ウェブを検索していて、金沢区にはクゲヌマラン(Cephalanthera longifolia)あるいはギンラン(C. erectra)類似種が結構豊富との情報に気づきました。これまでギンランと思って撮影した写真が何枚かあったので、見比べてみると唇弁に距は殆どなく、葉も細いので、確かに普通のギンランとは少し異なるようです。そこで、文献を繙いてみて気づいたことがあったのでメモを残します。
【概要】
金沢区に自生するクゲヌマラン (C. longifolia)と思われる野生ランが、鵠沼で記載された当初の系統と同じであるかどうかの検討はなされていない。自生地の多くは埋め立て地なので、他県や海外から人為的に導入された可能性も否定できない。
【背景】
クゲヌマランは、前川文夫により記載に用いられた標本の提供者である服部静男に因んで、C. shizuoiと命名されました(前川,1936)。ギンランによく似るが、唇弁の距が発達しないこと、葉がより細身であること等の特徴から区別できるとのことです。前川(1971)の挿絵に描かれたクゲヌマランは、金沢区の何か所かで確認できる野生ランとよく似ています。従って、『金沢区でみられるギンラン類似の野生ランはクゲヌマランである』としても良いように思われます。
一方、遊川ら(2003)は、欧州で原記載されたNarrow-leaved Helleborine (C. longifolia)とクゲヌマランとで記載に差異がないことを見出し、クゲヌマランの種名をC. longifoliaとし、このことはラン・ネットワークや環境省を始めとして広く受け入れられてきている様です。
ところが、金沢区で確認できるクゲヌマランは、ウェブ上で見かける海外のC. longifoliaの写真と比べて、あまり似ているように思えません。私が確認している自生地の殆どはこの30年ほどの埋め立て地ですから、分布には大なり小なり人の関与があったものと考えられます。クゲヌマランの記載に使用された標本が得られた藤沢市では1970年頃絶滅したと考えられ、その後1983年に再発見された(伊藤,2004)とありますが、この再発見個体群が県外あるいは海外から導入された個体に由来していた可能性を否定できるものではありません。
グケヌマランは、発見された当時は松林で生じるとされましたが、再発見以降の近年では松林以外でも確認されており、必ずしも松林に依存しないことは、遊川(2008)の移植実験でも証明されています。しかしながら、C. longifoliaは、菌根への依存性が高いという報告(Abadle et al., 2006など) もあります。このことは、金沢区でみられている個体の多くが矮性化している事と関係があるのかも知れません。
本日(2016.5.15)、金沢区でのクゲヌマランと思われるランは、花期が殆ど終わっており、まだ咲き残っていた数個体のみ確認してきました。咲いていたのは、いずれも丈が10cm以下の個体で、目立った距はなく、葉が細身でした。近くには花の終わった個体が100以上はありましたので、来年は春先にもう一度確認したいと思います。
本邦産キンラン属Cephalantheraの識別に便利な検索表が神奈川県植物誌に載っていましたので、引用しておきます。
A.花は黄色、蕚片は長さ15mm以上、唇弁には5~7本の隆起線がある…………………………(1)キンラン
A.花は白色、蕚片は長さ12mm以下、唇弁には3本の隆起線がある
B.葉は線状披針形または狭長楕円形で長さ7~15cm、葉の上部、葉の裏面、縁には白色の短毛状突起がある。
……………………………………………………………………………………………………(2)ササバギンラン
B.葉は長楕円形で長さ2~8cm、まれに鱗片上に退化、短毛状突起がなく平滑である
C.葉は上部に1~2枚かまたは鱗片状、長さ3cm以下である…………………………………(3)ユウシュンラン
C.葉は数枚つき、長さ3cm以上である
D.葉身の下部は平坦となる。距は短い………………………………………………………(4)クゲヌマラン
D.葉身の下部は平坦とならない。距は明らかである………………………………………(5)ギンラン
【参考】
HiroKen花さんぽ (accessed 2016-05-15).
Narrow-leaved Helleborine Cephalanthera longifolia (accessed 2016-05-15).
鵠沼地区自然史年表 (accessed 2016-05-15).
