18世紀初頭に出版された医薬書『大和本草(1708)』での柑橘類は、橘(=みかん)、金橘、柑、柚、橙、佛手柑、朱欒(=ざぼん)が記載されています。それぞれの品種についての項目もあるのですが、現在の分類系統とは必ずしも一致しておらず、例えば、現在では温州ミカンの交配親のひとつと考えられている九年母(shimizu et al.,2016)は柑の品種と考えられていたようです。現在ではミカン科サンショウ亜科に位置付けられている山椒は全く別のグループとして記載され、ミカン科(Rutaceae)の名称の元となったミカン科の模式種ヘンルーダに関すると思われる記述は『雑草』の項にあります。
【ミカン科の系統概要】
維管束植物の分類【概要、小葉植物と大葉シダ植物、裸子植物、被子植物(APG-IV体系)】【生物系統樹】
柑橘類:大和本草巻之九
○果木 説文云在木曰果在草曰菽
橘
○タチハナト訓スミカンナリ其花ヲ花タチハナト古歌ニヨメリ南方温煖ノ地及海邊沙地宜シ故紀州駿州肥後八代皆名産也共ニ南土ナリ紀州ノ産最佳シ北土及山中寒冽ノ地ニ宜カラス故本邦ニテ北州無之朝鮮亦然リ本草ニ實ヲウヘタルハ氣味尤マサルト伝ヘリ諸木皆
接木ヨリ實ウヘノ木實ノ味ヨク材ニ用ニモヨシ中𬜻ヨリ來ル陳皮ハ大ニシテ性ヨシ年々多ク來レリ日本ノ陳皮ハ大ニ下サレリ可用今ノ世醫多クハ是ヲ不用ハ何ソヤ陳皮ヲ君藥
1)ニ用ル方ニ和ノ陳皮ヲ用レハ效ナシト云入ニハ和中ヲ理胃藥則留ハ白ヲ入ニハ下氣消痰藥ニ則去白ヲ本草曰陳皮ノ性能ク補フ其功在諸藥之上凡靑皮陳皮枳ノ實枳殻ハ其採時ノ早晩ト實ノ老ナン嫩ヲ以分ツ嫩キハ性酷シクシテ下ヲ治ス老ハ性緩ニシテ治高キヲ去白ヲニハヌル湯ニ盬ヲ入陳皮ヲヒタシ洗ヒ筋トウラノ白膜ヲ刻用ユ是本草ノ説ナリ白膜ヲウスクコソケ去ヘシ
○橘ヲ十一月ヨリ雨ヲサケテカコニ入或ワラニアラク包テ日ニホスカヘニソヒテ掛レハ易腐リ春月ヨク干タル時器ニ納ヲキ咳痰久ク癒サルニ刻ミテ生薑ヲ加ヘ煎シ用𫞪驗アリ其氣味好シ痰除キ咳ヲ止メ肺ヲ潤シ開ク胸ヲ香氣アリ果トシ食ノモ味ヨシ能ホシタルハ久ニ堪ヘテ損セス老人虛冷ノ人ハ生果ヲ食セスノ是ヲ食フヘシ核トモニ用
○”丹渓
2)潤下丸”、”囘春痰飮門滌散”、本草綱目”二賢散”此三方相似タリ皆陳皮ヲ用ユ可考
○本草
時珍3)曰橘品十有四今按
韓彦直4)橘録ニ詳ナリ本邦ニモ數品アリ
○
白和カウシ遠州白和村ニアリ故名ツク其皮ウスク色黄ニシテ味ヨシ不酸カラミカンヨリ大也是眞橘ナルヘシ輿本草合ヘリ其味ミカンニ下サレリ又一種ヨク白輪カウシニ似タル橘アリ是亦ミカンヨリ大ニシテ味亦ヨシ中𬜻ノ橘ナリトテ西土ニアリ
○溫州柑其葉蜜橘ニ似テ薄小ナリ其實ノ肌蜜橘ニ皮ノ裏如柑蜜橘ヨリ薄シ皮ノ味ハミカンニヲトレリ其色ミカンヨリ赤シ二三月ニ至リテ味彌ヨシ土佐州ヨリ出ツコレヲ日本ニテ溫州柑ト稱ス本草ニ橘譜ヲ引テ柑橘溫州ノ者爲上ト事ヲイヘリ凡そ中𬜻ノ書ニ所記ノ品類ト本邦所在ト同キアリ不同アリ橘類ナト各有無異動アリ
○
包橘橘ヨリ小也皮ウスク
瓤ノヘタテ上ヨリ見ユ皮ニ光アリ熟シテ後色黄ニシテ味甘シ本草ニ見ヱタリ又大カウシト云物アリ古人柑ヲカウシト訓ス今包橘ヲカウシト稱スルハ誤ナリタチハナハ橘ノ本名ナルヲ他果ニ名付ルカ如シ
