弘明寺道を辿る

 横浜市南区の瑞應山蓮華院弘明寺は、737年に行基により開山されたと伝えられる古刹で、弘明寺観音の愛称で広く信仰を集めています。当然ながら五街道の整備より前から存在しているのですが、各地に残された道標の刻印から、浦賀道から分岐する弘明寺道が存在していたと考えられています。今日は東浦賀道からの分岐点『北向地蔵』から西浦賀道のからの分岐点『延命地蔵』まで、多分この辺りではなかったかと思われる道筋を辿ってみました。
【主な経路】弘明寺道(推定)
(井土ヶ谷駅)-金沢横丁-北向地蔵-大阪-巡礼橋跡-弘明寺-中里-餅井坂-最戸-大久保-上永谷-馬洗橋-丸山台-日限山-舞岡-本郷台-弘明寺道道標-延命地蔵-(本郷台駅)


【金沢横丁】保土ケ谷区帷子町2丁目71
 本日の起点は東海道から東浦賀道への分岐点である金沢横丁です。四基ある右から二番目の石標の右面の文字は『ぐめうし道』と読み取れます。


【北向地蔵】保土ヶ谷区岩井町405番地
 東浦賀道とここで分岐していることが、北向地蔵尊の台座に『是より右の方くめう寺道』と刻まれていることからわかります。


【巡礼橋跡】南区井土ケ谷中町152
 今は暗渠化されている小川がこのあたり(井土ヶ谷中町58)を流れていたそうです。巡礼橋の袂にあった庚申塔は住吉神社に移設されたらしく、住吉神社の境内社である秋葉神社の後ろの石塔群がそれではないかと思います。機会があればいずれ確認したいと思います。

【文献】横浜中央図書館(2019)巡礼橋跡について, URL:https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000310712, Accessed:2022-09-25.


【瑞應山蓮華院弘明寺】南区弘明寺町267番地
山門脇には『保止可也(ほとかや)道』の道標がありました。


タブノキ Machilus thunbergii 横浜市指定名木古木 No.53007
 主幹は既に失われていて、今ではタブノキとしてはこじんまりとしていますが、かつては弘明寺参りの参詣者に木陰を提供した大木だったのでしょう。根元にはひっそりと稲荷社が祀られていました。


【餅井坂下の道標】南区別所3丁目5-5
 案内板の記述(以下に転載)から弘明寺道は鎌倉道でもあったことが伺えます。道標の碑文は読み取れないまでに摩耗していました。

道標解説

      最戸村
  みなミ
      かまくら道
      百万遍
 南無阿弥陀佛
      供養塔
    かみ とつかミち
  水
    下  くめやうじ道

もちい坂
 もちい坂は、保土ヶ谷と鎌倉を結ぶ鎌倉道の中間にありました。文明十八年(一四八六年)京都を出て諸国を遍歴した聖護院道興三后は、その年の秋、浅草を出て新羽(現港北区)を過ぎ、かたひら(現保土ヶ谷区)、岩井の原(現同上)を経てもちい坂にかかり、そり紀行「遍国雑記」に次のように書いています。
  もちゐ坂といへる所にて、俳諧の歌
  行きつきて見れ共みえずもちゐ坂
  ただ藁靴に足をくはせて
 もちい坂は道中の急坂で、その峠の近くには、江戸時代には茶屋もあって、旅人はあたりま風景を楽しみながら一服しました。ここを過ぎたあと鎌倉道は次の附近を通っていました。
 武相国境-永谷天神-日限地蔵-舞岡-下倉田-すりこばち坂-小菅ヶ谷-新橋<(にいはし)-笠間-離山(はなれやま)(大船)-建長寺前-巨福呂坂-鶴岡八幡宮横
  歌の意
 ようやくもいち坂に行きついて、その坂の名にあるもちを食えるかと思ったが、もちは見えず、ただはいているわらじが、足にくいこんでいるだけである。
餅井坂の道標:南区別所3丁目5-5


【馬洗橋】南区丸山台1丁目
 ここには、石碑等はみあたりませんが、案内板が設置されています。

馬洗橋(うまあらいはし)
 馬洗の名の由来は、「新編相模国風土記稿」の永谷上村の項に「馬洗川南北に貫けり、幅三間、元禄国図にも馬洗川と載す。鎌倉古路係りし頃、此流れにて馬を洗いしにより、此名ありと伝ふ」とあるように、鎌倉時代尼将軍といわれた北条政子が騎馬を疾駆してこの地を通り、汗と塵にまみれた騎馬を洗ったひとによると言い伝えられている。
 この辺りは、永谷と野庭の境になる「鎌倉下の道」と、日限山方面から丸山台を抜けてくる古墳、更には馬洗川沿いの道が交差する交通の要路であり、また、鎌倉の外境の㹨<(ういたち)川と弘明寺の中継点として、格好の憩いの場所であったと言い伝えられている。


【馬頭観音】戸塚区舞岡町2008-11
 ここは昔、鎌倉道が通っていて、日限山-柏尾-平尾への道と、丸山-馬洗川-最戸-弘明寺への道の分かれ道と言われているそうです。つまりこれは、馬の安全を守るために建てられたものだと考えられます。 6年音無一


【庚申塔】戸塚区本郷台5丁目37-6(舞岡公園)
 なぜ、ここに庚申塔があるのか、この解説でよく理解できます。鎌倉街道中道と弘明寺道の分岐点はこのあたりであった様です。

