ワシントンヤシの実生、など

 昨日、出勤時にワシントンヤシの実生を見かけたので、本日、確認してきました。別名がオニジュロであるだけあって、シュロとよく似ていますが、裂けた葉に沿って糸状の繊維が垂れているので、簡単に識別できます。葉が裂ける前の稜の部分にギザギザが目立つことや葉柄部の棘の発達がよいことなどもシュロとの識別点の様です。この株については頭上の並木から落ちてきた種子が芽生えたことは間違いありませんが、近くでは開花期の始まったシュロもありました。



【参考】
 ワシントンヤシ Washingtonia filifera
 シュロ Trachycarpus fortunei
 マツバウンラン Nuttallanthus canadensis
 心:岡 弘 作
 TechnoWave100
 ナガミヒナゲシ Papaver dubium
 ムラサキツユクサ Tradescantia ohiensis
 烏森稲荷大明神:子安通1丁目73
 八重地蔵尊:子安通1丁目児童遊園地
 コバンソウ Briza maxima
 トマトケチャップ発祥の地碑
 ブタナ Hypochaeris radicata
 ノゲシ Sonchus oleraceus
 ピンク・マーガレット Argyranthemum frutescens
 カモミール Matricaria recutita
 ハタケニラ Nothoscordum gracile
 才兵衛稲荷:子安通3丁目397
 ウスベニアオイ Malva sylvestris
 生麦事件碑:生麦1丁目16-14-2
 ホソエガラシ Sisymbrium irio
 ヤエコデマリ Spiraea cantoniensis f. plena
 ユウゲショウ Oenothera rosea
 ミッキーマウスの木 Ochna serrulata
 明日へ走る:垣内治雄 作 1997
 オルレア Orlaya grandiflora
 ノミノツヅリ Arenaria serpyllifolia
 ヒラドツツジ Rhododendron × pulchrum
 ハナミズキ Benthamidia florida
 飛翔
 殉職税務署員慰霊碑:川崎南税務署
 ベニカナメモチ(レッドロビン) Photinia x fraseri ‘Red Robin’
 ベニバナシャリンバイ Rhaphiolepis x delacourii
 カンノンチク Rhapis excelsa)


才兵衛(さいべえ)稲荷の由来
 その昔、常陸の国に信心深い村があり、村人は浄財を集めて稲荷社を祀りました。村人はこの稲荷社に正一位の位をもとめ、苦心して集めた五両のお金を、折しも同国を通りかかった旅の僧に託しました。
 その僧が今や東海道をのぼり、京に向かい子安の里に差しかかったときのこと。当時、子安は東海道を挟んで片側は海、人家もまばらな村で、生麦辺りは一里塚や茶店のあるのどかなところでした。
 この旅の僧は茶屋に立ち寄ることにしました。そこで一息いれ、草鞋を履き替えてからまた西に向かって出発しました。しばらく歩くと、僧は金包みの荷がないのに気づいて真っ青になりました。あわてて茶屋にかけ戻り、茶屋の爺さんに金包みが置いていなかったかと尋ねましたが、爺さんは無かったと言います。旅の僧侶は落胆し、このお金が無ければいきてはいられませんと、海に身を投げ自らの命を絶ってしまいました。
 人の執念というものでしょうか。その後、この僧の亡骸はなんど沖へ運んでも茶屋の裏に流れ着いていまいました。不憫に思った村人は、この浜に稲荷社ょ建てて祀ってやりました。しかし、この社に正一位は付かなかったと言われています。 才兵衛というのはこの旅の僧の名ではなさそうですが、誰の名前なのか定かではありません。
 この稲荷社は、元は子安在住の小川姓一族により維持管理されておりました。たいへんめずらしいことに、この社にお坊さんが関係あるせいでしょうか、お稲荷様と言えば神様なのですが、昔からこの土地の人は神前に線香をあげる習慣があるということです。


飛翔 大地を見据え、さらなる飛躍を
 最先端都市として発展してゆく人間都市川崎の中心点として未来に向かう躍動感を表現した。
 人は、己の立つ台地を離れてはどんな発展も、未来もその真価を発揮しえない。幾度となく大地に帰り、そしてあらたなる飛翔に向けて立ち上がる。
          川崎市 平成5年3月建立


殉職税務署員慰霊碑:川崎南税務署

  建碑趣旨
故大藏事務官瑞山豐藏氏は終戰後世態の劇變に伴う道徳の頽廃に
因り税法違反日に多きを加えんとするに際し神奈川税務署関税課
長としてこれら惡質犯則者の摘發に日夜鞅掌しつつありたるが偶
偶昭和二十二年六月二十三日第三國人酒類密造の報に接し率先課
貟を統率してこれが取締に當りたる處不幸凶漢の不逞の報復に遭
い遂に前途有為の身を犠牲に供しその職に殉ずるに至りたるは寔
に痛歎の極にして遺族の哀情を察するとき眞に哀悼に堪えざるも
のあるも君が烈々たる職責遂行の信念と事に當りての果敢なる行
動とは全國六萬税務管理の旗標として同僚を奮起せしむると共に
國民の正義感に訴え弛緩せる道義心を粛然たらしむるものあり茲
に同僚有志にして君が殉職を卹む者相諮り資を損て碑を建て君が
名聲を永く後世に傳えんとす
  昭和二十五年十月一日
             東京國税局長 坂田泰三誌

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