○タチハナト云物カウシニ似テ小也金橘ヨリ微大也是本草所謂油橘カ未詳皮薄ク味スシ上少クボメリ橘類最下品ナリタチハナハ橘ノ名ナルヲ此果ニ名付ルハアヤマリ也
○紅橘アリカラヨリ來リルミカンニ形似タリ其色ミカンヨリ紅ナリ本草朱橘ト伝ナルヘシ又緑橘アリ味甘シ
○サ子ナシミカン大サハ常ノミカンニ同シ味ヨシ山州長池又紀州ニモアリト云
○日本紀垂仁帝九十年命田通間守遣常世國令求非時
香果今謂橘ト是也今按ミカン此時初テ日本ニ來ル常世ノ國未詳何地
○中夏ノ書ニハ橘下ニ埋鼠則結實加倍ス本邦ニテハ猫ヲ埋ムカヨシト云
○橘類菉豆ノ中ニ收ヲケハ不損米穀ノ傍ニヲケハ早ク損ス
金橘
一、名盧橘
5)‘司馬相如
6)譜’曰盧橘夏熟ス
一、説枇杷ヲ盧橘ト云ハ誤ナリ此論諸書に多ク出タリ盧橘ヲ金橘トスル説ハ枇杷ノ下ニ詳ニス金橘小ナル時移セハ活ク三尺以上の大ナル木ヲウツセハ必枯ル彭淵材金橘帯酸ヲコトヲ恨ム歸田録ニ云此果藏于菉豆ノ中ニ經テ時ヲ不變
柑
○俗ニ九年母
7)ト云義未詳木ハ蜜橘ヨリ長シヤスク早クミノル虚冷ノ人不可食性寒続日本紀九聖武帝
神龜二年播磨ノ
直 弟兄初
賚甘子ヲ從唐國來ル
佐味 虫麻呂先殖其種結子トイヘリ柑橘モト異國ヨリ來ル
○夏蜜橘
8)アリ小ニ蜜橘ヨリ大ナリ皮色靑シ夏ニ至テ熟ス實モ皮モ味モ柑ニ似タリ柑類ナリ蜜橘ヨリ皮厚ク味淡シ橘類ニ非ス廣州記曰羅浮山橘夏熟ス實大如柿コレ本邦ノ夏蜜柑歟
○リマン
9)ト云物アリ柑ノ類ナリ味不好只切テ酒ノ肴トス大サハ柑ノ如シ味酸シ
柚
○山中寒村ニモ宜シ橘柑ニ異レリ一種國俗ニ花柚
10)ト云物アリ其實小ニシテ多クミノル花ヲ酒にウカヘ羮ニ加フ故名ツク味大柚ニヲトレトモ亦可賞ス海邊砂土最繁茂シヤスシ
○大福ト云物アリ柚ノ類ナリ皮アツシ蜜橘ヨリ大也皮ノ肌柚ヨリ細ニ味酸シ京都ノ邊鄙ニアリ味不美
○ユカウ
11)ト云物アリ柚ニ似タリ
橙
○若水曰橙柚ノ別本草綱目ニシルセルヲ正トスヘシ他書ニ往々記シアヤマリテ橙ヲ柚トシ柚ヲ橙トス
○俗ニタイタイト云ハ其
蔕ニ臺二アル故也ト云又一種カブス
12)アリ蔕ニ臺ナシカフスハ
柑子を
訛稱スルナルヘシ或云乾タル皮ヲ用テ蚊ヲ薫フレハ蚊去ルカフストハ蚊フスヘノ意ナリト云前説近是一種色最紅ニシテ
瓤モ皮モツ子ノ橙ヨリ味頗ヨキアリ
○橙實ハ四五年モ不落𫞪大ニナル橙皮ホシテ蚊ヲフスフヘシ又疝氣ヲ治ス春ニ至リテ橙實ノカコヲ去皮ヲ用内ノ白膜ト筋ヲ去細ニ切豆油ニテ煮テツキクタキ砂糖ヲ加ヘ和シ甆器ニヲサメ口ヲ堅ク封シテヲタヘシ腹中ノ滞氣ヲメクラシ積聚ヲ消シ疝氣ヲ治ス本草ニモ橙膏ヲノセタリ凡橙柚ノ類皮ノ味不苦ハ柚類ナリ皮味苦惡キハ皆橙類ナリ
仏手柑
枸櫞ト云如人指ナルヲ佛手柑ト云由郡志ニノセタリ昔本邦ニ無之近世來ル味ハ不堪爲果ト只蜜煎
鼓淹トス香味ユシ其木寒ヲ畏ル南方煖地ニ宜シ故ニ北土ニハウエテモ不茂ヲ本草ニ置衣笥ノ中ニ則數日香不歇トイヘリ今試ニ然リ
朱欒13)
