樹形は傘状。若枝にしまばらに毛がある。成葉は長さ4~9センチ、幅2~4センチ、長楕円形または長楕円状倒卵形で、先端は尾状鋭尖形、基部は鈍形、ときに円形。鋸歯は細かい重鋸歯で、ときに単鋸歯がまじる。表面は帯黄濃緑色でやや光沢がある。表面は白色を帯びた淡黄緑色で、脈状に毛がある。葉柄は暗紫褐色で斜上毛が多い。葉柄の上端または単葉の基部に濃赤色の蜜腺が1~2個ある。花柄はほとんどなく、小花柄は長さ2.5~3センチで開出毛が多い。萼筒は細長い壺型で下部の太い部分は長く、上部のくびれはごくわずかで外面に開出毛がある。萼片は線状長楕円形で、先端にまるい小腺体を持つ鋸歯があり、外面に斜上毛がある。花は直径2.3センチ。花弁は5個で淡紅色。雌しべの花柱の下半分には開出またわずかに斜上する毛が多い。果実は黒熟し、甘みがある。
✿花期 4月下旬(日光市内)


サクラ保存林ガイド(2014)より
 種間雑種 ヤマザクラXエドヒガン Cerasus x sacra
 望月桜 もちづきざくら
 種名:ヤマザクラXエドヒガン
 導入元:日光植物園
 解説:原木は栃木県今市市の丘陵地より日光植物園に移植された
 開花期:盛春
 位置:奥B4
 クローン番号:Cer166


小林(1981)より
 旧番号:227
 区画及び樹種番号:71-2
 和名:望月桜(モチヅキザクラ)
 学名:P. mochidzukiana Nakai
 花:淡紅白、小輪一重
 開花期:4月上旬
 植栽年月:1669.3
 摘要:カスミザクラXエドヒガン系。導入先及び植栽:東大日光植物園より望月桜として3本うち1本枯。
【注】浅川実験林は多摩森林科学園(現森林研究・整備機構)の前進であり、導入当初はカスミザクラとエドヒガンの自然交配によりモチヅキザクラが成立したと考えられていたらしいことがわかる。当初の学名Prunus mochidzukianaは属名、種小名ともに変更されて、現在の有効名はCerasus x sacraになっている。


Nakai(1933)Bot. Mag. Tokyo, 47, 265-267より
 望月桜の原記載(Nakai,1933)に、命名の由来が記載されていたので、下記に転載します。


 This species is found in the lower level than Nikko. The type-tree in Nikko Branch Garden was transplanted from a hill near Imaichi. I have named this species after the family-name of Mr. NAOYOSHI MOCHIDZUKI, who served faithfully assistant of four directors during twenty three years at that garden and retired recently by his age.
【訳】この種は日光の低地にみられる。日光植物園にある基準木は、今市近隣の丘陵から移植された。種名は、23年間4代の園長を誠実に支えて最近定年した望月直義氏の姓に因んで命名した。


【文献】
 森林総合研究所多摩森林科学園(2014)サクラ保存林ガイド、111p.、東京.
 大島秀章・川崎哲也・田中秀明(2007)新日本の桜、263p.、山と渓谷社、東京.
 川崎哲也(1993)日本の桜、p.383、山と渓谷社、東京.
 小林義雄(1981)浅川実験林のさくら、73p.、農林水産省林業試験場浅川実験林、東京.
 森脇和郎・勝木俊雄(2011)遺伝研のさくら、p.151、遺伝学普及会、三島.
 Nakai T(1933)Prunus Mochidzukinana Nakai, sp. nov. -Cerasus., Bot. Mag. Tokyo, 47.265-267, DOI:10.15281/jplantres1887.47.235, Accessed: 2023-03-25.
 Kato S, Matsumoto A, Yoshimura K, Katsuki T, Iwamoto K, Tsuda Y, Ishio S, Nakamura K, Moriwaki K, Shiroishi T, Gojorori T and Yoshimaru H (2012) Clone identification in Japanese flowering cherry (Prunus subgenus Cerasus) cultivars using nuclear SSR markers, Breeding Science, 62, 248–255, DOI:10.1270/jsbbs.62.248, Accessed:2023-03-26.
 Katsuki T and Iketani H(2016)Nomenclature of Tokyo cherry (Cerasus x yedoensis ‘Somei-yoshino’, Rosaceae) and allied interspecific hybrids based on recent advances in population genetics, Taxon, 65(6), 1415-1419, URL: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.12705/656.13, Accessed: 2023-03-25.
 勝木俊雄(2017)サクラの分類と形態による同定、樹木医学研究、21(2)93-104、<
DOI: 10.18938/treeforesthealth.21.2_93, Accessed: 2023-03-25.
 指定番号17 モチツキザクラ(2022)(広島市)保存樹指定番号(13~22)、URL: https://www.city.hiroshima.lg.jp/uploaded/attachment/180558.pdf, Accessed: 2023-03-26.

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