昨年末に中国で発見された新型コロナウィルスに関しては、かなり怪しげな情報も飛び交っているようで、マスコミの報道も今一信用できません。そこで、ウェブで検索して情報を整理してみました。
そもそもコロナウィルスとは
SARSとMERS
新型コロナウィルス(COVID-19)
感染防止対策
感染者と死者
死亡リスク
分析法
文献
【そもそもコロナウィルスとは】
最も一般的なコロナウィルスは、沢山ある鼻風邪の原因となるウィルスのひとつであるHCoV(Human Coronavirus)で、いくつかのグループがあることが分かっています。ヒトは6歳くらいまでにこの様なコロナウィルスに一度は感染するとされています(国立感染症研究所, 2020a)。いわゆる鼻風邪が重篤化することは稀なので、特段の治療をしないことが普通です。
コロナウィルスの遺伝情報を担うゲノムは一本鎖RNA構造で、このRNAを包むエンベロープがあり、エンベロープにはスパイクと呼ばれる王冠(corona:ラテン語)状の構造を持つため、コロナウィルスと呼ばれています(田口, 2003)。ニドウイルス目コロナウィルス亜科(Coronavirinae)に分類され、塩基配列及びアミノ酸配列の相同性から3つないし4つの属に分けられます。RNAウィルスとしては大きな約3万塩基対のゲノムサイズを有し(田口, 1990)、今世紀になって注目されている約120万塩基対のゲノムサイズを持つ巨大DNAウィルス(緒方, 2015)程ではないにしろ、RNAウィルスとしては最大級のサイズで、直径は60~220nmになるそうです。RNAウィルスなので、宿主の(核内ではなく)細胞質で増殖します。また、RNAウィルスの特徴として変異しやすい(佐藤・横山,2005)と考えられます。
感染力の高いことが問題視されているコロナウィルスですが、細胞培養の際には、宿主特異性のため、アフリカミドリザル Cercopithecus aethiops の腎臓上皮細胞から株化されたVero細胞の他に増殖できる培養細胞系は殆どないそうです(田口, 2003)。
【SARSとMERS】
ヒトに感染するコロナウィルスには、アルファコロナウィルス属(HCoV-229E. HCoV-NL63), ベータコロナウィルス属(HCoV-HKU1, HCoV-OC43,)等いくつかの型(種)のあることがわかっていますが、ベータコロナウィルス属でこれまでに呼吸器症候群が報告されているのは、HKU1, OC43, SARS-CoV, MERS-CoVの4つの型であり(Yu et al.,2020)、そのうち重篤化の報告があるのは重症急性呼吸器症候群(SARS)の原因となるSARS-CoVと中東呼吸器症候群(MERS)の原因となるMERS-CoVのふたつです。
SARS(Severe Acute Respiratory Syndrome)は、2002年11月から2003年6月にかけて中華人民共和国南部でアウトブレークを起こしたSARS-CoVによるウイルス性の呼吸器疾患です。感染拡大が早く、感染者の約1割が死亡するため世界的に注目されましたが、2003年6月には封じ込めに成功し(田口, 2003)、現在では発症例は報告されなくなっています。
MERS(Middle East Respiratory Syndorome)は、2012年9月に発見されたMERS-CoVにより引き起こされる重症呼吸器感染症(押谷, 2013)で、ヒトコブラクダが感染源動物であるとされています。ヒトからヒトへの感染が確認されており、感染経路は飛沫と接触であるとされています。致死率の高いことが特徴の一つでありますが、無症状の感染者もいることがわかっており、2020年現在終息に至っていません(厚生労働省, 2020a)。
【新型コロナウィルス(COVID-19)】
2019年12月12日に最初の患者が湖北省武漢で発見された新型コロナウィルス(nCoV)は、武漢海鮮市場の従業員から採取した検体のゲノム分析により29,903塩基対の配列が決定され、そのうち89.1%がコウモリ由来のSARS様コロナウィルスと相同であったと報告されました(Wu et al., 2020)。この類似性のため、ウィルスはSARS-CoV-2と名付けられ、SARS-CoV-2による症状をCOVID-19と呼んでいます(Takeda, 2020)。
発熱、倦怠感、乾いた咳がCOVID-19の主な症状で、痛み、鼻づまり、鼻水、喉の痛み、下痢などを訴える患者もいます(WHO,2020a, 国立感染症研究所, 2020b)。約8割は軽症で特別の治療をしないでも回復しますが、6人に一人程度が重症化し呼吸困難を発症します(WHO, 2020a)。一方、感染しても発症しない例も報告されています(Bai Y et al., 2020)など)。
マスコミ報道によれば、COVID-19感染者は、嗅覚障害、味覚障害を訴える症例があるとされていますが、或る程度の因果関係はあるものの、臭覚、味覚により感染の診断ができるどうかは検証されていません。現在、Am Soc Otolaryngology (2020)が症例の収集を行っています。
COVID-19の主な感染経路は飛沫と接触によるもので、ヒトからヒトへ感染します。WHO (2020a)は感染者の1メートル以内に近づかないことが、感染拡大防止に必要としています。一方、その宿主特異性により食品中での増殖はできないため、食品を介した感染の可能性は低いとされています(農林水産省,2020)。
SARS-CoV-2の安定性に関する確たる情報は見つけることが出来ませんでしたが、SRAS-CoVと同様(感染症情報センター, 2003)とすれば、常温では4日以内に失活すると考えてよさそうです。
SARS-CoV-2に対する抗ウィルス薬、ワクチンなど、COVID-19の治療薬は未開発(厚生労働省, 2020b)です。新薬の開発には時間がかかるため、既存のウィルス感染症治療薬による治療効果を試験している段階です。
【感染防止対策】
インフルエンザウィルスなどの他のエンベロープ構造を持つウィルス同様に、アルコール消毒が、SARS-CoV-2の失活化に有効で、80%エタノール、70%イソプロパノールなどが使用されます。手洗いや汚染が疑われる個所の拭き取りが有効であり、自らの顔周辺を触らないことも有効な対策です。