本草ニ朱欒ハ柚ノ釋名ニ載テ別ニ條不立橘譜曰朱欒顆圓實皮麤ク辨堅ク味酸惡不可食其大有尺三四寸圍ニ者摘テ之置几案問ニ久ケレハ則其臭如蘭今按是ザンボナリ本草時珍云柚大者謂之朱欒ト最大者謂之ヲ香欒ト朱欒ノ類近年本邦ニモ多シ柑橙ノ屬ナリ大ナルヲザンボト云葉ハ柑ニ似タリ實ハ橙ニ似テ其大サハ圍一尺五寸ニイタル皮黄ニ肉厚シテ香シ色黄白ナリ盬豉ニ藏ムヘシナカコハ酸クシテ不可食是本邦ニ所在ノ諸果ノ内最大ナリ長崎ニ多シ他州ニモアリサンボニ數種アリ一種上スコシ光るル味アシ上スコシキホキアリ味ヨシ一種肉赤シ食フヘシ一種橙子ユリ𫞪大ニシテ頚アリ色黄ニシテ味良シ實下リ垂ル事諸果ニ異リ一種クビアリテ橙子ノ大サナルアり味酸ク惡シ又一種頚ナク圓クシテ橙子ノ大サカルアリ肉アツクナカコ小ナリ可食又味酸クシテ不食モアリ猶形味大小異ナルアリ小ナルハ俗にジャガタラミカント云皆是朱欒ナリ葉ハ皆橙柑ニ似タリ枝ニ有刺或無刺其實世人乾作リ器ニ納ム茶香烟草
山椒
園史曰喜栽蔭處ニ宜壅河泥ヲ若糞ヲ澆ケハ則葉焦死年々根下土ヲ去テ河泥ヲ以カフレハ枯ス旱ニアヘハ枯ヤスシ山椒ニモ男女アリ男木ニハ實ノラス山椒ノ木處々刀ニテタテニワリテヨシ然ラサレハ木イタム桃樹ノ如シ陰地ニモヨシ𫞪歴地ヲイム山椒ト櫻ハ皮ヲ剝テモ不枯歟他木異常ノ山椒ハ丹波ニテビンセウト云ハリ多シ朝倉山椒
14)ハ但馬ノ朝倉ノ里ヲ初トス其後丹波ニモ植フ香氣烈シ常ノ山椒ニ葉モカハリハリスクナシ又冬山椒
15)アリ常ノサンセウヨリ葉大ニシテアツク冬葉アリ實ノ形状氣味ハ常ノ山椒ニ同シ本草諸書ニテ未見之本草序例云椒去實於鐺中ニ微熬令汗出則有勢力
○犬山椒
16)アリ葉ハ山椒ニ似テ微大實ノ臭味不好不可食是本草所謂岸椒ナルヘシ一名野椒本草ニ不𫞪香葉大於蜀椒
17)ト云ヘルニ能合ヘリ但子灰色不黑ト云ヘルニ異リ土地ニヨリ時ニヨリ品ニヨリテ然ルヤ山野ノ岸ニ多ク生ス岸椒野椒ト名ツケン事宜ナリ蔓椒ヲイヌサンセウトスルハ誤ナリ蔓椒ハ蔓生ス犬山椒ハ非蔓生凡犬ト名付シハ眞ニ以テ非眞ヲ云イヌタデイヌツゲナトノ如シ
雜艸:大和本草巻之七
ルウダ18)
蠻語ナリ是南蠻ルウタト云其葉
麻及羅勒
19)ニ似タリ左右に缼刻アリ蠻醫コノンテ用之腫物ニ葉ヲモミテヌルヘシヨク腫毒ヲ消ス又汗斑ニサクレハ験アリヘビ是ヲオソル故ヘビサシタル所ニ付レハヨシ凡諸毒虫ノサシタルニ付ヘン功能多シ園ニ栽ヘシ臭氣アリ葉零陵香ニ似タリトイヘルモ別ノ物也中蕐ヨリ來ル零陵香ハ別也秋ノ初花サキ秋ノ季ミノル春子ヲ下ク冬ハ枯ル又宿根ユリ生ス寛永ノ初此種南蠻ヨリ來ル中蕐ノ草ニ非ス今處々ニアリ俗ニ
耆波三禮艸ト云此草ヲ服スレハ山嵐ノ瘴氣ニ感セス時疫ハヤル時此艸ヲ門戸ニカクレハ其災ヲ免ル熱病時疫又勞療ノ病人ヲ介保スル人コレヲオビ又モミテ鼻孔ニヌレハ染ス山ニ入テ此草ヲ帯レハ毒蟲サゝスサシテモコレヲ
厠ノ中ニ投スレハ虫生セスコレヲ食スレハ五辛の葷臭ヲ除ク痘瘡出シキリニ痒ク百方不效此草ヲブダウ酒ニテセンシ瘡頭ニヌル忽效アリ
ヘンルウタ18)
近年紅夷ヨリ來ル是紅夷ルウタナリ紅夷人ハ是ヲ用テ食品ニ加ヘ其香氣ヲ助ケ多食ノ惡臭ヲ去コト日本人山椒ノ葉ヲ用ルカ如シ葉ハ細ニシテ莖ノ本木ノ如シ三四月ニ黄花ヲ開ク四出ニシテ一片ノ間各一蕋ヲ出ス花ノ心ニ實アリ岩梨ノ實ニ似タリ夏實ノル其年子ヲ下ケハ來年花サキ實ノル其莖葉根冬不枯此草常ノルウタノ性ニ相似テ性猶スクレタリツ子ノルウダヨリ惡臭𫞪シ故ニ草ハ別ニシテ不相似トモルウダト稱ス又鳥ノ病ヲ治ス