大貫一夫(2008)ラン科植物保存活動経過報告2003年~2007年、ラン・ネットワークJAPAN、第6号、16-25.
遊川知久(2008) 北海道に分布するクゲヌマラン類似植物, 北方山草, (26), 13-20.
Abadle et al.(2006) Cephalanthera longifolia (Neottieae, Orchidaceae) is mixotrophic; a comparative study between green and nonphotosynthetic individuals, Can J Bot, 84, 1462-1477.
金子紀子(2005)クゲヌマラン?多産する, FLORA KANAGAWA, 60, 743-745.
伊藤 聖(2004)クゲヌマランの初出について、鵠沼、88, 1-8.
遊川知久・山崎旬・三吉一光(2003)クゲヌマランの分類と分布, Orchid Science, 9, 10-12.
神奈川県植物誌調査会編(1988)神奈川県植物誌1988, 1442p, 神奈川県立博物館, 横浜.
前川文夫(1971)原色日本のラン, 誠文堂新光社, 東京.
前川(1971)に掲載されたクゲヌマランの図
牧野富太郎(1940)牧野日本植物圖鑑、北龍館、東京.
ウェブ版
前川文夫(1936) Cephalanthera Shizuoi F. Maekawa, in 中井猛之進監輯:東亞植物圖説第1巻第3輯, 57-58, tab26, 春陽堂, 東京.
以下、本日撮影した写真です。
【主な経路】
夕照橋-野島-海の公園-小柴崎緑道-金沢バイオパーク-長浜船溜まり-富岡(ジュビのえんがわ)-鳥見塚-新杉田公園-芦名橋-浜マーケット-真照寺-金剛院-上大岡-釜利谷市民の森(なばな休憩所)-金沢動物園-朝比奈-六浦
【参考】
ヒメコバンソウ Briza minor
スズメノヤリ Luzula capitata
マンテマ Silene gallica
ノゲシ Sonchus oleraceus
シロツメクサ Trifolium repens
ミズクラゲ Aurelia aurita
ウミニナ類 Batillaria spp.
マメグンバイナズナ Lepidium virginicum
マツバギク Lampranthus spectabilis
タチアオイ Althaea rosea
ハナツルクサ Aptenia cordifolia
ムギクサ Hordeum murinum
ハイアオイ Malva rotundifolia
ヤセウツボ Orobanche minor
センダン Melia azedarach
カラタネオガタマ Magnolia figo Syn. Michelia figo
ガマズミ Michelia figo
ムラサキツメクサ Trifolium pratense
オオシマザクラ Cerasus speciosa
エゴノキ Styrax japonica
コバンソウ Briza maxima
イヌホオズキ Solanum nigrum
ムラサキゴテン Tradescantia pallida
ペラルゴニウム Pelargonium spp.
ハナビシソウ Eschscholzia californica
白花のムラサキツメクサ Trifolium pratense f. albiflorum
ブタナ Hypochaeris radicata
ドクダミ Houttuynia cordata
キキョウソウ Triodanis perfoliata
ハシドイ Syringa reticulata
サツキ Rhododendron indicum
ジュピのえんがわ
テイカカズラ Trachelospermum asiaticum
ハタケニラ Nothoscordum gracile
ハナネギ Allium Giganteum
スカシユリ Lilium maculatum
ヒルガオ Calystegia japonica
ハアザミ Acanthus mollis
ツボサンゴ Heuchera spp.
ヤマモモ Morella rubra
バーベナ Verbena spp.
ツマグロオオヨコバイ Bothrogonia ferruginea
ヤマボウシ Cornus kousa
ハナザクロ Punica granatum
禅馬山三郷院真照寺
三面大黒天(医王山金剛院)
クマバチ Xylocopa appendiculata
アオスジアゲハ Graphium sarpedon
タチアオイ Althaea rosea
ヒエンソウ Delphinium ajacis
ゼニアオイ Malva sylvestris
なぱな休憩所より
キチョウ Eurema hecabe
ブラシノキ Callistemon speciosus
スイカズラ Lonicera japonica
ガウラ Gaura lindheimeri