COVID-19禍の中、しばらく立寄らないうちに元長者町の水天宮が遷座していました。そこで、合祀先の南太田杉山神社のサイトをみてみますと、どうやら平成10年以降は影宮として維持されていたようです。
南太田杉山神社
2019年10月5日
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お知らせ
水天宮様はY校(横浜商業高等学校)横の杉山神社様に遷座(移転)されましたので、杉山神社様にお詣りくださいますようお願い申上げます。
令和二年三月
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(南区の歴史より転記)
元長者町水天宮 西中町四丁目七九番地
(中区長者町一丁目四番地に鎮座したが横浜大空襲に被災し、進駐軍に土地は接収されて現在地に移転した。)
境内 七二坪(二三七平方メートル)
沿革 貞享年間(一六八四~一六八八)筑前国久留米の水天宮の分霊を勧請したと伝えられるが不詳である。明治初年に春塘河野與七が再興したが、大正一二年関東大震災で焼失、その後再建を遂げた。
祭神 安徳天皇、高倉中宮建礼門院、祖母二位尼、天御中主神、宇迦之御魂命(合祀、長者町稲荷社)
社殿 昭和二十二年八月二〇日遷座、現在殿は昭和四〇年一二月改築。
境内神社 境内神社に長者稲荷社があった。此の社は天保二年(一八三一)二月、山城国伏見稲荷の分霊を勧請したものであると伝えられる。長者町の町名は、この神社の称号より起こったという説がある。
神職 佐野新平。
【参考文献】
南区の歴史発刊実行委員会(1976)南区の歴史、p.340.