浦賀道から白山道へ

 今日は、ちかくの浦賀道(うらがみちから、白山道(しらやまみち方面を散策してみました。
うらが道としらやま道マップ
維管束植物の分類【概要小葉植物と大葉シダ植物裸子植物被子植物(APG-IV体系)】【生物系統樹



おしんめさま:横須賀市追浜本町1丁目
雷神社奥の院:追浜町3丁目12
雷神社:追浜本町1丁目9-9
傍示堂(ほうじどう)石塔群:追浜本町1丁目6-8
馬頭観音2基(傍示堂)
宝篋印塔:六浦東2丁目12
厄神様:六浦南1丁目32-5
上総屋豆腐店跡
ナンテン Nandina domestica
ウオゴゴロ:六浦南1丁目34-29
栄太楼:六浦南1丁目34-14
庚申塚:三艘町内会館前
アキニレ Ulmus parvifolia
六浦2号橋
諏訪之橋(かねさわ道と東うらが道の分岐点)
伝 畠山重保墓:釜利谷南1丁目4-22
白山東光禅寺:釜利谷南2-40-8
センリョウ Sarcandra glabra
マンリョウ Ardisia crenata 【,a href=”https://ichihashi.me/wp/?p=37963#Ryo”>冬の赤い実】
シロミノマンリョウ Ardisia crenata f. leucocarpa
寒念仏供養塔:釜利谷南2丁目41
観音堂石塔群:釜利谷南2丁目43-44
白山妙理大権現(白山社):釜利谷南2丁目44
 毘沙門天像
 神像
 丸石
 不動明王像
 延命地蔵尊
 白山稲荷社
 諏訪社
ヒメツルソバ Persicaria capitata
カンアオイ Asarum nipponicum
不動明王像(11号やぐら):釜利谷南2丁目58


釜利谷やぐら遺跡・11号やぐら
「やぐら」とは、鎌倉・室町時代の納骨や供養のために、方形に掘られた武士や僧侶たちのお墓で、鎌倉やそり周辺の山腹に多く見られます。
 釜利谷やぐら遺跡ではも約9基のやぐらが調査されました。それらの多くが東方の旧東光寺跡ょ囲む標高13~18mの低い崖面に掘り込まれていたのに対し、ここに保存された11号やぐらは、それよりかなり高い尾根の中腹(標高45m)に単独で位置しているところに特徴があります。11号やぐらの現況の大きさは、奥行き0.24m・間口1.7m・高さ1.73mで本来の形から見ると前方部がかなり削られています。また、奥壁の中央は箱型に掘られ、石造りの不動明王が納められています。
     平成21年3月 横浜市教育委員会


釜利谷やぐら遺跡
     (横浜市金沢区釜利谷南二丁目)
 白山道奥公園からウッドパーク金沢文庫にかけての丘陵一帯は、「釜利谷やぐら遺跡」と呼ばれ、宅地造成に先立つ昭和六十一年六月から昭和六十二年七月にかけて発掘調査が行われ、つぎの様な中世を中心とした時代の遺構・遺物が発見されました。
一 鎌倉古道の一つである白山道の尾根道が三筋(一・二・三号)検出されました。これらは、おおむね稜線に沿って開かれており、部分的に凝灰岩の岩盤に刻み込んだ低い段が連続するところがあり、歩きやすいように手が加えられています、なお、西側の三号尾根道の一部、約七十㎡が保存されており、実際に登り降りができます。
ニ 一号尾根道の中腹の平坦部(約二十六㎡)から鎌倉時代に創建された東光寺の歴代住職の墓九基と鎌倉時代の武将畠山重忠の墓所と伝承される供養塚が調査されました。いずれも岩盤を掘り込んで作られ、木棺に使用されたと見られる板や人骨が出土したものがあります。
三 中世の墓であるやぐらが、九基発見されました。
四 遺物は。やぐら群から灯明皿・かわらけ・常滑焼の大甕、供養塚の周辺からは五輪塔・水鉢などが出土しました。
     平成二十一年三月  横浜市教育委員会


鼻缺地蔵尊:朝比奈町
オキナワスズメウリ Diplocyclos palmatus
ナンテン Nandina domestica
ヘクソカズラ Paederia scandens
寒椿(かんつばき Camellia x hiemalis
ヒマラヤスギ Cedrus deodara
ワイヤープランツ Muehlenbeckia axillaris
金沢自然公園夏山口
ヒサカキ Eurya japonica
トベラ Pittosporum tobira
北谷野仏群:釜利谷東5丁目8-6
石塔群:釜利谷東6丁目24-1

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