   庚申塔について
 この石塔は道標を兼ねた江戸時代の庚申塔です。庚申塔は特に江戸時代に農村で流行した庚申信仰に基づくもので元文二年(1737年)に舞岡村の信者により建てられました。もとはここから凡そ八十メートルの場所にありましたが、都市計画道路横浜藤沢線の建設により現在の場所に移されました。正面下には「前岡村同行七人」と建立者の銘があり、『新編相模国風土記稿』(江戸時代の地誌)に記載されている「古は前岡と記す」ことを裏付ける貴重な史料です。
 庚申塔の向かって右側面には「これよりぐめうじミち」、左側面には「これよりかまくらミち」と道標が刻まれています。道路建設前、この周辺は雑木林に覆われた舞岡川源流の丘陵地で、丘陵の尾根に沿って日限山方面から小菅ヶ谷方面へ抜ける尾根道がありました。それは中世の鎌倉道の一つの古道で、江戸時代には「ぐみょうじみち」と言われ、東海道の保土ヶ谷宿から弘明寺観音を経て鎌倉へ通じる道として利用されていました。その道沿いにひときわ目を引くスダジイの大木がそびえ、二又に分かれた幹の根元に包み込まれるように、この庚申塔は建っていました。
 スダジイは推定樹齢から庚申塔の建立と同時期に植えられたとみられ、二千六十年余にわたって両者が一体となって往来する人々に道標の役割を果たしてきたことが伺えます。
 道路建設によりこの辺りの地形は大きく変わり、スダジイと庚申塔が見守ってきた古道の尾根道も消失しました。庚申塔とスダジイは、市民と横浜市の話し合いにより移転が実現し、スダジイの幹はここからも見えますが、舞岡公園内の南の丘に移植されています。     平成23年1月     (文責)舞岡まちづくり塾 (設置)横浜市道路局


【弘明寺道道標】栄区小菅ヶ谷2丁目9
 光の加減でよく見えませんが『くミやうし道』と刻まれています。


稲荷社:栄区小菅ケ谷2丁目15-18
力石:西本郷小学校(栄区小菅ケ谷2丁目22-1)
 稲荷社境内の石塔群に道標はないようでした。近くの西本郷小学校前には力石が安置されていました。

  力石(三十貫目)の由来
 この石は江戸時代の末(一八六〇年)頃、村の若者たちの力比べに使われていたものです。
 明治の初め、小菅谷村出身東京相撲の力士、春日森関取は、この力石を軽々と持ち上げ、手玉に取ったとか。
 その後、明治の中頃、小菅谷村の住人で田中某氏は草ぶき屋根にはしごを掛け屋根の棟まで担ぎ上げたとか、と言い伝えられています。
 また明治の終わりごろまでは、小菅ヶ谷村でも力石を担ぎあげる五、六人の若者があったが、その後この力石を担ぎあげた人はいない。
          三十貫目とは百十二、五キロの重さにあたります。


【延命地蔵尊】栄区小菅ケ谷1丁目31
 延命地蔵審の傍らにある道標には『従是ぐみやうじ道』の文字が見えます。この三叉路で交わる県道203号線が西浦賀道(鎌倉道)に相当します。浦賀道は住宅開発や道路整備によって失われている部分が多く、残されている史跡も多くはないため、観光資源としての活用は難しいかも知れません。

【参考】
 金沢横丁道標四基:保土ケ谷区帷子町2丁目71
 道標:金沢横丁
 稲荷社:保土ケ谷区帷子町2丁目69
 御所台地蔵尊と石塔群:保土ケ谷区岩井町
 御所台の井戸:保土ケ谷区岩井町71-4
 北向地蔵尊:保土ケ谷区岩井町406-2
 北向地蔵台座の道標
 馬頭観音:南区永田東1丁目7-13
 巡礼橋跡
 弘岡橋:南区井土ケ谷中町152
 瑞應山蓮華院弘明寺:南区弘明寺町267
 道標:弘明寺
 かんのん商店街
 タブノキ Machilus thunbergii 横浜市指定名木古木 No.580007
 稲荷社:南区弘明寺町257
 餅井坂下:南区別所3丁目5-5
 道標碑:餅井坂
 馬洗橋:南区丸山台1丁目
 馬頭観音:戸塚区舞岡町2008-11
 舞岡公園
 庚申塔:戸塚区本郷台5丁目37-6(舞岡公園)
 庚申塔の道標刻印
 庚申塔と榎(旧地で撮影再録)
 稲荷社:栄区小菅ケ谷2丁目15-18
 石塔群(稲荷社境内)
 双体道祖神(稲荷社境内)
 力石:栄区小菅ケ谷2丁目22-1
 延命地蔵尊:栄区小菅ケ谷1丁目31


 以下は、本日撮影の植物です。


【参考】
 タンキリマメ Rhynchosia volubilis
 (斑入)オオバイノモトソウ Pteris cretica ‘Albolineata’
 ヤブミョウガ Pollia japonica
 デュランタ Duranta erecta
 タブノキ Machilus thunbergii 横浜市指定名木古木 No.580007
 ヒガンバナ Lycoris radiata
 ツルボ Barnardia japonica
 ニラ Allium tuberosum
 フレンチマリーゴールド Tagetes patula
 シロバナマンジュシャゲ Lycoris x albiflora
 テイカカズラ Trachelospermum asiaticum

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