国立医薬品食品衛生研究所 (2020)によれば、SARS-CoVは、60℃30分以上の加熱で失活するとされており、SARS-CoVと類似性の高いSARS-CoV-2も十分な加熱処理が有効であると考えられています。
その他、COVID-19の対策に関しては厚生労働省のサイトに最新情報が掲載されています。
【感染者と死者】
主なウィルス疾患につき、感染者数と死亡者数をまとめてみると表1の様になりました。
表1.主な感染症による感染者数と致死率 | |||||
---|---|---|---|---|---|
名称 | 期間 | 感染例数 | 死者数 | 致死率 | 文献 |
COVID-19(全世界) | 2019.12 ~2020.3.30 ~2020.4.18 |
721,266 2,250,790 |
33,942 154,226 |
4.7% 6.9% |
worldmeter |
COVID-19(日本) | 2019.12 ~2020.3.30 ~2020.4.18 |
1,866 9,787 |
54 232 |
2.9% 2.4% |
worldmeter |
SARS | 2002-2004 | 8,400 | 800 | 9.5% | 田口(2003) |
MERS | 2012.9-2019.11 | 2,494 | 858 | 34.4% | 厚生労働省(2020a) |
新型インフルエンザ(日本) | 2009 | 20,000,000 | 203 | 0.001% | 厚生労働省 |
スペイン風邪(H1N1型) | 1918 | 500,000,000 | 40,000,000 | 8.0% | 羽原(2010)、Wikipedia |
鳥インフルエンザ(H5N1型) | 2003-2009 | 861 | 455 | 52.8% | WHO(2020b) |
エボラウィルス病(コンゴ) | 2018-2019 | 927 | 584 | 63.0% | 海外感染症発生情報(2019) |
この表での感染者数はどれくらいの検査をした結果なのかがわかりませんし、死亡者数は死亡に至った主因だったかどうかが不明ですので、直接の比較はしがたいのですが、それでも今のところCOVID-19の致死率はSARS, MERSほどには高くないと思われます。
【死亡リスク】
死亡原因別に人口100万人当たりの死亡数で比較すると表2のようになります。2020年3月末の時点では、COVID-19は新型インフルエンザを超える脅威とは考えられません。
表2.死亡リスクの比較 | |||||
---|---|---|---|---|---|
名称 | 地域 | 期間 | 死者数(人) | 文献 | |
実数 | 100万人 当たり |
||||
COVID-19 | 日本 | 2019.12 ~2020.4.3 ~2020.4.18 |
63 232 |
0.5 1.8 |
worldmeter |
新型インフルエンザ | 日本 | 2009 | 203 | 1.6 | 厚生労働省 |
悪性新生物 | 日本 | 2018 | 3,737,470 | 29,543 | 厚生労働省(2020) |
肺炎 | 日本 | 2018 | 946,540 | 7,486 | 厚生労働省(2020) |
自殺 | 日本 | 2018 | 20,169 | 160 | 厚生労働省(2020) |
交通事故 | 日本 | 2019 | 32,515 | 257 | 総務省統計局(2020) |
COVID-19 | 世界 | 2019.12 ~2020.4.3 ~2020.4.18 |
53,203 154,266 |
6.84 19.8 |
worldmeter |
エボラウィルス病 | コンゴ | 2018~2019 | 584 | 7.2 | 国立感染症研究所(2019) |
スペイン風邪(H1N1型) | 世界 | 2019 | 40,000,000 | 20,000 | 羽原(2010) |
【分析法】
SARS-CoV-2の全ゲノムは既に解析済み(Wu et al.,2020)ですが、この報告は次世代型高速シーケンサー Illumina MiniSeq を使った配列決定であり、今後は実際に機能している遺伝子との関係が明らかにされていくものと思われます。患者から採取した検体の検査は、当初は加熱と冷却を繰り返すことによってRNAを増幅するRT-PCR法が行われていたと思われますが、温度制御の必要がないLAMP法による検査法が確立された(キヤノンメディカルシステムズ,2020)ため、検査時間短縮が期待されるのですが、(報道映像などで見目限りでは)まだ十分に普及していないようです。このLAMP法によれば、同じベータコロナウィルス属に分類されるSARS-CoVとの区別も可能とのことです。
ここで問題になるのは、検査時の二次汚染(コンタミネーション)です。国立感染症研究所 (2020c)は、『検体は、バイオセーフティレベル2(BSL2)の実験室で検査し、必要な防護を行う必要がある。』としていますが、このレベルは検査機関による、あるいは国による違いの有る可能性があります。感染者の人数を見る時には、(通常は公表されない)陰性と判断された検体数と合わせてこの可能性も考慮する必要があります。
【まとめ(?)】
新型コロナウィルスCOVID-19に関しては、まとめが出来る時期ではありませんが、ウェブで調べた限り、厚生労働省のサイトをみておけば、現時点で得られる確かな情報はほぼ得られるといって良いようです。
引き続きしかるべき対策を継続しなければならないことは間違いありませんが、政策判断ミスにより他のリスク(例えば自殺や他の疾患による死亡)が高まることも懸念されます。
【文献】
田口史広(1990)コロナウイルスの分子生物学, ウイルス 40(2) 81-90, doi: 10.2222/jsv.40.81, Accessed at 2020-03-28.
doi: 10.5609/jsis.2010.610_75, Accessed at 2020-03-28.