【注】
1) 君藥:漢方処方における『君臣佐使の理論』での最重要薬。臣薬の助けを得て、佐役により副作用を軽減し、使薬により服用しやすくすることで、効能を発揮する主要薬成分。
2) 丹渓:中国、金・元時代の四大医家の一人、字は彦修
3) 本草時珍:李時珍(1518年-1593年)『本草綱目』の著者
4) 韓彦直:『橘录(1178)』の著者
5) 盧橘:キンカン (
Citrus japonica)、ただし夏に熟するとあるので、ナツミカンのことかも知れない。
6) 司馬相如:前漢の頃の文章家、字は長卿。B.C.179年-117年
7) 九年母 (
Citrus reticulata ‘Kunenbo’)
8) 夏蜜橘:現在のナツミカン(
Citrus natsudaidai)とは恐らく別種。
9) リマン:Lemonが語源と思われるが、
檸檬 (
Citrus limon)との関係は不明
10) 花柚 (
Citrus hanayu)
11) 柚香 (
Citrus yuko)
12) カブス:
香母酢 (
Citrus sphaerocarpa)との関係は定かでない。
13) 朱欒 (
Citrus maxima)
14) 朝倉山椒 (
Zanthoxylum piperitum f. inerme )
15) 冬山椒 (
Zanthoxylum armatum var.
subtrifoliatum)
16) 犬山椒(岸椒) (
Zanthoxylum schinifolium)
17) 蜀椒:漢方では中国産の花椒類(赤山椒、藤椒など)の成熟した果皮を乾燥した生薬。種を特定できるものではないと思われる。
18) ルウダ、ヘンルウタ:ヘンルーダ
Ruta sp.。『常ノルウタ』は
Ruta graveolensか。
19) 羅勒:メボウキ = バジル
Ocimum basilicum
山椒 Zanthoxylum piperitum
赤山椒(花椒) Zanthoxylum bungeanum
青山椒(藤椒) Zanthoxylum armatum
【文献】
貝原篤信 (1708)
大和本草巻之九, Accessed: 2024-11-24.
貞松光男 (1996) 佐賀果試研報, 13, 5-7, キズ(
Citrus kizu hort. ex Y.Yanaka)の発生年代に手掛かりを与える古記録について, URL:
https://www.pref.saga.lg.jp/kiji00323169/3_23169_1_houkoku1996_1.pdf, Accessed: 2024-11-24.
柴田勝, 樋口尚樹, 元水在斗, 岡﨑芳夫, 西岡真理, 五島淑子 (2022) CAPSマーカーを用いた山口県の幻のミカン クネンボ(九年母)の探索, 山口学研究, 2, 1-9, URL:
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