今日はあまり出かけたことのなかった横浜市北部を歩いてみました。このあたりは、地神塔、道祖神、庚申塔が混在していますが、同所に集められているときには、地神塔が中央に置かれていることが多いような印象です。
地神、道祖神マップ (作成中) 地神(地天) 三浦半島の道祖神と地神
緑区、旭区、保土ケ谷区 瀬谷区、大和市 神奈川区、西区、保土ケ谷区 相模原市、町田市、青葉区、旭区 逗子市 横須賀市浦郷周辺
【主な経路】
(相模大野駅)-上鶴間本町-高ヶ坂-成瀬-奈良町-恩田町-田奈-長津田みなみ台-霧が丘-若葉台-上川井町-(十日市場駅)
地神塔:谷口中村公園(相模原市南区上鶴間本町4丁目6)
地神墖移転之記
此の地神塔は文政五年八月青柳寺十二世日冲上人相刕上鶴
間村字中村三六一九番地東南の地高さ六十糎の塚上に建立
それ講中数十軒の崇敬の的であったが太平洋戰争終戦以后
急激な社会狀勢の変化に伴ひ專業農家減少し現在では二十
五軒となった
偶々相模大野駅周辺区画整理事業の爲公園の一角である
当所に移転の止むなきに至ったのである
維時昭和五十三年戊午三月吉日 中村講中
方運山廿六㔺師心院日翁代
此の地神塔は文政五年八月青柳寺十二世日冲上人相刕上鶴
間村字中村三六一九番地東南の地高さ六十糎の塚上に建立
それ講中数十軒の崇敬の的であったが太平洋戰争終戦以后
急激な社会狀勢の変化に伴ひ專業農家減少し現在では二十
五軒となった
偶々相模大野駅周辺区画整理事業の爲公園の一角である
当所に移転の止むなきに至ったのである
維時昭和五十三年戊午三月吉日 中村講中
方運山廿六㔺師心院日翁代
【注】文政五年:1822年、日翁(八幡城太郎1912-1985)は、方運山青柳寺の住職だった方で、俳人としても活躍したそうです。
青柳寺に眠る文人たち、URL:http://www.seiryuji.or.jp/publics/index/24/, Accessed: 2023-01-29.
道祖神:相模原市南区上鶴間本町4丁目26
中央の文字碑には、
道祖神と庚申塔:町田市成瀬8丁目1
左側の道祖神は、
地神塔(石塔群):町田市成瀬7丁目1-33
地神塔を中央に、左側は馬頭観音、右の三基は地蔵の様です。地神塔の銘には、維時龍舎
地神塔:青葉区奈良町833
いかにも新しそうなこの碑の銘には、
井戸久保の地神塔:青葉区恩田町2172-3
中恩田の地神塔:青葉区恩田町44
摩滅が進んでいるのですが、
石塔坂の道祖神(?)兼道標:青葉区田奈町6-2
正面に供養塔とありますが、これは道祖神というより観音像に見えます。取り違えている可能性もありますので、青葉区関係の文献も含めて要調査です。
五神明地神塔:旭区上川井町2248
地神塔は、文字碑が多く神像を刻した塔はあまり多くありません。さらに、徳島県を中心に農業に関わる五柱の神名を刻んだ五角形の地神塔も知られており、徳島型、五角柱型、また儀式に用いたという意味で醮儀型と呼ばれます。上川井の地神塔は神奈川県では数の少ない五角柱型でした。
正面:
左前:
左後:
右後:
右前:
大貫谷戸水路橋
橋構造 ●延長414m(鉄鋼水路306m)
●高さ23m
水路構造●深さ2.7m 巾2.2m
この水路橋は相模湖にためた水を西谷浄水場に運ぶための導水路の一部です。このような構造の、長い水路橋は全国的にも珍しく貴重なものとなっています。
導水路には約3.7kmの距離を約13時間かけて水が流れています。このうち川井接合井から鶴ヶ峰接合井までの間の長さ約7kmの区間は、100m進むと6cm下がる傾きで造られているため、水は自然に流れていきます。
※接合井(せつごうい):導水路の分岐点や合流点で、一時的に水をためる施設
横浜市水道局川井浄水場
【参考】
相模原市中央図書館
ブラジルヤシ Butia capitata
マンホール(汚水)の蓋
稲荷社:相模原市南区上鶴間本町5丁目16-19
恩田川
成瀬杉山神社:町田市成瀬4-13-16
稲荷堂(2于):町田市成瀬4丁目6-15
住吉神社:青葉区奈良町833- ムクロジ Sapindus mukorossi 横浜市指定名木古木 No.59018:薬師堂(青葉区恩田町2169)
石塔群::薬師堂(青葉区恩田町2169)
オナガ Cyanopica cyanus
大貫谷戸水路橋